【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第273回

2015/10/15
「ダブル実況」

 J1第13節(第2ステージ)、甲府×新潟。
 申し訳ない。この日はアイスアリーナにいた。関東東北豪雨の後、初となる日光アイスバックスのホームゲームだ。規模こそ違え、意味としては2004年、中越地震後に行われたFC東京戦に似ている。栃木県は被災地のひとつだ。試合前、水害で亡くなられた方々に黙とうが捧げられた。僕も募金箱を持って玄関フロアに立った。鹿沼市で半日ボランティアを務めてから試合に駆けつけたファンもいた。東武宇都宮線は(この日の時点では)まだ橋脚が流され、不通の区間があった。

 こちらの日本製紙クレインズ戦は16時フェースオフ。試合終了まで川中島ダービーはいったん忘れることにした。ホッケー試合のほうは逆転し、更に逆転されるという派手な展開だった。全部終わってお客さんを送り出し、スタッフルームに戻ったのが19時ぐらいだ。ソッコー、BSNラジオを聴いた。この日はYBSラジオとBSNラジオの共同制作で「川中島ダービー生中継」が組まれていた。で、ラジコプレミアムに入っていれば栃木県でも平気で聴ける。

 川中島ダービーのスコアは0対0だった。アイスバックスの営業車で宿まで送ってもらう間もアイフォンを耳にくっつけてひたすら聴き入る。これがね、(少なくとも僕は初めて耳にする)斬新な実況スタイルだった。宿にチェックインした後はWi-Fiが飛んでるからスカパー・オンデマンドを視聴する手もあるのだが、面白かったのでそのままBSNラジオを聴き続けた。もちろんスカパー映像は後でチェックしたけど、僕にとってこの一戦はYBS&BSNのラジオ中継だなぁ。

 14位甲府と15位新潟の激突だ。ともに降格圏スレスレ。しかもこの日、デーゲームで16位松本が勝っちゃったから「尻に火がついたどうし」とも言える。ちなみに試合前の時点で甲府は勝ち点30、新潟は29。松本山雅は今節の勝ちで27まで伸ばしてきた。そういうプレッシャーのなかで行われた試合だ。

 YBS(山梨放送)BSN(新潟放送)共同制作というのがどういう事態かというと、2つのステーションが同じ番組を送出するということだ。これはラジコプレミアムでカンタンに確認できる。僕は子供っぽいから宿のベッドに寝転んで、両局を切り替えて「おんなじおんなじ!」と喜んでいた。YBS、BSNはラジオ系列に関してはどちらもJRNとNRNのクロスネット局だ。編成上の自由度も大きいんじゃないか。第2ステージの大一番を意欲的に組んできた。

 では「斬新な実況スタイル」というのが何かというと、ダブル実況なのだ。YBSの桜井和明アナ、BSNの星野一弘アナが2人がかりで試合状況を活写する。ツートップだ。まったく並列。フツーはどちらかがメインで、どちらかがピッチレポートになるだろう。そうじゃなくて2人とも実況席なのだ。画期的じゃないか。ちなみに解説者は置かなかった。

 僕の考えを言うとこれは案外、難しい作業だ。アナウンサーさんにはよってはひとりで実況するほうがはるかに気が楽、という方もおられるだろう。試合実況はアドリブだから、おそらくはアイコンタクトを交わしながら互いのパートを渡したんだと思う。あうんの呼吸が必要になるが、といって普段、一緒に仕事してるわけじゃないから出たとこ勝負になる。

 偶然だが、僕もこの日の午前中、土曜ワイドラジオTOKYO『ナイツのちゃきちゃき大放送』(TBSラジオ)の初日だった。永六輔さんが長年続けて来られた時間帯を人気漫才コンビ、ナイツが担当することになり、僕は月一レギュラーのコメンテーターで入った。で、初日のスタジオは「出るのか引っ込むのか、スタジオの空気を読みながら手合わせするフリートーク」だった。スタジオにはナイツのお二人、TBS出水麻衣アナ、僕の4人がいる。わざとクロストークをかぶせるんでなければ、誰かが出るときは他は引っ込むんでないととリスナーが聞きにくい。その、まだ呼吸ができてないスタジオのスリル感が面白かった。

 だからYBSの桜井さんもBSNの星野さんも相当な手練れなんだと思う。タイプ的には桜井さんは「いい声で語り上げる」、星野さんは「柔軟に構え臨機応変する」印象。いい声の桜井さんが強気、星野さんがちょっと弱気の役になった。

 「川中島の合戦は四度戦ってすべて引き分け、決着がついていません。甲府としては今日は引き分けで構わないんです」(YBS桜井さん)
 「いやいや、そうはいきません。塩のお礼を返していただきましょう」(BSN星野さん)

 何かね、川中島合戦のウンチクをからめたりして、丁々発止のやりとりが続く。川中島のウンチクに関しては我がBSNの星野さんのほうが断然調べて来ていた(「第四次合戦がいちばん激しかった。ここからは第四次合戦のイメージで攻めたい」の発言あり。桜井アナに「わからない」と返される)。

 ダブル実況スタイルの新味は「担当チームがはっきり分かれている」ところだった。もちろん桜井さんが甲府を、星野さんが新潟を担当する。よく「○○目線」という言い方をするが、徹底して桜井さんは甲府目線、星野さんは新潟目線に立つ。そうすることで共同制作でありながら、双方ともに応援放送を成り立たせるアイデアだ。

 で、この試合は「堅守・甲府を新潟がこじ開けられず、かといって甲府の攻めも実らない」だったと思う。ていうか、そもそも両軍攻撃らしい攻撃がほとんどない。膠着したまま試合が終わった。もちろんこれは「引き分けで構わない」(桜井さん)甲府側のゲームプラン通りだ。

 それがダブル実況ではどうなるかというと、「このパスを受けて川口尚紀がクロスを入れる!」(星野さん)「そのクロスが誰にも合わない。これは助かりました。甲府、大丈夫です。ゴールキックです」(桜井さん)という風に、エリア内にクロスを入れるとかラストパスとか、攻撃意図のところまでを片方が語り、その先の結果の部分をもう一方が引き継ぐという分業制だ。

 これがすごく面白い効果を上げていた。もしかしたら実際よりもラジオの掛け合いのほうが面白かった可能性すらある。意図がつぶされる繰り返しだ。星野さんが必死に色んな攻撃を繰り出し(実際にはアルビが繰り出しているのだが)、それを桜井さんがいい声ではね返す。出し物としては「繰り返しのギャグ」のようだった。何を言っても何をやってもいい声ではね返される。後でスカパー映像を確認したら、めっちゃフラストレーションのたまる試合だった。ラジオで感じたユーモアのエッセンスは微塵もない。

 だから僕はBSNラジオの中継を聴いてよかったんだと思う。ラジオ中継の新しい形を大いに楽しんだ。まぁ、どっちみち状況はヒリヒリするのだ。結局、16位松本との勝ち点差は3まで縮まった。次節はその松本山雅戦だ。面白いじゃないですか。やるべきことはシンプルです。勝って生き残るだけ。


附記1、だけど、勝ち点1をゲットした「次善」の結果だったとも言えますね。負けてたら松本山雅との勝ち点差は2、プロ野球流に言うと0.5ゲーム差でした。0.5と1ゲーム差はだいぶ違いますね。

2、今回のYBS&BSN中継は解説者を置かなかったという思い切りも奏功してた気がします。プロの解説者がいるとアナウンサーはどうしてもお伺いをたてるパターンになる。果たしてあんなに伸び伸びやれたか疑問ですね。

3、ナビスコ準決勝・G大阪線はまずスワンで先勝できました。いや~、でも心臓に悪い試合だった。詳しくは来週取り上げます。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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