【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第153回

2012/10/25
 「ジャイキラレ」

 天皇杯3回戦・新潟×福島。
 TBSラジオの生番組『えのきどいちろうの水曜ウォンテッド!』が始まって、ミッドウィークの試合はしばらく見にいけない。天皇杯は結果だけ書いて、コラムを別の話題で仕上げるのかなと思っていたら、有難いことにNHK-BS1が深夜1時から録画中継を組んでくれた。ただサポーターの間で、NHKのサッカー編成は「ジャイキリの神」として定評がある。どういう嗅覚でか、ジャイアントキリングの気配を嗅ぎわけ、見事放送におさめるのだ。サポーターはNHK放送が決まった時点でちょっと嫌な予感を持つのだ。そういうことにならなければいいなぁと思いながら夕方、赤坂のTBSへ出かける。

 生番組が終わって、スタジオ内で切っていたケータイを起こすと知人サポからメールが入っていた。タイトルは「ジャイキリ」。めっちゃ凹んだ文面だ。「2年連続。何ひとつ上回るものがなかった。控え選手が戦力にならないことが証明されてしまったか。柳下監督、どーしようもないな。選手が応えてくれない。これが実力なんだな」。まぁ、知人も翌日は多少立ち直っただろうけど、試合の直後、落胆して地中深くまで潜り込んだ状況ではこんな文面も止むをえない。うひゃ~、負けたかぁと驚く。すぐに思ったのはリーグ戦への影響だ。控え組中心のチーム編成だったから直接の影響はないかもしれない。といって、ムードよくないのは確実だねぇ。

 ちょっと怖くてその晩は試合を見なかった。弱虫とでも何とでも言ってくれ。知人メールにある通り、天皇杯でアップセット食らうのは2年連続だ。去年は当時、JFLだった松本山雅にやられた。今年は東北社会人リーグの福島ユナイテッドだ。JFLは「J3」に相当するカテゴリーで、東北社会人リーグは「J4」に当たる。福島はこの週末、リーグ優勝を決めたばかりで勢いがあると聞いていたが、それでも負けは考えられなかった。確かちょっと前に練習試合組まなかったっけか? そのときはワンサイドで勝ったよね。

 意を決して翌日、録画を見てみると想像してたほど壊滅的な内容ではなかった。まぁ、福島の思うような試合をされたのだと思う。新潟は開始早々、菊地直哉が足首を痛め交代したのが響いた。応急処置的にフォーメーションを変更するが、なかなかハマらないイメージだ。こう、怖怖(こわごわ)プレー
する感じになって、そりゃリズムも生まれないし、好機も作れない。一方、福島は迷いがなかった。中盤でプレスをかけて、好機の芽をつんでいく。

 前半の新潟についてNHK解説の宮澤ミシェルさんが「崩しの場面っていうのがサイドから、中央からってなかなか出てこないですよね。そのためにはボランチの一枚がスッと出てくる、もしくはCBの一枚が数的優位を作るため少しだけのぞくってうね。で、サイドで人を余らせるっていうサッカーのアヤのところを感じたいですけどね。当たり前にまわす。DFラインはいつも変わらない。何のためにまわすんだっていうね。深みを作りながらまわすのか、ぎりぎりのところで速くテンポを上げて前へ供給してあげるのかっていうね、そういうところに面白みを感じてほしいと思いますけどね、選手たちにもね」とコメントされてて、ホントにねぇと思う。慎重にフォーメーションをこなしてもサッカーにはならない。前半は臆病に見えたなぁ。それがこの控え主体のチームの問題なのか、菊地というピースを欠いたせいなのかは微妙なところ。

 後半はいきなり福島が左サイドの崩しから益子義浩のダイレクトボレー(クロスバーを叩く)でハッとさせる。やることがハッキリしていてブレがないよ。NHK実況の紹介する福島のエピソードは胸を揺さぶるものだった。東日本大震災の後、7人がチームを去り、残った選手も皆、家族や友人から移籍・離脱を懇願される。が、複雑な思いのなかで彼らは「恩返しがしたい」と福島を離れなかった。選手が足りなくてコーチが現役復帰し頭数を揃える。試合会場、練習場が使えず、遠征費・経費がかさむなか、選手全員が営業に出た。

 新潟も酒井宣福、田中亜土夢がいいシュートを放つが、福島GK・内藤友康の好捕に阻まれる。そして、後半18分のシーン、又しても左から崩された。クロスを入れられ、ゴール前には福島の選手が3人飛び込んでいる。決めたのは益子義浩だ。迫力満点のヘッド。新潟は戻りながらの守備になって、完全に穴を開けた。この日はDFの連携に問題があったと思う。

 まぁ残念だが、この試合にかけるものの差としか表現しようがない。よく言う「勝ちたい気持ちの強いほうが勝つ」の法則だ。そんなの負けたい気持ちが一方にあるわけじゃなし、どっちも勝ちたいんじゃないの? と一応は思う。一応は思うが、この試合が証明だ。福島は全存在をかけて、勝つことで生き残ろうとしている。勝たなければ消えてしまうと全員が覚悟を決めている。新潟はぼんやりだ。チームも選手個人も、この試合で何を表現したいのかあいまいだ。これくらい言ってもいいだろう? 「J4」にしてやられたんだから。 

 困ったなぁと思うのは例えば平井将生だ。実績を思えば福島の選手らが一緒にサッカーをやるだけでびびってくれたっておかしくない。僕は残留争いの土壇場で平井に活躍してほしい。そのポテンシャルは充分持ってるプレーヤーだ。それがこの日は「何をやってもうまくいかないなぁ」という顔をしていた。それはいけないよ。平井はスーパーな選手なんだろう? スーパーな選手はピッチでそんな顔を見せちゃいけない。

 若い選手は大胆にはつらつと、キャリアのある選手はしぶとくひたむきに、そういうのが控え組から見たかったのだ。ひと言でいうと迫力が見たかった。それが残留争いを戦うチーム全体の厚みを作るからだ。勝ち負けよりもそれが見てとれなかったほうが寂しい。あるいはこの敗北がショック療法の効き目をもたらすだろうか。


附記1、今週は東口順昭選手の「右ひざ前十字靭帯再断裂、内側側副靭帯損傷」全治8ヶ月の報にショックを受けました。「再断裂」ってことは去年と同じとこをやったわけですね。胸のつぶれる思いですよ。何ていうことでしょう。ヒガシの一日も早い回復を祈ります。

2、今年は内田潤選手といい、キープレーヤーのケガがあるなぁ。まぁ、大一番の大宮戦はオザーさん、黒河さんに頑張ってもらいましょう。何が何だろうと次節は落とせないよ。

3、震災後の福島の状況に関しては『フクシマの正義』(開沼博・著、幻冬舎・刊)が非常に正確です。この本は地方と中央の関係についてもわかりやすく書いてあって、新潟を考えるヒントにもなる。あ、タイトルだけ見ると「脱原発」の本っぽいけど、開沼さんはそういうシンプルな図式の人じゃないです。驚いたことに僕が出てくるくだりがある。よかったら読んでみてください。

4、福島ユナイテッドの旅に幸多かれ。いつか必ずJの舞台で再会しよう!


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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