【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第280回

2015/12/3
 「これで終わりなのか」

 J1最終節(第2ステージ)、柏×新潟。
 寂しい日だ。日曜の朝、ウェブ版の新聞を眺めて、あらためて最終節なんだなと確認する。今日で「柳下アルビ」の3年半が終わる。と同時に今年のチームの見納めでもある。レンタルバックする選手もいるだろう。退団、移籍する選手だっているかもしれない。同じ指揮官、同じメンバーでサッカーをすることは二度とない。それは例えてみれば青春の一回性に似ている。冒険の旅が終わるのだ。僕はさよならをするために日立台へ行かなきゃならない。

 3連休の中日は晩秋の気配だ。冬が近い。柏駅から1.5Kmのレイソルロードを歩くとき、何となく初詣の人込みを連想した。日立柏サッカー場は僕んちから最寄りのJリーグ会場(利用してる南千住駅から3駅!)なので、サッカー誌で連載を持ってる頃は頻繁に来ていた。レイソルロードも古本屋がなくなり、中古衣料や雑貨屋が出来たりして少しずつ変わっている。

 柏レイソルは天皇杯の準々決勝を残してはいるが、吉田達磨監督の退任が既に決まっている。本拠地での采配はこの日が最後だった。お互い優勝もかかってなければプレーオフもない。残留争いもない。「勝って終わりたい」という以外に特に目標とするものはない。それでもね、サッカーがなきゃ生きていけないんだよって人が集まった。黄色とオレンジのフットボールラバーたち。黄色もオレンジも陽光の謂(いい)だ。寒々とした曇天の下、レプリカシャツの色だけ紅葉のように萌えている。

 日立台は素晴らしかった。試合前練習も選手の声や息づかいが聞こえそうだ。去年の最終節・代替開催がカシマスタジアムでなく、ここだったらゴール裏のホーム&アウェーが逆だったかなぁとつい思いを巡らす。まぁ、「敵地のホーム開催」には無理があったとは思うが、レイソルサポも久々の逆側ゴール裏を懐かしんだかもしれない。ここは断然、奥側のゴール裏がいい。上段スタンドなんかない代わりにぎゅうぎゅう詰めになれて全員がアミーゴ、ピッチもアミーゴだ。

 だから皆、聖籠よりもはるかに至近距離で「柳下アルビ」を見送ったのだ。断幕を張りゲーフラを掲げて、ヤンツーや選手の名を呼んだ。いちばんダイレクトに声を届けた。それは幸福なことだと思う。また至近距離だからこそ選手の気持ちが直に伝わってきた。何とかしたい。ヤンツーさんに勝利を贈りたい。この試合は消化試合にしてはイエローが多かった。何であんなにムキになっていたと思う? 何とかしたかったんだよ。

 前半はその気持ちの部分にグッと来たなぁ。「何とかしたい」が先に立って、ちょっと荒っぽい試合になっていた。ヤンツーさんには「高校時代の恩師」っぽい面影がある。サンスター・トニックシャンプー使ってそうな熱血教師だよ。融通のきかない体育教師とかね。こっぴどく叱られた思い出しかないけど、いざ卒業するとなると胸がつまって何も言えなくなるような。「よく学籍簿でどやされた担任の先生」を勝って送り出したいイメージ。

 僕は人間・柳下正明の面白さをそこに見る。何が教師っぽいかって言ったら、ドンッと課題を投げて生徒の変化を見てる感覚だよね。あんまり説明はなくて、自分で考えてわかりなさいっていうタイプ。驚いたことにこのラストゲームでも佐藤優平をFW起用して、どう変化するか見た。だから教師って比喩じゃないとしたら化学者だね。化学は基礎研究じゃないから、きれいな理論なんてあんまり関係ない。実験を繰り返す現場主義だ。ノーベル賞(医学生理学賞)の大村智先生なんてゴルフ場の土を採取して微生物見つけたんでしょ。順列組み合わせ的にあらゆるものを試してみるんだね。

 で、この試合は「(「恩師」のために)主に新潟が何とかしようとして空回り」という展開になる。まぁ、実際はレイソル吉田監督こそ(我らが指宿洋史をはじめ)チームの育成を担当されてきた「恩師」なんだけどね。前半24分、クリアしたボールが味方に当たる不運なオウンゴール。ゴール裏のサポは至近距離で見てたからね。あぁ、小林がこう跳ね返して、イムのここに当たって、黒河は動けずに、こう入っちゃったんだなぁとハッキリ見えた。そんなもんハッキリ見えなくてもいいんだけどね。

 ハッキリ見えなくてもいいんだけどねシリーズを言うと、この試合は珍しいシーンがけっこうあって、「松尾一主審の胸トラップ」はハッキリ見えなくて別によかったなぁ。あんなにきれいに胸トラップするとは。ま、敵の縦パスを止めてくれたわけだから有難かったけどね。それから「ハンド疑惑」や「レオの神の手ゴール未遂」もハッキリ見えちゃったんだよなぁ。レオは押されてつい手が上がったんだけど、何かバレーボールみたいだった。至近距離だと何でもハッキリ見えてしまうな。

 でも後半36分、指宿洋史のPKゴールは至近距離でハッキリ見られてお得だった。エリアで倒されたのも目の前、古巣への恩返し弾を決めようと指宿がボールを離さなかったのも目の前、蹴る寸前まで敵GK・菅野孝憲が指宿をにらみつけてたのも目の前、そんな重圧どこ吹く風であっさりPKを決めたのも目の前。得点はどちらも新潟側のゴールだった。気がつくと空が晴れて秋陽が差している。スコアは1対1。惜しいシーンも危ないシーンもあったけど、試合はそのままドローで決着。

 きびしい言い方を許してもらえるなら、最後まで「2015年アルビレックス」は中途半端だった。決め手がない。明確なストロングポイントがない。J1昇格後の最少勝ち点34に見合ったシーズンだった。来季はどんなチーム編成になるかわからないけれど、相当ネジを巻かないと苦しいだろう。ケガ人続出の原因究明や選手層の拡充も検討課題だ。僕は今年、フロントはコストをかけて勝負に出たのだと思っている。それが結果に結びつかなかった理由を明確にしたい。

 これで終わりなのか。こんな中途半端なエンディングか。試合後、挨拶に出てきたヤンツーさんの顔がやけにすっきりして見えたから、やっぱりこれで終わりなんだろう。そう思うと泣きたいくらい寂しくて、残念だ。このチームはもっと遠くまで行けるはずだった。もっとやれるはずだった。


附記1、本当に11月中に終わっちゃったよ、とあっけにとられている感じですよね。関東サポの知り合いも12月がヒマになっちゃったんで、レディース皇后盃の他は「ソッカー部」のインカレかなぁ(端山君出れるのか?)なんて話になっています。

2、U-22日本代表候補合宿にケガ明けの松原健、鈴木武蔵が参加してますね。来年はついにリオ五輪です。年明けさっそくアジア最終予選が待っている。

3、本稿執筆の11月25日、急に冬の気候になりました。札幌は44センチの大雪(11月の観測記録としては62年ぶりの40センチ超!)らしいです。新潟も東京も冷たい雨が降っている。今日は柳下正明監督のシーズン総括会見が行われました。会見録の全文を読んで、終わったんだなぁとまた思った。ヤンツーさん、お疲れ様でした。それから和田治雄コーチもお疲れ様でした。

4、今シーズンの「アルビレックス散歩道」はこれでお仕舞いです。春になったらまた逢いましょう。もしかしたらその前にタイで逢いましょう。変わらぬご愛読に感謝します。それではちょっと早いけど、メリークリスマス!


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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