【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第259回

2015/7/9
「引き立て役」

 J1第17節(第1ステージ)、浦和×新潟。
 試合後の監督会見でサッカージャーナリストの大住良之さんが面白い質問をした。「チーム状況を考えれば勝ち点1だって重要だと思うんですが、あえてこういう、こういうっていうのは攻撃的な、戦い方をしたんですよね?」 もしかすると質問の意図がうまく伝わらなかったのかもしれない。柳下正明監督は実際的な戦術の話(3バック→4バックへの移行等)をした。その実際的な話が率直なトーンであり、また興味深くもあったので誰も深追いはしなかった。何でかっていうと敗将だからだ。新潟は第1ステージの覇者・浦和に完敗した。「ステージ無敗優勝」の引き立て役として。

 大住さんの質問を聞いたとき、連想したのは直近のW杯アジア2次予選(兼アジア杯予選)、会場も同じ埼スタで行われた日本×シンガポール(6月16日、スコアレスドロー)である。明確な実力差があり、日本のホームであることを考慮し、シンガポール代表は守戦に徹した。全員が自陣で身体を張り、またGKイズワン・マフブト選手が神がかりのセーブを連発する。あれはあれでサッカーのすごさだと思う。引き分けではあるけれど、シンガポールの「金星」だ。新潟はシンガポールのように戦えなかったのだろうか?

 戦えないと思うのだ。ヤンツーさんは意地でもそうしない。読者は一昨年、アウェー広島戦で守備的に戦われて負けたとき、ヤンツーさんが「あんなつまらないサッカーに負けたのが悔しい」とコメントしたのを覚えておいでだろう。嫌いなのだ。そしてシーズン半ばでそんな小さいサッカーをしたらおしまいだと考えてる。これはヤンツーさんが「理想のサッカーを追い求め、現実を見ようとしない監督」だと言ってるのじゃない。

 僕も先週1週間、浦和戦がどうなるか考えて過ごした。勝ち目は薄いだろうと思った。ただでさえ浦和とは相性がよくない。その上、今季、浦和は本当に強いチームに変貌した。去年、あと一歩のところで優勝を逃した経験が生きている。チームが実に仲よさそうになった。そして勝ち点にこだわる粘っこさを身につけた。

 新潟がもし「引いて守って引き分け狙い」を選択して、失敗して負けたら何が残るだろう。僕はそれが最悪だと考えた。チャレンジがない。方向性がブレる。雰囲気も悪くなる。何よりも「第1ステージの覇者」と自らを比較するチャンスを失う。何が違うのか、選手一人一人が身体で感じ取るチャンスをスポイルしてしまう(特に加藤大や小泉慶、川口尚紀ら若手に学んでほしい)。今は天国と地獄くらい差がついてるが、開幕時は「第1ステージ優勝」を目標にしていたのじゃなかったか。それは具体的には「この浦和」を凌ぐということなんだ。「この浦和」とやり合う必要がある。

 という道すじで僕の結論は「やり合うしかない」だった。ヤンツーさんが同じ道すじで考えたかどうかは知らない。ていうか考慮の余地なく「やり合う」だった可能性が高い。試合はアグレッシブに始まった。新潟は勇気を出して勝負に行ってた。第2ステージの巻き返しで大事なのはこういう部分だ。覇気。サッカーチームが元気なくてどうするよ。

 試合経過を記しておくと前半21分、なかなかきびしい判定があってPKを献上、興梠慎三に先制ゴールを許す。そこからDFラインが下がっていったかな。新潟は3バックのマンツーマンで守るから、1対1の局面で負けると大ピンチになる。苦しい試合になった。浦和はノリノリだったなぁ。前節、アウェーで優勝を決めたからこの日は埼スタでお祝いだ。ハーフタイムに「練習試合のつもりじゃない?」という記者の声が聞こえた。


 後半、逆にPKをもらって1点返す(得点者・ラファエル)がその時点で1対4。そこから更に1点ずつ取り合って(得点者・指宿洋史)、2対5で試合終了。第1ステージ総決算の試合は「今季最多失点」のおまけがつく完敗だ。悔しいが力の差は歴然としていた。

 ただその力の差が問題だと思った。例えば単純な「タレントの違い」みたいなことだったらすべてをマネーの話に置き換えられる。浦和は個の力もあるけれど、それより差を感じたのは戦術と戦術習熟度だ。戦術習熟度はシンプルに練度と呼んでもいい。

 読者は不思議に感じなかっただろうか。浦和がボールを奪うときは(主に中盤で)3人くらいが囲む。浦和が攻め込むときは縦パスが通り、そこからDFに引っかからずに2、3本つながれる。「DFラインが下がって陣形が間延びしてたせい」だと一応、説明はできるけど、ホントのところではわからない。何故、浦和は連動していて、新潟はそうじゃないのか。

 システムとして機能していませんでした。そう言ってしまうのが早い。これは一考を要する。システムがダメだったら勇気だけでは何ともならない。成岡翔が入って4バックになってからのほうがずっと良かった。とはいえ、そんな簡単な話じゃないね。「第1ステージ優勝」するにはこの差を埋める必要があったんだ。課題を持ち帰り、第2ステージにつなげよう。必ずこの悔しさを晴らそう。


附記1、そうしたらナビスコ杯決勝トーナメントの抽選で、対戦相手が浦和に決まりました。間違いなくラッキーです。リーグ戦含めて、あと3回当たれるんですよ。一戦ごとに成長しましょう。加藤や小泉が今回の手応えをどう生かすか楽しみです。

2、抽選といえば指宿洋史選手、大役おつかれ様でした。スーツ姿ナイスでした。そして入籍おめでとうございます。ゴールを決めてじゃんじゃん稼いでください。

3、『報道ステーション』の鈴木武蔵特集は初めて知ることばかりでした。自分の武器を生かして、ますます活躍してほしいですね。

3、U-22代表のコスタリカ戦は今、これを書いててまだ見れてません。川口尚紀が出場したみたいですね。よし、これから追っかけ再生だ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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