【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第267回

2015/9/3
 「現在地ココ」

 J1第8節(第2ステージ)、新潟×広島。
 これは悔しい。申し訳ないけど、今週はディテールを描写する気にならない。これまで何度となく繰り返されてきた試合展開だ。(特に前半)新潟は優位に立つ。決定機を数多く作る。が、決め切れない。その一方で敵はワンチャンスをものにしてファインゴールを決める。流れが変わる。焦りが生まれる。新潟は懸命にチャレンジを続けるが、ゴールが割れない。

 今節は2失点めのところで実質「勝負あった」だと思う。広島は元々、守りに自信を持ったチームだ。かつ、第2ステージに入ってバイオリズムを下げていた。「前半ガマンして、後半勝負する」ゲームプランだったと思う。それは森保一監督の構築した「相手の力を利用して勝つ」スタイルにも適っている。新潟は90分間トータルで圧倒的に攻めていた。スタッツを見れば明瞭だ。枠内シュート数、新潟15、広島9。CK数、新潟13、広島3。

 つまり、広島は新潟の攻めを見切っていたことになる。何年も前、まだ監督が鈴木淳さんだった頃、僕は広島サッカーを「居合の達人」に喩えたことがあった。間合いをはかってなかなか抜かない。が、抜いたと思ったら電光石火。当時、新潟は4-3-3(もしくは4-1-4-1)のショートカウンターのチームだった。その試合はつば競り合いがずっと続き、スコアレスドローに終わるのだが、どちらか一瞬でもスキを見せたら致命傷を負うスリリングな攻防だった。

 あのときはペトロヴィッチさんだったから、広島はその後、より手堅くリスク管理するチームになったのだ。さっきの喩えで言えば「居合の奥義を極めた」。では、新潟はどうなのだろう。チームコンセプトの継続性は? 僕らは一体、どこにいるんだろう? 

 結論から言うと、僕は監督さんも選手も入れ替わったチームにしては継続性があると思う。よく「柳下監督はジュビロ流のポゼッション志向のチームを作ろうとしている」とカン違いされてる方がいるが、まさか磐田全盛期の「N-BOX」を新潟でやろうとは考えてないだろう。大前提になってるのは「奪う」サッカーだ。奪ってから「守→攻」の切り替えが速いサッカー。つまり、プレッシングとショートカウンターの組み合わせ。

 これは最近の言い方でいうと「ゲーゲンプレス」のイメージだ。読者は湘南のチョウ・キジェ監督の「オレンジ・ドルトムント」発言を覚えてらっしゃるだろう。チョウ監督は新潟の特徴を「攻守の切り替え」(トランジッション)だと見抜いた。そして、ユルゲン・クロップ監督の「ゲーゲンプレス」で名を馳せたドイツ・ブンデスリーガの強豪ドルトムントに喩えた。たぶんあのチョウ監督の発言の後、関心を持った方はブンデスリーガ中継をご覧になられたと思う。

 「ゲーゲン」はドイツ語でカウンターの意味だ。まず基本的なことだが、カウンターについておさらいしておこう。広義のカウンターとは「相手に攻め込まれたときにボールを奪取し、逆襲する戦法の総称」と言えるだろう。相手が攻めに人数をかけている(守りが手薄になっている)から数的優位が作りやすい。新潟にも「引いて守りを固め、カウンター狙い」という時代があった。ターンオーバーから素早く縦に展開する。相手の戻り切る前に勝負をかける。

 で、「引いて守りを固めない、カウンター狙い」というものが考案されるのだ。「引いてブロック形成」ではなく、プレッシングで守る。ショートカウンターという戦法だ。これは引いて守るのとは奪いどころが違う。積極的にプレスをかけてなるべく前でボールを刈取る。ロングカウンターの奪いどころが「自陣のエリア付近」だとしたら、ショートカウンターは「センターマーク付近、もしくは敵陣に入った辺り」という感じだ。奪ったら相手が前へ出ようとするタイミングの逆を突く。奪うのが敵ゴールに近い分、決定機を作るのも速い。

 プレッシングは80~90年代、アリゴ・サッキ監督がACミランにもたらした革命的な戦法。読者も「ゾーンプレス」という言葉を聞いたことがあるだろう。プレスをかけ、陣形をコンパクトに保ち、ラインコントロールをする。この3つがセットだ。これはもう現代サッカー戦術の基礎となった。今はDFラインを高く設定してオフサイドトラップを仕掛ける、という守り方自体は主流とはいえないが、影響を受けてないチームは地球上に存在しない。もちろん「ゲーゲンプレス」もその流れを汲んでいる。

 「ゲーゲンプレス」はショートカウンターを一段進化させたイメージだ。サッカーでボールの奪いどころ同様に重要なのは、ボールの失いどころだろう。で、これは誰が考えても敵陣で失うのが望ましい。自軍のゴールまで距離があるからリスクが少ないのだ。「ゲーゲンプレス」はパッと見、「人数をかけたショートカウンター」に見える。プレスも波状にガンガンかけ、奪ったらガンガン攻め切る。で、呆れたことにどうも奪いどころに加えて、失いどころも敵陣に設定してるんだね。これはどういうことかというと「縦パスを送って味方がボールロストする」のをあらかじめ想定して、敵ボールホルダーにガンガン寄せる。で、奪ったらその勢いのまま攻める。

 ドルトムントの「ゲーゲンプレス」は世界中の注目を集めたが、それだけに研究もされた。そして昨シーズン、ドルトムントは不振に陥り、クロップ監督は退任されている。一般的には対策を練られたことと、極端なハードワークが前提とされるため、選手の消耗が激しかったことが原因とされている。で、トーマス・トゥヘル新監督率いる15-16シーズンが開幕したのだが、これがね、僕の目から見ると「バッチリうまく行ってるアルビレックス新潟」に見えるんだ。

 「ゲーゲンプレス」をそのままJリーグに移植したチームはまだない。奪った瞬間、攻撃のスイッチが入りチーム全体が連動するイメージを考えると、チョウ・キジェ監督の湘南もまた「ゲーゲンプレス」の影響下にあるだろう。新潟はどうかというと「奪う」サッカーの方向性がそっくりだ。ただ敢えてボールを失う(正確には敢えて失って、それを奪い返す)ところまでは計算してない。ていうか、ビルドアップは正攻法だ。保持したボールはていねいにつなぐ。まだ勇気がなくてボールを下げたり、横パスでお茶を濁すシーンも多い。

 面白いことに今季の、トゥヘル監督のドルトムントは「ゲーゲンプレスも使う、ビルドアップもする」なんだ。自在型のチーム。で、開幕から2節、点が取れている。サッカースタイルはクロップ監督のときより新潟寄りなんじゃないか。但し、完成形というか理想形というか、「バッチリうまく行ってるアルビレックス新潟」だ。見てるとね、パラレルワールドみたいにあっちの世界では面白いように点が取れ、こっちの世界では点が取れない。

 ま、選手が違うんだから単純な比較には全く意味ないんだけどね。僕が言いたいのは考え方のみちすじ。僕は新潟のサッカーは理にかなったアプローチをしていると思うのだ。広島戦の負けはダメージがあるけど、絶対ブレちゃいけない。迷子にならないよう「縮尺の大きな地図」で新潟を鳥瞰した。


附記1 というわけで僕は継続的にドルトムントを見ようと決めました。幸い香川真司がいるので、NHK-BS1やJスポーツが全試合中継してくれそうですね。たぶん沢山ヒントがもらえるんじゃないかな。ブンデスリーガ的には「打倒バイエルンの一番手」というポジションです。

2、広島戦で負傷交代した小泉慶選手ですが「(右足の第四中足骨)骨折」と新聞報道が出ました。これは大ショックですね。既に慶はU-22代表候補合宿への参加を辞退しています。チームにとってはサバイバル戦線のキーマンですよね。「奪う」サッカーの申し子と言っていい。一日も早い回復を祈ります。

3、ラファエルが戻ってきたと思ったら今度は慶か…、とボヤきたくなりますが、勝負の世界はこんなもんですよね。思った通り行かなくて当たり前。コンピュータ用語では「冗長系」っていうんでしたっけ、バックアップの出番です。どんな条件であれ勝たなきゃ生き残れませんね。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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