【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第160回

2012/12/13
 「疑いなく美しいもの」

 J1最終節、新潟×札幌。
 車窓から長岡の雪を見て、こりゃカラーボールかなぁと思った。新潟駅に到着したら雨だった。タクシーでビッグスワンへ向かう。僕は4シーズン、アルビレックス新潟の記事を書いて最終節に来れたのは初めてだ。12月最初の土日がぽっかり空いていた。翌週ならアイスホッケーの全日本選手権だ。本当にツイている。例年ならともかく、今シーズンはこの試合を見ないわけにいかない。仮にJ2降格が決まったとして、僕はその痛みを分かち合うつもりだ。

 こんなことに確率みたいな話をしてもしょうがないが、一般的に考えれば新潟は降格するだろう。まず目の前の札幌に勝って、その上、残留争いのライバル、神戸&ガンバが揃って負けるか引き分けるかしてくれなきゃならない。2つ抜かなきゃ残留ラインに浮上できないのが苦しい。まぁ、ここまで来たらやることはシンプルだ。絶対に勝つ。勝ち点40に乗せて、あとは運次第だ。神戸、ガンバが引き分けでもいいのは少し望みがふくらむけど、揃って勝ちを逸してくれるかどうか。彼らも必死だろう。

 ちなみに戦前の報道では神戸と当たる広島・森保一監督が「(前節、優勝を決めたけれど)自分は残留争いを戦っているつもりだ」と心強いコメントをしてくれたらしい。サポーターは去年まで新潟に在籍した森保さん、そして千葉選手に祈る気持ちだ。一方、ホームにガンバを迎える磐田は「前田の呪い」(前田遼一選手がその年、最初にゴールを奪ったチームが降格するジンクス。ちなみに今年はガンバだった)ばかり報じられているけれど、何しろ柳下正明監督の古巣だ。そして当の相手、札幌も。何かと因縁がからんでいる。

 三度めの正直、「史上最大の入り待ち」作戦は今日こそチームを勝利に導くつもりで皆、闘志満々だった。チームバスがスワン正門に到着する直前、風雨が強まり、霰(あられ)がバラバラ落ちてくる。そんななかで「おおっ」「いやいやいや久しぶり~」なんて挨拶をかわす光景を見かける。つまり、最近来てなかった人もこの大一番だけは居ても立ってもいられず駆けつけたのだ。テレビクルーが人垣のなかを縫うように動きまわる。バスが来た。皆、びしょ濡れになりながら腹から声を出す。俺たちがついてるさ新潟。掲げるオレンジボードは濡れてぐにゃぐにゃだ。メッセージは「奇跡を起こそう」。

 僕は楽しかった。ごめんなぁ、心の底から楽しかった。どの顔見てもぴーんと緊張している。本気になっている。悪天候も寒さもこうなると歓迎だ。ここにはね、ホントに来たい奴だけ来たんだよ。悪天候の段階でふるいにかかっている。これから俺たちは純度最高の戦いをしなきゃならない。そして純度最高の感応力で「奇跡」を呼び込まなきゃならない。それが最前線の誇りだ。あ、テレビで見てるのがぬるいって言ってるんじゃないよ。それも大いに必要。仕事でテレビさえ見られないって人もいるだろう。色んな事情、色んな立場の人が総和として「チーム新潟」を形成している。それはものすごい力だ。ただそれでも最前線にはとびきりの本気が欲しい。雨が降ろうが槍が降ろうが見に来るって層がほしい。それも何万という数。その緊張、その本気は「場」を作り、磁力を発するだろう。

 さぁ、大勝負だ。札幌は全く油断のならない敵だ。今季は名古屋、仙台、浦和と強豪から勝ち星を挙げている。この試合をドローに持ち込み、「抱きつき心中」のように新潟をJ2に沈める力は充分すぎるほど持っている。新潟はバツグンの入りだった。気合満点。前半8分、坪内の先制ゴールが決まって更に動きが良くなる。最後の最後に来て「12年アルビレックス」は仕上がったなぁと思う。ミシェウさんを欠いても今、ピッチにいるのがベストチームだ。この選手らがこれだけ頑張って負けるなら仕方ないと納得できる。札幌を圧倒していた。前半43分にはブルーノが追加点。

 面白かったのはケータイが混みあって他会場の経過がよくわからなかったことだ。で、近くに偶然つながった人がいて「磐田先制!」とか口走ろうもんなら、それがさざ波のように「磐田先制」「磐田先制だって」「ガンバ負けてる」とスタンドを伝言ゲームのように走る。クチコミの発生を直(じか)に目撃する感覚だった。前半を2-0で折り返し、僕はクチコミではない正確なところを確認しにバックヤードへ走った。NHK新潟の生中継が報じるところでは、前半終わって「磐田1-0ガンバ」「神戸0-0広島」、このまま行けば新潟が残留できる! これは神がかってきた。Jリーグ史に残る逆転残留ドラマが起きるぞ。

 が、そう甘くはなかった。札幌・石崎監督はシステムを変えて反撃を指示する。後半8分、榊に1点返される。実はこのとき、地獄の釜のフタが開いた。ヤマハではガンバが同点に追いつく。眼前のピッチでは亜土夢のロストからターンオーバーを食らい、榊が再び新潟ゴールを脅かす。DFの戻りが遅れる。GKと1対1だ。黒河が飛び出す。これは外してくれた。その瞬間、スタジアムをつつんだ悲鳴を僕は忘れない。死ぬかと思った。コンサドーレ札幌は意地を見せた。

 難しい試合になってきた。栗原監督代行の指示は「追加点を狙う」か「1点リードを守り切る」か。チームの意思統一はどうだ。スタンドはタガが飛んだ。スタジアムの空気を震わせて愛するチーム名を選手の名前を連呼する。この「場」に戦ってない奴はいない。やがてチャントが始まる。ぶつけるように「俺のニイガタ」。今日一日で声つぶすつもりだ。苦しい時間帯を皆で耐える。

 アルビレックス新潟とは何だ? 「新潟のおとぎばなし」は終わったのか。今、見てるのは第2章のエンディングなのか。もう、みんなサッカーにあきたのか。「Jリーグなんてまだ見てるの?」と笑われるのがオチか。その解答がここにある。今、このスタジアムにあるのがアルビレックス新潟だ。全存在をかけて戦う選手ら、サポーターがアルビレックスだ。疑いなくサッカーは美しい。疑いなく魂を揺らすものだ。さぁ、ラスト20分。本当のショーが始まる。

 後半26分、アランのビューティフルゴール。同35分、アランの折り返しをブルーノが決める。花火のように歓喜が彩られる。スタンドは快感に酔う。チャントはうねり、はね返り、全身を震わせる。全く途切れない。絶対に勝つんだ。勝って「奇跡」をたぐり寄せる。タイムアップの笛を聞いても誰も緊張を解かない。他会場が終わっていない。ベンチも、ピッチに整列する選手らも他会場の情報を遮断していた。ざわめくゴール裏。皆、一心に祈りを込めて、タイムアップ後の「もうひとつのロスタイム」終了を待つ。

 と、ベンチ裏からスタッフが駆けだしてきた。選手らが絶叫する。抱き合う。飛び跳ねる。バンザイする。場内アナウンスが神戸、ガンバの敗戦を告げ、新潟のJ1残留を知らせる。ビッグスワンは天に向かって声を上げる。うおおおおおぉぉぅ。やったぁぁぁ。抱き合って飛び跳ね、どこかにつかまってよろよろし、拳を握りしめ、痛いほど手を叩き、皆、温かい涙が止まらない。ピッチでは選手らが歓喜の輪をつくる。

 陽は落ちて烏屋野潟は真っ暗だ。強い風が吹きつけている。しかし、照明の光のなかで誰も寒さを感じない。新潟は引き分けても降格というラスト2戦で今季初の連勝を飾った。10勝10分14敗、勝ち点40で順位をふたつ上げ、残留を決める。ボトム3を脱したのは実に8月以来だった。本当に「奇跡」を起こした。俺たち、やり遂げたんだよ。ありがとう。最高泣けるなぁ。


附記1、今シーズンの散歩道はこれでおしまいです。ご愛読に感謝します。劇的なエンディングでしたね。僕は「12番めの選手」が頑張ったと思いますよ。でね、思うのは例えばJ1昇格の歓喜を知らない若者とか、知らない(遅れてきた)ファン層のことなんですよ。あるいはちびっ子ファンとか。彼らがこの試合を見たのは大きな出来事です。まして「12番めの選手」として戦ったとしたらその経験、達成感は一生残る。単にアクティブ層のサポになってくれるみたいな話だけじゃないですよ。ひとに何言われようがあきらめないでやり切る。できることを始める。と、仲間ができて助け合う。そうすると「奇跡」だって起こせるんだと知った。「2012年の最終節」は新潟人の財産だね。人生で困難に出くわしても「2012年の最終節」が確かにあったんだからあきらめちゃいけないと思える。ひとシーズンかけて、それをお伝えできたことがライター冥利かな。

2、同じことがフロントの若手スタッフや、もしかすると若い選手らにも言えると思います。達成感とか成功体験は重要ですよ。まぁ、カンタンに言うと「やればできる」っていうこと。小さなアラはあるでしょう。例えばフロントのJ1昇格体験を持つ先輩のほうが何にでもノウハウがあったりする。だけど、やってみてやり遂げたのは一生ものの財産です。それもこれだけしびれる経験ですよ。忘れられないよ。僕は素晴しいことだと思いますよ。

3、例年だったら「春になったら又、逢おう」なんですけど、このオフはちょっと事情が違います。新潟日報の連載コラムがオフも続きます。最終節、目を真っ赤に腫らした同紙・目黒運動部長(は「史上最大の入り待ち」作戦に個人として皆勤しました)が、僕の顔見た途端、握手→ハグ→握手→ハグの後、「もう順番入れ替えて週明け、すぐコラム書いてください。オフもこのまま続けましょう」と言うんだなぁ。その後の流れ、「やります」→握手→ハグ。ちょっと盛ってますけど大体そんな感じです。散歩道のほうはひとまずお別れ。来シーズンもよろしくお願いします。


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