【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第234回

2014/10/23
 「ポゼッションを考える」

 「『ボールを持ってる限り失点することはない』という言葉を、サッカーに関する議論でよく耳にする。確かにこれは100%の真実だ。しかし、サッカーというゲームはそれほど単純ではない。『90分間ボールを持ち続けるのは不可能であり、失点するにはほんの10秒間ボールを失うだけで十分だ』というのも、また100%の真実だからだ。さらにいえば、この2つの真実はどちらも単なる極論に過ぎず、実際にピッチの上でどう戦うべきかを考えるうえではほとんど役に立たない」(カルロ・アンチェロッティ)

 先週末はインターナショナルマッチ・ウィークの関係もあって、アルビレックス新潟は公式戦がなかった。代わりに組まれた練習試合・松本山雅戦(於・十日町クロアチアピッチ)では田中達也が大活躍したと聞いているが、あいにく今回のコラムでは扱わない。仕事部屋の書棚から『アンチェロッティの戦術ノート』(カルロ・アンチェロッティ著、河出書房新社)を引っ張り出してきた。『週刊サッカーダイジェスト』誌の好評連載を書籍化したものだ。サッカー戦術について考えるとき、こんなにわかりやすい本はないと思っている。

 アンチェロッティは僕と同い歳、イタリアはレッジョ・エミリア県レッジョーロ出身の元イタリア代表選手であり、サッカー監督だ。現在はレアルマドリードで監督をを務めておられるが、この本が出たのは2010年5月。ACミランの黄金時代を築き上げた後、鳴り物入りでチェルシーFCの監督に迎えられ、1シーズンが経過したタイミングだ。名将アンチェロッティにも英・プレミアリーグでのチャレンジは大きな経験だった。彼はこのとき初めてイタリアから出て、英語で指揮をとったのだ。

 チェルシーは前任者のオランダ人監督、フース・ヒディンク(日韓W杯のとき、韓国代表監督でしたね)が4-3-3のショートカウンターのチームに仕上げていた。(僕らにとって大変興味深いことに)アンチェロッティはそれを4-3-1-2のポゼッション志向のチームに変えていく。いや、「4-3-3」の「4-3-1-2」のはこの際、どうでもいいのだ。それよりも発想、考える道すじを見ていきたい。もちろん当方にはドログバもランパードもバラックもいないわけだが、それでも考えるヒントはごっそりいただける。あらためて勉強しよう、ポゼッションとは一体、何なのか?

 アンチェロッティはまずこう定義づける。「ボールポゼッションとは、チームがパスを連続してつなぐことによって、ボールを保持し続けることを指す」。そしてユニークな問いを発する。ACミランで常にポゼッション重視のチームを組織してきた男が何と、こう問いかけるんだね。

 「では、勝利を得るためにはボールポゼッションを高めることが重要なのだろうか? 実際のところ話はそう単純ではない。『ボールを保持する』のと『得点を挙げる』のとは、まったく異なることだからだ」

 つまり、サッカーチームにとって「ボールポゼッションはそれ自体を目的としてプレーすべきものではない」と主張するのだ。重要なのはポゼッションの量ではなく質なのだという。そして、アンチェロッティはポゼッションの「目的」を3つ挙げる。

 1、「敵陣深くで相手よりも1人多い数的優位の局面を作り出すこと」、言い換えるなら「味方の誰かがフリーでボールを受けてシュートを打つ状況を作り出すこと」

 2、「試合のテンポを、自分たちが望むペースにコントロールすること」、よりていねいにいえば「ゴールが必要な時には主導権を握って自分たちのペースで試合を進め、リードしている局面では試合をスローダウンさせ、相手に攻撃の機会を与えないようにする。逆に、相手に一方的に押し込まれてる局面でリズムを落として試合を落ち着かせる」

 3、「リードした終盤など特定の局面で、リスクを冒さず試合の主導権を握り続けること。俗にいう『相手からボールを隠す』状況」

 すんごいわかりやすいでしょ。アンチェロッティは「このいずれの目的にも奉仕しない形でボールポゼッションを続けることにはまったく意味がない」「危険ですらある」とバッサリ切り捨てる。これはサッカーを見るとき、参考にするといいね。フリーでシュートを打つ選手が見当たらず、ゲームコントロールにも特に寄与していないとき、「あぁ、これは駄目ポゼッションなんだな」と判断して構わない。何かがうまく機能していないか、あるいは敵にボールを持たされているか。

 じゃ、質の高い、効果的なポゼッションのためには何が必要なのか? アンチェロッティは3条件を挙げていて、それは「選手間の距離」「的確なタイミング」「パスのスピードと正確性」だ。選手間の距離はパスの精度に関係する(離れれば離れるほど精度は低くなる)。チーム全体が1タッチ、2タッチのリズムを共有し、連動することで敵は対応が難しくなる。そして、テクニックの高い選手が揃っていることが不可欠(特に展開の起点となるCBと、中心になるボランチが重要)である。

 これはちょっとゲンナリする話ですねぇ。技巧に優れたタレント(たぶん高年俸!)が揃っていて、かつチームとして練度が高くなかったら「効果的なポゼッション」なんて無理ですよってアンチェロッティさんはおっしゃる。練度はね、ヤンツーに聖籠でビシビシ鍛え上げてもらうことができるけど、タレントは揃いませんよアルビお金ないもん、あぁ、お金がカタキの世の中か、宝くじ当たらんかなぁ。と短絡しそうにもなろうってもんです。

 で、ここからバルセロナとミランを例に出したボールポゼッションに関する本格的考察が始まるんだなぁ。興味ある方には本のほうを当たってもらうとして、ここでは要点をかいつまんで紹介しますね。アンチェロッティは早い話、バルサとミランだけだというんです。

 「(前略)2チームを除くと、質の高いポゼッションを安定して見せているチームは、実のところヨーロッパにもあまり見当たらない。というのも、ここまで見てきたような条件をすべて満たして、ポゼッションを攻撃の軸に据えたチームを作るというのは、簡単なことではないからだ」

 驚愕です。バルサとミラン以外はバッサリ。だから「宝くじ当たらんかなぁ」と嘆く必要はなかった。アンチェロッティに言わせれば、欧州のビッグクラブのほとんどが中途半端なチームなんだなぁ。ポゼッションを志向してやり切れずにいるか、そもそもあんまり志向してないか。あ、中途半端って言葉は悪口言ってるみたいですね。言い換えると、バランス重視の現実路線。ポゼッションかカウンターか、という抽象的な二元論には与(くみ)しないチーム。

 「一般的にいって、ヨーロッパの多くのチームは、CBにはテクニックよりも高さや強さ、あるいは速さを備えた選手を置いているし、中盤センターにも守備的なキャラクターの強い選手を起用する傾向が強い。こうしたチームは、最終ラインからパスをつなぎポゼッションを通して攻撃を組み立てるのではなく、前線へのロングパスとそのセカンドボールからの展開、あるいはプレッシングによるボール奪取からの切り替えの速い速攻を柱に据えたサッカーを志向している」
 「逆説的に聞こえるかもしれないが、ポゼッションによって主導権を握り攻撃を組み立てるよりも、ロングパスや速攻によるカウンターアタックを基本に据える方が、失点のリスクはずっと小さい。(中略)守備を固めて攻撃に人数をかけないカウンターの方が、攻守のバランスはずっと保ちやすいのだ」

 僕らシロートはポゼッションと聞くと単純に「攻撃的」とか「得点力」とか思ってしまうけれど、それをきっちり実現するのは欧州のクラブだってハードルが高いってことです。要はバランスですね。どういう発想のどういうさじ加減でポゼッションをチームに持ち込むか。新潟もまた、この課題を前にして模索を続けてるんだと思うんですよ。


附記1、次節・甲府戦はボールを持たされる可能性が高いと思うんですよ。いい機会なので、アンチェロッティさんの力を借りてポゼッションの考え方を勉強しました。当たり前だけど、そこにはメリットもデメリットもあるんですよ。問題はいかにプラス面をチームに生かすか。思えばヤンツーさんは1年め、選手の距離感のことを言ってましたね。それからCBに強いだけじゃなく、足元がある舞行龍を起用した。今季、急にポゼッションサッカーに挑戦したわけじゃないんですよ。

2、その甲府戦、Eゲート前広場にて新潟県中越地震から10年の写真パネル展示、募金活動が行われるそうです。

3、それから「アイシテルニイガタ~想いをひとつに~」プロジェクトの一環として、『アルビレックス散歩道2013』単行本の発売&サイン会を実施することになりました。今回はJ1最多・6万人動員の日産スタジアムを沈黙させた第33節・横浜FM戦がハイライトでしょうか。巻末にレオ・シルバ選手ロングインタビュー(単行本録りおろし)がもれなくついてます。ていうか、印刷物はもれるほうが難しいです。

4、すいません、今回はサッカー講座なしなんですよ。埋め合わせじゃないんですけどちょっと今、万代橋近くのメディアの船っぽい形した感じのとこで何かやろうかって秘密裏に話を進めてます。えへへへ、これだけじゃどこのことかさっぱりわかりませんよね~。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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