企業沿革

1955年   新潟イレブンサッカークラブとして創部。天皇杯本大会、全国社会人大会と数々の全国大会に出場
1982年   社会体育優良団体(優良スポーツクラブ)として文部大臣賞を受賞。
1986年   北信越サッカーリーグに昇格。
リーグ昇格後も新潟県のトップチームとして活躍。
1994年 4月 新潟県サッカー協会の強化指定を受ける。
元ヴェルディ川崎のフランス・ファン・バルコム氏が監督に就任。【新潟県外国人スポーツ指導員】
チーム名をアルビレオ新潟FCと改名。
アルビレオ新潟後援会 創設。
1995年 5月 アルビレオ新潟法人設立準備室 設立。
1996年 4月 チーム母体を法人組織として株式会社アルビレオ新潟を設立。
プロサッカーチーム「アルビレオ新潟FC」として活動を開始。
資本金を2億9500万円から4億9800万円に増資。
地元を中心とした151企業・団体から出資を受ける。
7月 第22回北信越リーグ 優勝(8勝1分)
1997年 4月 商標の問題からチーム名の変更を決定。
県民投票に委ねられ、チーム名を「アルビレックス新潟」と改名。
7月 第23回北信越リーグ 優勝(9勝)
12月 日本サッカー協会及びJリーグより1999年からJ2リーグ参加承認を得る。
1998年 2月 バルコム監督 勇退。
全国地域リーグ決勝大会を激戦の中勝ち抜き、JFL昇格を果たす。
永井良和監督 就任。
3月 JFL開幕。
4月 アルビレックス新潟ユース 活動開始。
11月 JFL閉幕。リーグ11位(12勝18敗)
1999年 3月 資本金を5億6200万円に増資。(166企業・団体)
J2リーグ開幕。開幕7連勝と快進撃のスタート。全国にアルビレックス新潟を広く認知させる。
5月 アルビレックス新潟サッカースクールを新潟市美咲町に開校。
同時にフットサルコートを市民に開放。
9月 クラブマスコットの発表。
11月 J2リーグ戦閉幕。リーグ4位(20勝2分14敗)
12月 資本金を6億6000万円に増資(171企業・団体)
2000年 2月 プロバスケットボールチーム「新潟アルビレックス」(JbL)【現 新潟アルビレックス bb(bjリーグ)と名称を共有。
3月 クラブマスコットのネーミング決定。『アルビくん』ホーム開幕戦でデビュー。
J2リーグ戦開幕。
6月 アルビレックス新潟ユース北信越クラブサッカー選手権(U-18)大会優勝、7月の日本クラブユースサッカー選手権に出場。
11月 J2リーグ戦閉幕。リーグ7位(15勝5分20敗)
12月 永井良和監督 勇退。
2001年 2月 反町康治監督 就任。
3月 J2リーグ戦開幕。
5月 京都パープルサンガ戦で新潟スタジアムのサッカーこけら落とし。
11月 京都パープルサンガ戦でJ2リーグ入場者数の新記録を達成。(42,011人)
J2リーグ戦閉幕。あと一歩というところで念願のJ1昇格を逃す。
リーグ4位(26勝4分14敗)
2002年 3月 J2リーグ戦開幕。
3月 サテライトリーグに参戦。
4月 アルビレックス新潟レディースの発足を発表。初代監督に牛浜真監督が就任。
6月 FIFAワールドカップTM 新潟で3試合開催。
7月 『アルビくん』が『スワンちゃん』と結婚。
8月 セレッソ大阪戦でJ2リーグ入場者数の新記録を達成。(42,211人)
11月 J2リーグ閉幕。リーグ3位(23勝13分8敗)
FWマルクスがJ2リーグ得点王に輝く。
2003年 3月 J2リーグ戦開幕。
Jリーグ参加後のホームゲーム入場者数が100万人を突破。
10月 北蒲原郡聖籠町にクラブハウスが完成。
資本金を7億1275万円に増資(170企業・団体)
11月 J2リーグ最終節でJ2優勝、J1昇格を決定。(27勝7分10敗)
年間観客動員数の新記録を達成。(667,477人)
聖籠町をホームタウンに追加する申請を行い、Jリーグの承認を受ける。
2003Jリーグアウォーズにて『Join賞』(チェアマン特別賞)を受賞。
新潟県知事表彰を受賞。
12月 アルビレックス新潟レディースが04年からL・リーグ2部に加盟することが決定。
2004年 3月 J1リーグ戦1stステージ開幕。
6月 J1リーグ1stステージ閉幕。リーグ14位(3勝5分7敗)
L・リーグ2部開幕。
7月 JOMOオールスターサッカー2004が新潟スタジアムで開催。
ワールドチャレンジマッチ ボカ・ジュニアーズ戦を開催。
8月 ワールドチャレンジマッチ バレンシアC.F.戦を開催。
J1リーグ戦2ndステージ開幕。
10月 新潟県中越地震が発生。クラブ内に『がんばろう!新潟』新潟県中越地震復旧支援アルビレックス本部を設置。監督、スタッフ、選手が被災地域を訪問。
11月 J1リーグ戦の年間観客動員数の新記録を達成。(565,336人)
J1リーグ戦2ndステージ閉幕。リーグ7位(7勝2分6敗)年間順位10位
L・リーグ2部閉幕。リーグ2位(12勝0分3敗)
12月 新潟県中越地震復興支援チャリティーマッチ がんばれ新潟! ジーコジャパンドリームチーム戦が、新潟スタジアムで開催。(0-0)
Jリーグアウォーズにて、2年連続で『Join賞』(チェアマン特別賞)を受賞。
2005年 3月 J1リーグ戦開幕。
4月 第22回新潟県経済振興賞を受賞。
6月 L・リーグ2部開幕。
7月 TSUTAYAカップ なでしこジャパン(日本女子代表) vsアルビレックス新潟レディース
小林幸子 中越大震災復興支援チャリティーマッチを開催。
新潟市合併記念国際親善マッチ アルビレックス新潟vs大連実徳を開催。
11月 J1リーグ戦閉幕。リーグ12位(11勝9分14敗)
J1リーグ戦の年間観客動員数の新記録を達成。(681,945人)
L・リーグ2部閉幕。リーグ2位(13勝2分3敗)
12月 反町康治監督 勇退。
2006年 1月 アルビレックス新潟レディース 牛浜真監督 勇退。 鳴尾直軌監督が就任。
新潟聖籠スポーツセンター内に選手寮が完成。
2月 鈴木淳監督 就任。
3月 J1リーグ戦開幕。
5月 モックなでしこリーグディビジョン2開幕。
6月 ワールドチャレンジマッチ アルビレックス新潟vsセビリアFC 開催
11月 J1リーグ戦閉幕。リーグ14位(12勝6分16敗)
モックなでしこリーグディビジョン2閉幕。リーグ優勝。(16勝3分2敗)ディビジョン1への昇格が決定。
2007年 3月 J1リーグ戦開幕。
4月 モックなでしこリーグディビジョン1開幕。
7月 アルビレックス新潟サマーフェスタ開催。新しいマスコットキャラクターとして、アルビくん、スワンちゃんの間に、アーくん、ルーちゃん、ビィくんの3つ子が誕生。
12月 J1リーグ閉幕。リーグ6位(15勝6分13敗)
モックなでしこリーグ閉幕。リーグ6位(3勝3分15敗)
アルビレックス新潟レディース 鳴尾直軌監督 勇退。
2008年 1月 アルビレックス新潟レディース 奥山達之監督 就任。
3月 J1リーグ戦開幕。
4月 プレナスなでしこリーグディビジョン1開幕。
11月 プレナスなでしこリーグディビジョン1閉幕。リーグ7位(3勝2分16敗)
12月 J1リーグ閉幕。リーグ13位(11勝9分14敗)
2009年 3月 J1リーグ戦開幕。
4月 プレナスなでしこリーグディビジョン1開幕
11月 プレナスなでしこリーグディビジョン1閉幕。リーグ7位(5勝5分11敗)
12月 J1リーグ戦閉幕。リーグ8位(13勝11分10敗)
  鈴木淳監督 退任。
2010年 1月 黒崎久志監督 就任
3月 J1リーグ戦開幕。
4月 プレナスなでしこリーグディビジョン1開幕。
6月 FIFAワールドカップ2010南アフリカ開幕。矢野貴章選手が日本代表に選出、試合出場
10月

プレナスなでしこリーグディビジョン1閉幕。リーグ6位(9勝1分8敗)

12月 J1リーグ戦閉幕。リーグ9位(12勝13分9敗)
2011年 3月 J1リーグ戦開幕。
4月 プレナスなでしこリーグディビジョン1開幕。
7月 FIFA女子ワールドカップ2011ドイツ開幕。上尾野辺めぐみ選手、阪口夢穂選手がなでしこジャパン(日本女子代表)のメンバーに選出。史上初の優勝に大きく貢献する。
11月 J1リーグ戦開幕
12月 J1リーグ戦閉幕。リーグ14位(10勝9分15敗)
2012年 1月 アルビレックス新潟レディース 全日本女子サッカー選手権大会で準優勝。
3月 J1リーグ戦開幕。
4月 プレナスなでしこリーグ開幕。
5月 黒崎久志監督退任。
6月 柳下正明監督就任。
11月 プレナスなでしこリーグディビジョン1開幕。リーグ5位(6勝5分7敗)
地域における優れた環境保全活動を表彰する「新潟県環境賞」を受賞。
12月 J1リーグ戦閉幕。リーグ15位(10勝10分14敗)
アルビレックス新潟レディース 奥山達之監督 退任。
2013年 1月 アルビレックス新潟レディース 能仲太司監督 就任。
3月 J1リーグ戦開幕。
プレナスなでしこリーグ開幕。
2014年 6月 平成26年度「地域環境保全功労者表彰」(環境省)
8月 プレナスなでしこリーグレギュラーS閉幕。4位(10勝2分6敗)
11月 プレナスなでしこリーグエキサイティングS閉幕。上位リーグ3位(4勝3分3敗)
12月 J1リーグ閉幕。リーグ12位(12勝8分14敗)

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