【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第309回

2016/9/22
 「大一番と大二番」

 J1第11節(第2ステージ)、新潟×名古屋。
 指折り数えてこの日を待っていた。昨シーズンでいえば松本山雅戦に相当するだろう大一番だ。年間順位14位の新潟(勝ち点27)と16位名古屋(同20)の直接対決。ここを叩けば新潟はほぼJ1残留を決める。サバイバルマッチだ。名古屋はジュロブスキー新監督がチーム再建に躍起になっている。元日本代表DF・闘莉王をブラジルから呼び戻したニュースはヤフトピのトップに上がった。だからスワンに到着したら報道陣の数がハンパなかったのだ。空気がピーンと張りつめている。

 この試合は名古屋のサポーター動員作戦が話題になった。僕もライター仲間に教えられて呆然とした。「名古屋⇔新潟往復910円(お弁当付)」のバスを走らせたり、応援Tシャツ1000枚を会場外で無料配布する等、大盤振る舞いだ。と言うとまるで名古屋サポがお仕着せの応援をしていたように聞こえるが、実態はさにあらず、スタジアムで見たらどえらい気合いの入り方だった。(リーグ優勝のときはTVでしか見てないから)少なくとも僕が見た名古屋サポでは過去最高。

 もちろん新潟サポもそれに倍する熱量だ。決戦ムード満点。ただ押さえておかねばならないのは、この試合、新潟にとっては引き分けでいっこうに構わないことだった。勝ち点差は縮まらず、名古屋にとっては「負けに等しい引き分け」である。もちろん勝つのがいちばんスッキリする。が、「勝ちでも引き分けでもいい」は「勝たねばならない」に比べてアドバンテージがある。逆説的だが、試合展開によっては「引き分けでもいい」の利を生かして勝つ(前がかりになった相手を仕留める等)ことも大いに考えられた。

 で、この試合は両軍監督が知恵をしぼった「フタを開けたらびっくり対決」だったんだ。吉田達磨監督の「3-4-3」には僕は目を丸くしたよ。ていうかスタメン表を見て舞行龍不在(天皇杯で負傷していた!)を知ったときは、うわ、1週間の非公開練習はこのためだったかとヒザを叩打った。これ、つまり地元メディアも協力して情報出さないようにしたってことでしょ。身代金誘拐事件なみの「報道協定」(?)。僕は「舞行龍ジェームズ誘拐事件」と名付けたい。(スタメンから)消えた舞行龍は一体どこに? 犯行目的は勝ち点3なのか? 謎が謎呼ぶサスペンスだ。実に興味深い。

 新潟の「3-4-3」はDF左から西村、増田、松原。MF左からコルテース、レオ、野津田、小泉。FWは左から指宿、山崎、ラファ。守るときはMFの外2枚が下がって5バックになる。いや、「松原の外側に小泉」も意外だし、「1列後ろの野津田」も意外だった。そして、やっぱり思ったのは西村、増田がんばれーだなぁ。今季、(ケガするまでは)大野和成が声をかけてDF陣を引っ張っていた。先輩のケガのためとはいえ、この大一番のスタメンを任されるのは選手冥利じゃないか。僕がイメージしたのは、この「3-4-3」は苦肉の策でもあるけれど、対敵戦術なんだなぁということ。相手の良さを消す考え方じゃなかったかな。

 一方、ジュロブスキー監督も新潟をよく研究していた。知恵くらべだ。フォーメーションを表にすると何の変哲もないんだけど、実際のピッチ上ではかなり自由に位置取りを変えている。こういうのを何て表現したらいいかなと思ってたら、元サカマガ編集長、平澤大輔さんから「平澤メモ」が届き、そこに「サイドバック永井謙佑」の文字があった。以下、引用する。

 「名古屋の『最適化』で一番の驚きは、永井の『サイドバック起用』でした。いや、オリジナルポジションは確かに3トップの左なんです。しかし、守備に入ると、特に後半には左サイドバックの位置に立つ。逆サイドも同じで、右FWの矢野が右サイドバックになっている。オリジナルの4バックは、選手間の距離を狭めてそのままの並びになっている。つまり、6バック!」(平澤メモより)

 両軍が(守備時に)外側に1枚ずつ配置する5バックと6バック。すごくないすか? なかなか得点は生まれないですよ。特に名古屋は中盤を徹底してつぶしてきた。僕らが見ていたのはそのような消し合うサッカーだったと思う。

 で、そうなるとセットプレーが重要になる。勝敗はまさにセットプレーで分かれた。前半28分、CKから川又堅碁に頭で決められる。一方、新潟は大量14本のCKを得るが、1本も決まらない。僕はプレシーズンのブリーラム・ユナイテッド戦から同じ課題を持ち越してるように思う。「セットプレーで失点する」のだ。今回はDFの顔ぶれがいつもと異なるとはいえ、(失点時の)川又の離し方は問題だと思う。これは整理したほうがいい。

 0対1の負け。後半は特に何も起こらない展開で、あれだけ盛り上がってたスタンドがしょんぼり意気消沈だ。指宿洋史の出来が悪かったなぁ。新潟側からするとこれは中盤をつぶされた試合だ。「ボールを運ぶ人」や「パスの出し手」がいないと思った。ボールが来なくてラファエル・シルバがイライラしてたもんなぁ。

 報道陣お目当ての「闘将・闘莉王」は半年以上のブランク(牧場で働いていた!)のせいで動きが悪かった。この試合は闘莉王を狙えばモノにできた。僕は何で小林裕紀がベンチなのなぁと考えた。小林ならパスが出せる。交代投入でも流れが変えられた気がする。

今週の散歩道の面白いところはここからで、僕は率直に訊いてみることにしたのだ。達磨さんはこの試合をどう考えているのだろう。

まず、監督会見の質疑応答で手を挙げた。試合総括で個々の選手を大変前向きに評価されてたので、どこか誤算はなかったのかなぁと思ったのだ。以下は質疑応答のやりとりである。但し、文責えのきどで意味を取りやすくしている。

――「痛いか痛くないかと言えば痛い」とのことだったが、勝点のこと以外に、サッカー的にはどうだったのか。監督はこれまで負けた試合でも「だいたい想定通りだった」という話をされることが多いが、これが誤算だったというものがあれば話してほしい。

 まず、全体的に言うと、そんなにないです。セットプレーで増田と指宿の間をやられたのは、痛いですね。想定外と言えば想定外です。我々の190cm近い選手たちの間でやられたわけですから。
あとはゴール前の力みが目立ったと思います。僕が語れば文句を言われるのは普通ですし、ただ、今日の試合に関しては、誤算と言えば「ここから、さぁ行こう」という中盤のところで余計なタテパスはたくさんありました。レオからラファに、前半のCKになったキッカケのシーンもそうですが、無駄なプレーがあったと思います。

――ゴール前の落ち着き、プレーヤー個人の資質や合わせ方によるもの以外に、チームとしては『こじ開けられていた』というイメージだろうか。

 いや、クロスのところは狙うポイントはひとつズレたと思います。ファーポストで良かったと思います。それ以外に、えのきどさんから見てどう思われますか?

――個人のタレントの部分は置くとして、チームとしてこじ開けるというか、点を取れる気がしなかった。それは例えばどこかでタメがあるかなど。ラファにパスを出す小林がいなかったこともあるが、いいパスが出ていたらな、とわりともどかしく見ていました。

 なるほど。そうですね。ラファがパスを出してもいいかな、というシーンもありましたし、ラファとはハーフタイムに話しましたが、「一回スピードを緩めてもいいぞ。その後にスピードに乗れるから」と。ただ、点を取りたい彼の気持ちが、相手にぶつかっていくことが増えていたと思いますし、入れるところで今日は足を振っていました。大学生の時と同じようなゴール前の余裕があれば、おそらく選択肢は2、3違うところがゴール前で生まれたのではないかと思っています。

いや、達磨さんに逆質問されたときはあわてた。昔、鹿島のトニーニョ・セレーゾ監督に「たまにはこちらから質問する人を決めましょう。そこの帽子を後ろ前にかぶった人、何かないですか?」と言われて以来だ。まぁだけど、監督会見の本来は(達磨さんの試みたように?)戦術論を戦わせるような場なんだろう。

達磨さんの名古屋戦イメージは、驚くほどプラスの評価だ。やろうとしてたことができたんだと思う。失点シーンはともかく、誤算というのはそんなにない。まぁ、これ「じゃ、達磨さん想定通りことを進めて、想定通り負けたのですか?」と揚げ足を取られかねない話でもあるが、実感的なところなんだろうね。

で、いったん僕は宿にこれを持ち帰るんだな。で、無性に小林のくだりやなんかをもっと突っ込んで訊きたくなる。幸い翌日は市陸にサテライト名古屋戦を見に行くつもりで一日空けてあった。おお、聖籠へ行けばいいんだ。場所を変えて質疑応答の続きをやろう。達磨さんの話はわかりにくいんだよ。だから、誤解されることも多い。僕が食い下がって、可能な限りわかりやすく伝えられないかな。

翌日曜日の聖籠。名古屋戦出場組は軽いリカバリー、控え組は3対3のシュートゲーム等をこなしている。面白いことに「昨日、大一番に敗れたチーム」は不思議なくらい雰囲気が良かった。あぁ、アルビは死んでないなと思った。勝ち点差は下と詰まったけど、この明るさがあれば戦える。別メニューでひとり黙々と走っていた大野和成に声をかけてみた。まっすぐ走るのはもう大丈夫だけど、横がまだダメとのこと。名古屋戦は出たくて出たくて、歯がゆかったそうだ。「とにかく一日でも早く治して、最終節、チームを救うヒーローになるのを狙ってます」。

 達磨さんには練習後のぶら下がり取材で話をうかがった。といってぶら下がってるのは大中祐二さんと二人だけだ。最初に大中さんが「名古屋戦はなぜ引き分けを狙わなかったか?」を尋ねた。繰り返しになるが、引き分けは名古屋にとって負けに等しかった。大中さんの見立てはこんなニュアンスのようだった。スタジアムの決戦ムードが、両軍のテンションを上げ、引き分けを許さなかった。

「うちは引き分けようとすると10分程度ならもつけど、それ以上やると必ずミスが出る。チームをそういう風につくらなかった俺のせいって言われればその通りだけど、まだ引き分けを狙えるほど大人の試合運びのできるチームじゃないんです」

 大中さんの取材が一段落した後、僕は昨日の続きを訊いてみたのだ。達磨さん、誤算は「そんなにない」のになぜ負けちゃったんでしょう? 水晶玉にすべて映ってたなら、なぜ手を打たず、尻つぼみの試合になったんでしょう?

「水晶玉にすべて映ってるなら、こんな苦労はないですよ。誤算がなかったというのは、そういう意味じゃないんです。えのきどさんは小林を使えばよかったと思ってるんだろうけど、先週の練習でホント調子悪かったんですよ。それは小林本人がわかってるはずです。小林は今シーズン、本当に成長して、自分を客観視できるようになった。とにかくお願いしたいのは、名古屋戦をネガティブに伝えないで欲しいんです。深くえぐれてなかったら、僕もこんなこと言いません。何もなかったでしょうがないですよ。深くえぐれていて、後は勇気を出して飛び込むだけなんです。必ず次につながります」

 僕は調子に乗って「達磨さん、現状はしんどいですか?」まで訊いていた。「しんどくないです。僕は信じてます。選手にはよく言うんです。お前ら、もしダメでもサッカーは続くだろう。俺はダメだったらここを去るんだよ」。読者よ、どうですかここまで本音で語ってくれる監督さん。僕は正直、驚きました。なかなかそんな人いないですよ。

 だけど、調子には乗ってたんで、更にもうひとつ訊いてみたんです。あのですね、吉田達磨語なんですけど、よくインタビューで「パワー」って言われるじゃないですか。あの「パワー」が抽象的すぎてわかりません。「パワー」って具体的には何ですか? 
 
 「パワーはパワーです。何て言えばいいのかな、個の強さであり、推進力であり、やり切る強さてすね。僕のサッカーでいちばん大切にしてるものです。そこを求めています」

 ウルトラ長くなった今回の散歩道だけど、僕は僕なりに「パワー」出せたかなと思っている。聖籠に行って、しつこく食い下がってよかった。じゃ、なかったらもっとブルーな戦評に終始していたところだ。残り6節、思い惑って悶々と過ごすのはごめんだ。何かものすごい頑張るぞって気になっている。粘りを見せるのはここからだ。

附記1、次節・横浜FM戦当日は、本当は日光アイスバックスの今季開幕戦なんですけど、土田英二TDに特別許可をもらって日産スタジアムへ駆けつける事にしました。達磨さんの言われた意味を確かめたいと思います。

2、伊藤優汰選手のケガは痛恨です。一日も早い回復を祈ります。

3、早川史哉選手支援のチャリティーオークションが始まりましたね。僕は自分は競る気ないくせにしょっちゅうサイトを覗きに行ってます。何かね、見てるとジーンと来るんですよ。あそこで動いてるのはお金だけじゃないでしょう。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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