【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第239回

2014/11/27
 「ジョゼさんのおじいちゃん」

 日本代表のホンジュラス戦、オーストラリア戦を見て、これはかなりの程度「ザックジャパン」だなぁと思った。アギーレ監督になってサッカーがスカスカになった印象があって、あぁ、またホントに一から作り直しなんだなぁと思っていたのだが、年内最後の親善試合を遠藤保仁主体のチームに戻して終えた。やっぱり遠藤が入るとボールが回るのだ。そして遠藤には代わりがいない。「バックアップ」という意味でも、「後継者」という意味でも。これはもう何年も持ち越された日本代表の宿題みたいなものだ。

 が、5か月前のブラジルW杯を懐かしむ気持ちにはなった。もう一度、このチームでコートジボアール戦をやり直せたらなぁ。スタンドからピッチを見下ろしてドキドキ胸が高鳴ったアレナ・ペルナンブーコ。あれは6月14日の出来事なのか。何だか2、3年前のようにも思える。

 僕のブラジル滞在はほとんどペルナンブーコ州レシフェだった。大西洋に面した150万
都市だ。統計上、リオデジャネイロやサンパウロよりも犯罪が多く、W杯期間中は日本人サポーターも盗難等の被害に遭ったりした。幸運なことに僕には(唯一、コートジボアール戦に敗れたこと以外は)いい思い出しかない。毎朝、海岸沿いをひとり散歩して、ジョギング中の原博実・技術委員長や三浦カズ・アンバサダーにバッタリ出くわしたっけなぁ。

 レシフェを本拠地とするサッカークラブはスポルチ・レシフェ、サンタクルスFC、ナウチコの3つが知られていて、いちばん名が通っているのは全国選手権を戦うスポルチだ。サンタクルスとナウチカは下部リーグに所属していて、序列を言えばスポルチの後塵を拝しているのだが、地元ファンにはまったくそのような意識はなく、特にサンタクルスは熱狂的な人気を誇る。

 ブラジルサッカーがうまくできているのはある意味、全国選手権以上に州選手権が盛り上がることだ。そのように制度設計されているとも言える。州選手権はカテゴリーは関係ない。新潟県で例えるならアルビレックス新潟の首をグランセナ新潟FCとかASジャミネイロ、長岡ビルボードFC等が虎視眈々と狙ってる図式(しかも、けっこうフツーに下剋上があるんだな)。州選手権の優勝は栄えあるクラブタイトルとしてカウントされる。

 不思議とレシフェ滞在中、僕らスカパーの取材クルーはサンタクルスのファン、サポーターとばかり出会うのだった。ひとつにはサンタクルスが労働者のチームだからだろう。街の富裕層はスポルチを応援する。僕らが頻繁に顔を合わせたマイクロバスやタクシーの運転手さん、レストランのウェイター、ホテルのドアマンといった層は圧倒的にサンタクルスを支持している。スタジアムの場所も低所得者の住宅エリアに近いし、何よりチケット料金が安く設定されているのだ。

 タクシー運転手のジョゼさんはお相撲さん級の巨体の持ち主だった。年齢は50過ぎ、サングラスをしていて、声が低くてちょっと凄みがある。ちなみにゼ・ロベルトとかゼ・カルロスなんかの「ゼ」って何だろうなぁ、ファーストネームにしては短いし、と思っていたらジョゼの略称だそうだ。おじいちゃんが熱狂的なサンタクルスのファン、お父さんがスポルチのファンという家庭で育つ。ブラジルでは「何代続いた○○ファン」みたいな家庭も多いけれど、親子や兄弟が別のクラブを応援してる例もけっこうある。

 幼い頃のジョゼさんは甘やかされ、可愛がられて育ったそうだ。それはそうだろう、おじいちゃんもお父さんもジョゼさんを味方に引き入れたい。ねだると何でも買ってもらえた。ジョゼさんがサンタクルス、スポルチのどっちにつくかは大問題だった。

 で、結局はおじいちゃんの影響でサンタクルスのファンになったそうだ。おじいちゃんの作戦がいかしている。おじいちゃんはポータブルラジオを持っていたのだ。ブラジルでは今もそうだけど、地元チームの試合はラジオ中継が組まれる。これがめっぽう面白いらしい。実況の名物アナが内容を盛って、実際の試合より派手にしてしまうのだ。

 ジョゼさんは音楽が聴きたくて、おじいちゃんに「ラジオを貸して」と頼んだ。おじいちゃんは「いいけどなぁ」と言う。「これからサンタクルスの試合がある。サンタクルスがもし勝ったら貸してやろう。負けたら貸さない」。これは名案でしょう。ジョゼさんは自然とサンタクルスを応援するようになる。選手の名前も覚えてしまう。

 「おじいちゃんはサンタクルス命。チームが勝ったら大喜びで浮かれ騒ぐ。負けたらサンタクルスは悪くない、審判のせいだとカンカンに怒る。審判のせいって、オフサイドかどうかラジオ聴いてるだけじゃわからないのにね」(ジョゼさん)

 「わからないのにね」と強面(こわもて)のジョゼさんが言って、タクシー車内は笑いにつつまれた。本場ブラジルだってそんなもんだ。いや、本場ブラジルだから余計にそうだ。好きなチームにはひいきのひきたおし。自分でもそれはわかってる。肝心なことは庶民の生活の真ん中にサッカーがあることだ。ジョゼさんはチームが州選手権で優勝すると必ずおじいちゃんの墓にマフラーを飾りにいく。


附記1 ちなみにお父さんは後々まで「ラジオでやられた!」と悔やんだそうです。ホントにね、息子と一緒にスポルチ・レシフェの応援したかったでしょう。

2、マツケンまた出場機会なかったですね。実際にマッチアップして初めてわかることもあると思うけどなぁ。

3、新潟日報に「柳下監督続投へ」(11月19日付スポーツ面)の記事が出て、とりあえずホッとしましたね。あと思うんですけど、サッカー監督の話題で「続投」って野球用語が出るのは面白い現象です。まぁ、「リスタート」とも違うし、サッカー用語では表現できないんですね。僕はいつも聖書のアダムとイブのくだりに「のど仏」が出てきて、仏教?ってなるのを連想します。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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