【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第177回

2013/7/4
「ブラジル人ネットワークの話」

 この一週間は「ブルーノ・ロペス電撃退団」で持ち切りだった。報道によると移籍先はエストリル・プライア(ポルトガル1部リーグ)であるらしい。経過を記しておくと、保有権を持つデスポルチーボ(ブラジル)から「欧州のクラブが興味を示しているけど、どうする?」的な照会があり、現在、レンタル先になっているアルビレックス新潟と本人との協議の末、退団が決まった。アルビレックス新潟はシーズン途中で主力FWを失うことになった。得点が少ないという批判も耳にしたが、チーム貢献度バツグンの選手だった。

 これはブルーノをしみじみ愛好する立場から言うと残念なことである。が、チーム全体を考えると大チャンスだ。中断前、スタメンを獲得しかかっていた川又堅碁はこの機会にエースにのし上がるしかない。岡本英也、鈴木武蔵は「稼げる選手」になるビッグチャレンジだ。ひとり主力がいなくなるとチームに新風が吹き込む。僕は岡本や武蔵がスタメンにのし上がる目だってあると思いますよ。そう思って勝負してもらいたいですよね。

 今回、サポーターの動きは早かった。退団発表が6月20日、ブラジル帰国(いったん母国に戻り、その後、渡欧するダンドリになった)が翌21日だから「電撃退団&帰国」だ。21日早朝、新潟市中央区花園(NSGカレッジリーグフットサルコート前)でお別れ会がセットされ、150人が集結する。そのまま新潟を出発したから事実上のお見送り会だ。

 で、それで終わらなかった。成田空港でレプリカを着た関東サポが待ち受ける。さすがに人数は少なくて20名ほど。が、ブルーノ本人もご家族もどんなに喜んでくれたか。知人サポから空港ロビーで撮った記念写真がメールで届き、胸が熱くなる。皆、よく動けたなぁ。これはねぇ、ロペス家に一生残る大切な思い出だ。娘さんのニコールちゃんだって、たぶん一生、日本びいきになってくれるだろう。ニイガタという地名を温かい感情とともに思い出すだろう。

 で、これはサポーターができることのなかで「クラブへの超貢献」なのだ。行為としては「選手を大切にすること」。ピッチの上だけでなく、縁のあったひとりの人間として別れるその瞬間まで。今週、新潟日報スポーツ面掲載のコラムをご覧になった読者は、僕がそれを心情的な側面だけでなく、実際面でも効果があると考えてるのを知っておられよう。マルシオ・リシャルデスは来日前、アンデルソン・リマに相談したようだ。ブルーノ・ロペスはペドロ・ジュニオールに助言をもらったらしい。
 
 僕らはこの手のエピソードを「パーソナルな範囲内の相談、または助言」というニュアンスで考える。まぁ、日本のスポーツ界は部活、体育会の影響が大きいから「先輩OB等に助言助力を乞う」みたいな関係性がイメージしやすいだろう。が、サッカー、フットボールの世界のブラジル人ネットワークというものはレベルが違うのだ。いや、早い話ね、「地球全体」と言ったほうが理解がスムーズじゃないかというくらいの確かさも広がりも持ったものだ。

 『マリオネット/プロサッカー・アウトロー物語』(山岡淳一郎・著、文藝春秋)というスポーツノンフィクションがあって、主人公(?)は読売クラブ→ヴェルディ川崎、浦和レッズ等でチームディレクターとして働いた佐藤英男さんって人物なんだね。この人は語学堪能で、かつ読売クラブの監督として来日したジノ・サニに信用されたことから、ブラジル人ネットワークを縦横に活用するきっかけを得る。

 僕も一読して驚いたんだけど、ブラジル人ネットワークは地球上の至るところに伸びているのだ。ブラジル人は「ブラジル連邦共和国」の国民なのだが、もう一方で「フットボール世界市民」みたいなところがある。どこの国でも(少なくともプロサッカーリーグを持っている国ならば)、必ずブラジル人のコミュニティがある。つまり、それにアクセスできればどこの国の情報でも手に入る。金の話。クラブの経営力、資金力。監督や選手の人物評、あるいはウワサ。

 情報はまわるのだ。良い評判も悪い評判もまわる。これがなかなかのものなんですよ。僕はブラジル人プレーヤーは持ち前の技巧やなんかでも特徴づけられるけれど、もうひとつ「情報化されている」点も見逃せないと思う。

 以前、たまたま知り合ったサポーターが「私はブラジル人選手じゃなく、ロシア人を使ったらいいと思うんです」と持論をぶつけてきた。新潟空港から極東ロシア便も出ているくらいだから、クラブ方針として今後、外国人はロシア人選手に決めて、特色を出すべきだ。ブラジル人なんてありふれてるじゃないですか。何故、上の人はそんなカンタンなことも思いつけないんでしょう。

 僕は「うーん」とうなった。その人の言ってることは地政学上の利点を生かせ、というそれだけだ。「外国人」を単に外国人一般としてしか見ていなくて、リアリティが欠落している。どう説明したら、こういう図式的理解の人にわかってもらえるだろう。たぶん彼女(女性だったんですね)はブラジルリーグもロシアリーグも1試合も見たことないと思う。

 で、説明としては「ロシアで選手見つけるのお金かかるよ~」という言い方になった。ロシア人選手は「情報化」されていない。ちょっと調べてもらえばわかるが、ソ連時代もロシアになってからも代表選手はモスクワとかほぼ大都市出身者です(ソ連時代はキエフとかも有名ですね。ま、現在はウクライナですけど)。国土が広すぎて例えばイルクーツクにものすごい選手がいても協会が把握できないんだね。だからアルビレックス新潟が本気でロシア路線にシフトしようと思ったら、お金もマンパワーも今よりずっと必要だ。特に10番タイプを探すのは(いなくはないだろうけど)大変だと思います。

 に対してブラジル人選手はネットワーク化してるおかげで獲得する側も情報を得やすい。これはブラジル国内のタレント発掘にも言えるけれど、例えば「日本のアルビレックス新潟というクラブでプレーしていたブルーノ・ロペス」についてポルトガルのクラブが興味を示す背景でもあることですね。

 もちろんサポーターのしたことは(応援という行為が本質的にそうであるように)、自分の納得感や気持ちが土台だ。ブルーノに感謝を伝え、別れを惜しみたかった。それ以上の損得づくはあんまり考えてない。まぁ、だからあんまり「超貢献」なんて誉めるのは野暮ってもんだろうけど。


附記1、女子代表のイングランド戦、上尾野辺めぐみ選手がんばってましたね。やっぱり、自分とこの選手が出ると盛り上がりますよね。

2、『あまちゃん』東京編、アルビ・サッカー講座にも来てくれた足立梨花さんが「アメ横女学園」のセンターとは!

3、旧刊なんですけど、『県境マニア!』(石井裕・著、ランダムハウス講談社)という本に出てくる羽越本線・鼠ヶ関(ねずがせき)駅下車の「新潟県/山形県」県境行ってみてぇー! 横断歩道の停止線とかに「とまれ」の足型あるでしょ。ああいうのが描いてあって、真ん中に点線があって、左足が新潟県、右足が山形県だって。そこに立ちてぇー! 著者の石井裕さんは新発田市出身の人で、日本全国の県境をウォッチしておられますな。 


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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