【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第221回

2014/7/24
 「プロホガソン日記 その4」

7月9日 準決勝初日。ブラジルvsドイツが1対7という衝撃的なスコアで決する。ていうか、ドイツは前半30分までに試合を決め(その時点で0対5!)、後半は流していた。「王国崩壊」だ。マラカナッソ(「マラカナンの悲劇」1950年W杯決勝で開催国ブラジルがウルグアイに敗れたことをいう)ならぬミネイロッソ(ミネイロンの悲劇)だ。ネイマールの負傷とともにチアゴ・シルバの累積欠場がたたる。それにしてもあんなパニックに陥ってるセレソンや、ショック状態のブラジル人観客を見たのは僕の人生で初めて。ものすごいもんを見た。一方、ドイツは実に素晴らしい。現地で試合(ドイツvsポルトガル)を見てるチームが決勝進出した。間違いなく優勝に値するチームだ。

7月10日 準決勝2日め。ブラジルの大敗を見て、オランダ、アルゼンチン双方が守備的な戦いをする。といっても消極的な内容ではなく、徹底したつぶし合いの心理戦。マスチェラーノが素晴らしかった。0対0のまま、PK戦にもつれ込むが、今度はファン・ハール監督、先発GKのシレッセンをそのまま使った。で、シレッセンが止められないんだなぁ。本当に苦手だったのか! アルゼンチンがきわどく勝ってファイナルへ。もし、宿敵・アルゼンチンが優勝を飾ったら、(決勝戦の舞台はもちろんマラカナンだから)ブラジル国民にとって第二のマラカナッソだなぁ。

7月13日 3位決定戦。深夜、スカパー入りしたらやけに人が多い。今日は大御所・金子勝彦さんのゲスト回であるのに加え、何とJリーグの村井満チェアマンが「ただのサッカー好き」として出演してくれる。そりゃ神谷町のスカパー本社から立ち会いの人が来ますよ。本日のカードはブラジルvsオランダ。精神的ダメージからブラジルがどのくらい立ち直ってるかが焦点だったが、またしてもワンサイド負けを食らった。オランダは無敗(PK戦負けのみ)の3位で大会を去るという珍記録を残す。

 明日はブラジルから戻った倉敷保雄さんがMCに復帰するので、僕の「12年ぶりのサッカー番組MC」は今日が最後だ。まぁ、心からホッとしたな。あのね、皆さん想像してほしいんだけど、例えば10年職場を離れて、いきなり戻ってフツーにやるってすんごい大変だよ。途中から入って勝手もわからないんで、僕にしては珍しく企画にもノータッチで通した。唯一、自分の色としてやらせてもらったのは日々野真理さんの「黒幕」説と、原大悟君の「ハラダイゴアワー」という、レギュラー陣のキャラづけかな。これは番組の流れのなかで自然に発生したものだけど、繰り返しやってくとキャラが生きものみたいに動きだすんだよね。

7月14日 決勝。倉敷さんがフル充電した状態で番組進行。すんごい気楽だった。ドイツ優勝。延長戦でゲッツェが決勝点を叩き込む。番組はその戦術的解析に加え、大会の技術・戦術の方向性を考えた。またブラジルの育成の現状を踏まえて、日本サッカーの将来を語ったのも実に有意義。締めのパートでは、ブラジルのサッカーTVを見て刺激を受けた倉敷さんによるプロホガ宣言が飛び出す(?)。

 久々に参加してみてスカパーの現場はなかなかいいなと思った。ひとことで言ってあったかい。例えば原大悟はこの現場で育てられ、いつか日本のサッカーTVを新しい地平へ引っ張っていくのじゃないか。

 実は「プロホガソン」には原型がある。1998年フランスW杯のときにスカパーが断行した『ワールドカップだけのための500時間』(通称「500時間」)だ。スカパーは次の2002年日韓大会のとき、放映権を取得して認知度をジャンプアップさせるが、フランス大会の頃は加入者もめっちゃ少ないし、手づくりのステーションだった。手元に「500時間」のパンフレットのコピーがある。

 「がんばれ日韓‼ ワールドカップだけのための500時間 試合以外の全てがここにある! ※「試合」はNHKで御覧下さい。 この時期、僕たちはワールドカップ以外の情報はいらない。ワールドカップに関係ないものは見たくもない」
 「試合以外の全てがここにある! 東京のスタジオは絶対眠らない!」
 「緊急人形劇シミュレーション 日本代表アルゼンチンを撃破す!」
 「ジーコ密着独占取材 私なら日本代表をこう作り上げていた!」
 「ワールドカップ公式記録映画9本『本当にすごい試合たちは本物の映像で見なさい!』」
 「全世界10000人インタビュー『日本代表はワールドカップで生き残れるか?』」
 「韓国の総力をあげた制作体制『新参者よ勝つのはオレたちだ!』」
 「ワールドカップの深い深いお勉強『地理、歴史、民族、言語、政治、経済…、サッカーに関係ない事象は存在しない!』」
 「徹底討論『日本代表、いかに闘うべきか?』」
 「テストマッチによる徹底解析『日本の相手をすべて裸にする!』」
 「フランスから全期間毎日生レポート『パリは燃えているか』」
 「世界を代表するサッカージャーナリストが全員集結! スタジオは全時間生対応 『東京は決して眠らない!』試合はNHKで観ましょう」
 「東京とパリの眠らないイレブン。金子達仁、糸井重里、後藤健生、大住良之、小宮悦子、金子勝彦、東本貢司、ジャンルカ・トト・富樫、風間八宏、セルジオ越後、賀川浩」
 「東京の特設スタジオをベースにフランスからのレポートも加え、メンバー達による個々の試合から大会全体までの、あるいはワールドカップそのもの、サッカーそのものについての展望、分析、予想、考察、自慢、言い訳、負け惜しみ、やつあたり等などを繰り広げます」
 「※試合中継の間はメンバーもスタッフも当然視聴者もNHKを見るに決まっていますから、基本的に何もしません」

 どうだろう、16年前、スカパー草創期の実験精神は? このとき、フランスからのレポートを担当したのが、まだ学生だったフローラン・ダバディだ。僕はこの時期、文化放送の朝ワイドを担当していて「参加してくれないかなぁって意見が出たんですけど、さすがに無理だと思ったからお声がけしませんでした」(小牧次郎・スカパー放送事業本部長)という距離感だった。まぁ、文化放送のオビ番組やってるだけでクタクタだったから、「昼でも、もちろん夜中でも、身体が空いてたらスタジオに入って皆でサッカーの話をする。それが500時間続く」は受けたら死んでたと思う。そしたらその朝ワイドの仕事が2000年に終了して、身体が空いたんだ。スカパーは日韓大会の独占放映権を獲得して、一気に契約者数を伸ばす。で、「500時間」の製作者が『ワールドカップ・ジャーナル』にそのまま移行するんだね。番組MCはえのきどいちろうを一本釣り。

 倉敷保雄さんも日韓大会に実況アナとしてスカパーに一本釣りされたひとりだ。『ワールドカップ・ジャーナル』では彼にスーパーバイザーをお願いした。それから「500時間」のとき、番組あてに連日FAXを送ってよこした早稲田の学生、金子尚文君は4年後の「ジャーナル」時はバイトのデータマン(僕が面白がってキャラづけし、番組レギュラーにした)、その後、スカパーの正社員になって、16年後の「プロホガソン」ではプロデューサーとして倉敷さんのブラジル滞在に同行したんだよ。

 つまり、正式名称『セルジオ越後のサッカー討論番組 プロホガソン/延長戦 ブラジル2014』はサッカー放送局としてのスカパーの初心であり、また未来へ向けての新しい一歩なんだね。僕は今回、番組を通して得難い経験をさせてもらった。サッカーをより深く知り、楽しんだ。これは必ず「アルビレックス散歩道」に生かしていきますよ。


附記1、13日の天皇杯2回戦・福井×新潟(テクノポート福井)はスカパーの人に録画をもらいました。まぁ、16時キックオフってブラジル時間では「未明の4時キックオフ」だから、W杯決勝へ向けて体調を整えるほうを優先しました。おととしの苦戦とは一変して、8対1の大勝でしたね。鈴木武蔵のハットトリックから公式戦再開とはエンギがいい。スカパーが天皇杯やることになってホントにラッキー。

2、「バレンシア・メスタージャから指宿洋史選手、完全移籍加入内定」のモバアルメールにはひっくり返りました。こりゃ楽しみだなぁ。アタッカー陣の競争のレベルが一段上がりますね。

3、W杯期間中、新潟日報紙上では平澤大輔・元サッカーマガジン編集長が特別連載コラムを担当しました。僕はスカパーの仕事を頼まれなかったら、南魚沼市のベーマガへ行って平澤さんとW杯何試合か見てた気がするな。平澤さんの「完走」にも拍手を送ります。GJ! 


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!

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