【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第238回

2014/11/20
 「馬場さんは何故、ラジャ・ライオンと闘ったのか?」

 ずっと気になってることがあった。当連載は2009年、鈴木淳監督最後のシーズンにスタートするのだが、開幕直前の「予告編」を読むと、どうも試合のない週には新潟出身のジャイアント馬場や坂口安吾について書くつもりらしいんだなぁ。ぜんぜんやってない。もう5シーズンほったらかしですよ。今年はラスト3節というタイミングで、2週連続フリーテーマになった。優勝争いもしていなければ残留争いもかかってない。つまり、のんびりしているのだ。こんなにジャイアント馬場を取り上げやすい11月はかつてなかった。

 若い読者はジャイアント馬場の存在自体をご存知ないのかもしれない。20世紀の三条が生んだスーパースターだ。今は三条市出身の有名アスリートといえば酒井兄弟、とりわけドイツで活躍する酒井高徳になるけれど、かつては圧倒的に馬場さんだった。生家は四日町の八百屋さんと聞く。野球選手として頭角を現し、三条実業高校在学中、スカウトの目に止まり、中退して読売巨人軍入団(投手、背番号59)。身長が既に190センチ以上あったというからダルビッシュ有、大谷翔平級だ。

 が、プロ野球では成功しなかった。脳腫瘍(正確には「下垂体腫瘍」。偶然だが、僕も同じ病気を患ったことがある)による入院生活、宿舎の風呂場での大ケガ(転倒してガラス戸に身体ごと突っ込み、左ひじを17針縫う)による後遺症と不運も重なる。が、不屈の闘志でリハビリ&トレーニングを続け、力道山の日本プロレスに入門を果たす。

 日本プロレス時代はアントニオ猪木とのタッグ「BI砲」で一世を風靡する。猪木と袂を分かち、全日本プロレスを旗揚げした後はトップレスラーと社長業の2つをこなした。身長209センチ、体重135キロ。得意技は16文キック。「東洋の大巨人」の異名をとり、当時、最高の権威とされたNWA世界ヘビー級王者に三度就いている。

 先週、日テレG+の番組『プロレスクラシック』をたまたま見たら昭和62年6月9日、日本武道館で行われた「パキスタンの空手チャンピオン、ラジャ・ライオン戦」を放送していて、大変トクした気分だった。これは馬場さんの現役生活ただ一度の異種格闘技戦なのだ。ご存知の通り、異種格闘技戦はアントニオ猪木の専売特許というか持ちネタであり、世界的な注目を集めたモハメド・アリ戦からさっぱり注目されなかったアノアロ・アティサノエ戦(大相撲の小錦の兄。何とまぁ、兄というだけで対戦が組まれた!)と色んな相手とやってるんだけど、当時、まさか馬場さんまでが異種格闘技戦に乗り出すとはびっくり仰天だった。

 僕の旧友、ナンシー関(コラムニスト&消しゴム版画家)は『ナンシー関の顔面手帖』(角川書店)でラジャ・ライオンを取り上げている。この時期、僕とナンちゃんは長電話友達で、例えば馬場さんやラジャ・ライオンや長寿日本一の泉重千代について夜中まで語り合っていた。懐かしいのでナンちゃんの原稿を引こう。
 「数年前、パキスタンの空手チャンピオン、ラジャ・ライオン(身長226センチ)が東洋の大巨人、ジャイアント馬場(身長209センチ)に異種格闘技戦の挑戦状をたたきつけ、意気揚揚と来日した。その時、G・馬場と会って開口一番『ババはかなり小さい』と言ったというエピソードが、私は異常に好きである。
 もうひとつ、、アンドレ・ザ・ジャイアント(身長223センチ)のお父さん(身長185センチぐらいらしい)が、息子アンドレに『ちょっとぐらい大きいからといってテングになってはいけない、おまえのお祖父さんはもっと大きかったんだぞ』と説教したという話もたいへん好きだ。
 どちらも選ばれた者だけにカマすことが許される大ブロシキである。どちらも美しいまでに見事なエピソードである。私も死ぬまでに一度でいいから、これくらい見事な大ブロシキを広げてみたい」(同書より)

 そうなのだ、ラジャ・ライオンは馬場さんを上回る「身長226センチの大男」だった。試合自体はかなりしょっぱいもので、2ラウンド腕挫十字固めであっさりギブアップ。百戦錬磨の馬場さんを持ってしてもこれという見せ場は作ってやれなかった。その後、全日本プロレス入りが噂されたが、ぷっつり姿を消し、つまり「キャリア1敗」のまま引退という何だかわからない選手なのだ。ただ単に「身長226センチの大男」だったなぁ。あらためてアーカイブ中継を見るとコーナーから登場した瞬間が(あまりにもでかいから)いちばん沸いている。

 で、なるほどなぁと思ったのだ。あえて馬場さんが異種格闘技戦を打った背景が何となく想像される。ひとつはもちろん猪木へのメッセージだ。「(モハメド・アリはともかくとして)お前の連れてくる対戦相手はこんなシロートばっかりじゃないか。お前がやってることをやって見せてやるよ」。たぶんそんな感じじゃないか。馬場さんは全日本プロレスのブッキング力に絶対の自信を持っていた。世界最大のプロレス組織・NWAに太いパイプを築いた全日本は、つまり超一流のレスラーをいくらでも呼ぶことができた。一方、そこからオミットされた猪木の新日本プロレスはアメリカのマイナー団体からレスラーを呼ぶか、無名のレスラーにギミックを持たせて(日本国内だけで)売り出すかしかなかった。異種格闘技路線は、超一流レスラーをマットに上げられない事情から逆転の発想で考案されたものでもあった。

 で、もうひとつは「身長226センチ」の説得力への信頼だなぁ。実際のラジャ・ライオンは「マット上でどう振舞えばいいか皆目わかってないドシロート」なのだが、出し物として何とか成立しているのは一にも二にも肉体なのだ。馬場さんの観客論は明快で、「大会場の後ろのほうの席でも、年にいっぺんしかプロレスを見ない地方のお年寄りでも、大男どうしの肉体のぶつかり合いは伝わる」だ。全日本のマットには常にでっかくて派手な超一流が上がった。馬場さん初の異種格闘技戦の相手にラジャが起用されたのは、その哲学に適っている。

 新潟出身の偉大なスポーツ成功者、ジャイアント馬場さんにアルビレックス新潟が学ぶとすれば、そのストロングポイントの徹底的な強調じゃないだろうか。外部の人的ネットワークへの太いパイプ、権威づけの巧みな利用、わかりやすい観客論。馬場さんの構築したプロレスはショービズの感覚を持った、明るく楽しいものだった。もちろんプロサッカーはまったく性質の異なるジャンルであって、馬場さんのストロングがそのまま通用するわけじゃない。が、とりあえず人的ネットワークに関しては、ブラジルでの選手獲得という形で既にアルビレックス新潟の生命線であるともいえる。

 注目すべきはマニアックな格闘技路線と一線を画し、誰にでもわかるものであり続けたことだ。マニアへ向かって収縮するのでなく、常にライト層や初心者を巻き込もうと拡大を目指す方向性。「NWAのお墨付き」と「肉体の説得力」はそのためのストロングポイントだった。

 僕はJリーグはもう一度、新規ファン獲得に本格的に取り組む時期だと思っている。もう一度、誰にでもわかるものを目指す時期だと思っている。馬場さんは何故、ラジャ・ライオンと闘ったのか? それは実に示唆に富んでいると思うのだ。


附記1、という意味では今季、セレッソ大阪のチャレンジはめっちゃ貴重だったわけですよね。まさに新規ファンを巻き込むベクトルを作った。それがJ1残留争いの渦中にあり、必ずしも成功例といえない状況にあるというのが、サッカーの一筋縄ではいかないところですね。

2、僕自身は学生時代、完全に「猪木=新日」派でしたね。まぁ、サブカルチャーの影響を受けた若者だったからマニアックな志向性に憧れた。それから馬場さんと猪木さんは観客論、メディア論が違うんですよ。馬場さんは「大会場でも栄える大男どうしの激突」という興行メインの発想だった。猪木さんはコブラツイスト、卍固めって必殺技がTVのクローズアップを意識したものでした。だから、馬場さんのプロレスは大会場の客席で見る前提で発想されたのに対して、猪木さんのそれはTV視聴者を前提にしていたところがありますね。

3、関東サポが動いてくれて『アルビレックス散歩道2013』出版記念トークショーを開催することになりました。11月24日、東京・新宿のサッカーバー「フィオーリ」にて17時から。トークショー&サイン会の後は「懇親会」という名の飲み会になだれ込む(2時間飲み放題・但し別料金)らしいです。詳しくはtwipla.jp/events/118416を参照のこと。
 

えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!

photo


ユニフォームパートナー