【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第297回

2016/6/30
  「準備=イメージ」

 J1第16節(第1ステージ)、FC東京×新潟。
 早川史哉の急性白血病による戦線離脱が発表になって最初のゲームだった。サポーターは即座に早川の背番号「28」のコレオ掲示を決め、この一戦に特別な気持ちで臨んだ。FC東京側の反応も迅速だった。味スタで募金が呼びかけられ、またゴール裏正面には「頑張れ早川史哉」の断幕を出してくれた。日頃、シャレのきついFC東京サポ(アウェーに来て「♪ハジけよう田舎でも」とか歌う)もこういうときは本当にハートがある。もっとも新潟の緑ユニを見て、まるでテレ隠しのように「♪緑は大嫌い」とやってた。何か男子校っぽい感覚だ。

 新潟応援席のテンションはものすごかった。フミヤのために絶対勝つ。全員腹から声出してる感じだ。音圧が只事じゃない。これは試合に必ず反映するだろう。新潟は早い時間帯に得点するかもなぁと思った。まぁ、気持ちが入り過ぎて後半バテないといいけど、仮に後半バテたとしても行くしかないときがある。それにFC東京は(ACL日程の影響もあって)中2日だ。後半バテるんだったら先方じゃないか。

 試合は意外なことの連続だった。前半18分、舞行龍が平山相太と交錯して脳震とうを起こし、増田繁人と交代。最初、舞行龍がピクリとも動かない感じに見えて大変心配した(その後、意識がハッキリする)。結果、交代カードを早々と1枚使ってしまうことになったが、こういう日は(意外と連鎖するケースがあり)何があるかわからないから戦術的なカードが切りにくい。ちなみに言うと田中達也、小塚和季、酒井宣福、平松宗はベンチ外だった。

 前半23分、新潟の先制ゴールが決まる。これが味スタを怒号とブーイング一色に変えることになる。荒木友輔主審が東京GK・秋元陽太の「6秒ルール」を取り、エリア内でボールを離した瞬間、山崎亮平がかっさらってパスを送り、成岡翔がシュートを決めたのだ。ルール上は山崎の間接FKである。敵将・城福浩監督が大変な剣幕で審判に詰め寄った。あれは「6秒ルールなんか取るな」ということか「リスタートが早過ぎる」ということか。

 荒木主審はルールに則って正しい判定を下した、と僕は思うのだ。四面楚歌の状態になって気の毒だった。実際この後、選手からも観客からもちょっとナメられたような空気になって、審判が浮き上がってしまう。試合が荒れてコントロールを失う。具体的にはレオ・シルバが徹底的に狙われた。まぁ、フツーに考えれば相手はその策だ。レオをつぶせ。そうすれば新潟は無力化する。

 で、結論を言うとホントにその通りだった。レオ依存症は深刻だ。レオはスーパーな選手だけど、頼り過ぎだ。チームに来て1、2年の頃はボール奪取力を主に発揮してもらっていた。が、今は奪うのはもちろん、いったんあずけて落ち着かせてもらい、持ち上がってもらい、勝負パスを出してもらい、戻してシュートしてもらう。つまり、全部頼ってしまう。依存症は進行している。早急に他のやり口を見出す必要があるだろう。

 試合は後半9分、防げたミスから平山に同点弾を食らう。ちょっと拍子抜けするくらいあっさり追いつかれた。まぁね、これを「ミスすんなよ」とか「ていねいに行けよ」と言うのはカンタンだけど、言うとなくなるのかって問題だな。僕はしょうがないと思うことにした。1点取って逃げ切れたとは考えにくい。まぁ、1失点くらいはサッカーには起こり得る。ここからが勝負でしょう。決勝点奪って勝てばいいんだ。

 奪いませんでしたね。後半はシュート0本。何にも起きない。中2日の東京のほうが圧倒的に攻め込んでくる。これはどういう現象だろうか。何が起きている? フミヤのことで気持ちが入り過ぎてもう疲れちゃったか? 何でこんなに攻撃が作れないのかな? 

 どういう現象なのか。試合後の会見で吉田達磨監督は言う。
 「うちの課題なのですが、オーガナイズの部分、『箱』を壊してしまって、まるごと、戦うこと走ることに終始してしまっています。それでブサイクになって多少殴られました」
 「ゲームコントロールの部分では、こうなるだろうとカンタンにジャッジしてしまっている。次を読まずに1回逃げるという選択だけ」

 オーガナイズのタガ(コメント上は「箱」)がちょっとしたきっかけで外れるというんですね。で、行ったり来たりの根性サッカーになっていると。まぁ、当コラムはその根性サッカーがそもそも成ってないとこないだ指摘したくらいなんだけど、頑張れば頑張れることはわかった。が、頑張るだけに陥ってしまう。達磨さんとしてはその先へ行きたい。行きたいがなかなか行けない。理由は選手の判断の軽さにあると。

 僕は「6秒ルール」からの先制点を思い出す。これぜんぜん戦術的な崩しのゴールじゃないんだけど、山崎ギュンギュンの狙いを見ると「準備ができていた」としか言いようがない。面白いのはね、僕はこの試合、サッカージャーナリストの中山淳さんと並んで見てたんだけど、(普段、新潟の試合を見てない)中山さんは「えぇ~、6秒ルールなんて久しぶりに見た!」と驚いてるんだ。で、読者もそうだろうけど、(新潟の試合を見てきた)僕としたら「ここ最近で6秒ルール見るの三回目だ」なんだね。心の準備ができてる。もちろんルールも押さえてる。

 達磨さんが言う「次を読む」って準備のことだ。イメージだ。思えば去年、守田達弥はガンバ宇佐美から「忍者ゴール」を食らったね。あれは(宇佐美からすると)自軍のGK東口が清水・大前元気から「忍者ゴール」食らったのが下敷きになっている。イメージがあるから狙えたんだね。イメージがなくてその都度考えていたらノーチャンスだ。

 まぁ、「6秒ルール」や「忍者ゴール」は極端な例だけど、攻撃の組み立てだって準備ができてるか(イメージがあるか)が大事なのは同じことだ。それはどうやってできるのかというと、経験と想定練習だろうと思う。

 達磨さんはこうもコメントした。
 「相手に攻め込まれたらカウンターで反撃すればいいだけのこと」
 達磨さんをポゼッション至上主義者のように思ってるファン、サポーターの声を聞くことがあるが、そこは柔軟なのだ。後半、「押し込まれてシュート0本」の状況を打開すべく指宿洋史を投入した。「何にも起きない」試合の勝負手だ。

 達磨さんはこれに関して会見では「おさまったりおさまらなかったり」と自嘲気味だったが、ぜんぜん功は奏さなかった。指宿の出来が悪かったとも言えるし、成岡のままのほうがよかった(体力の問題はあるにせよ)かなぁとも思ってしまう。「何も起きない試合」の勝負手で何も起きない。うーん、これは困ったなぁと思うのだった。とりあえず勝ち点1。


附記1、今節はFC東京だけでなく、沢山のクラブが早川選手支援に動いてくれました。僕は翌日、馬入サッカー場のサテライト、湘南×新潟を見に行ったんですけど、チョウ・キジェ監督以下、ベルマーレの選手がいっしょうけんめい募金を呼び掛けてくれて涙が出ました。また湘南サポの「病に負けず闘う男を俺達は知っている。またピッチで戦おう。がんばれ早川史哉」の断幕にも感動した。フットサル湘南の久光重貴選手(肺がんで闘病中)のことですね。

2、僕はこの週末、スカパーの「コパアメリ会」に出演したんですが、控え室でもセルジオ越後さん、水沼貴史さん、八塚浩さんがずっと早川選手の話です。僕は図に乗って本番でもアルビ話をぶっ込みました。

3、鈴木武蔵、松原健、野津田岳人の3選手がU-23代表候補の招集を受けましたね。リオ五輪メンバーに選ばれるかどうかラストチャンスです。ムサシ、マツケンは間に合ったことをプラスと捉えて、乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に出てほしい。
 

えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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