【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第310回

2016/9/29
 「直せるかどうかという問題」

 J1第12節(第2ステージ)、横浜FM×新潟。
 3対1で完敗。気象用語で表現すれば「特別警報」である。パニックに陥るような必要はないけれど、最大級の危機感は持ちたい。この試合は両軍ともにケガ人の影響で、急造システムで臨んだ一戦だった。新潟は前節・名古屋戦を踏襲した3ー4ー3、横浜FMはぶっつけの4ー1ー4ー1。やり慣れたシステムでなく、やり慣れたメンバーでもない。地力がどれだけあるか、応用がどれだけ効くかという勝負だ。

 試合の入りは新潟のほうが良かったと思う。いきなり決定機をつかみ、3千人の新潟サポーターから歓声が上がった。ふがいない戦績に罵声を浴びせ、ブーイングをぶつけても結局は敵地・日産スタジアムにこんなに大勢が来てしまう。皆、アルビレックス新潟を愛している。そして心配でならないのだ。名古屋戦の失望から一週間、彼ら彼女らは煮えくり返る気持ちを抑え、スタンドに集まった。声のかぎりに応援した。その切実さを思うと泣けてくる。

 そうしたら失望は今週も続いたのだ。指揮官自ら「あってはいけないプレー」と振り返る凡ミスでの失点(前半29分、得点者・兵藤慎剛)。CBコンビの経験の浅さを突かれた。横浜FM・金井のクロスに増田繁人が目測を誤り、かぶってしまう。シューターをマークしていた西村竜馬にもスキがあった。僕はゴールが決まった瞬間の新潟応援席の空気が忘れられない。絶句しているのだ。あまりにも簡単に失点してしまった。反応ができない。信じられない。

 気を取り直して迎えた後半3分には中町公祐の追加点を許す。「後半開始早々の失点」ほど気勢を殺(そ)がれるものはない。インターバルの間に戦術的修正が施され、体力的にもリフレッシュして迎えている道理だろう。カウンターの好機にラファが栗原勇蔵にボール奪取され、中町にパスを送られる。攻撃のスイッチが入り、出ようとした逆を突かれた。

 で、負けないくらい気勢を殺がれるのが「得点直後の失点」だ。後半22分、ラファのゴールで1点差に追すがった直後の同25分、カウンターで前田直輝にやられる。せっかく盛り上がった雰囲気がシュンとなる。新布陣には守備的な戦術意図があったと思うが、いずれの失点もあっさりしすぎている。

 試合後の会見、吉田達磨監督はホントに消え入りそうな風情だった。僕はジャーナリストの後藤健生さんと並んで見ていたが、帰りに後藤さんから「正直な人だな、あんなに縮こまらなくてもいいのにね」と言われてしまった。冒頭、「特別警報」と書いたのはその達磨さんの姿が理由だ。ざっくり言って「自信喪失した人」、もしくは「恥ずかしさをこらえてる人」に見えた。まぁ、本当に元気なかった。

 「あってはいけないプレー」「イージーな失点」というポイントについて、会見で質問したのはは元サカマガ編集長・平澤大輔さんだ。原因は何か? すぐ直せる部分はどんなところか? 質問を受け、考えてるときの達磨さんの顔が何ともいえなかった。悲しみのようなものが一瞬宿った。

 「直せるかどうかという問題は置いておきます。まずは寄せなければいけないですし、自分の脇から出てくる選手はつかまえなければいけない。それは今すぐ直せる部分なので、クロスを上げさせる部分についてはやりますし、言います」
 「今日の失点以外のところもそうですが、空中にあるボールの目測を謝ってしまったり、バウンドに合わせられないのは、すぐにポンと直るというより、資質の部分もなくはないもなので。ただ今日は5枚でやってたので、サイドに寄せる部分はもう一度徹底しなければなりませんし、すぐに直さなければなりません」

 「直せるかどうかという問題は置いておきます」そう前置きしたときに考えていたことが本音なんだと思う。前置きの後、なぜか「置いておく」話じゃなく「すぐ直せる部分」について語っているのだ。(僕が垣間見た悲しみから)気持ちを立て直している。別の言い方をすればたぶん本音を隠している。

 というのは本音は後の段で、オブラートにくるんで語った「資質の部分」だからだ。ハッキリ言えば選手の質だ。これは監督さんにとっては禁句に類することで、フーテンの寅さん流に言えば「それを言っちゃおしまいよ」というようなものだ。達磨さんもそれは言わない。皆、配られたカードで勝負するのだ。カードが悪くても、そこから工夫して手をつくっていく。過去、会見で「選手の質」を敗因に挙げた監督さんは(僕の知ってる範囲では)横浜FC時代のリトバルスキー監督ただ一人だ。当然のように横浜FCは低迷していた。そして三ツ沢の会見場には3、4人しか記者がいなかった。

 問題の会見は何しろ敗戦直後のものだから、おそらく今は達磨さんも闘志満々なのだと思う。チームを鼓舞し、残り試合に向け大いにネジを巻いてるはずだ。が、あの悲しみの表情は見てはいけないものだった。戦術以前のところでこのチームは足踏みを続ける。それは絶望的にそうなのだ。そう言ってるように感じた。どうしたらいいだろう。


附記1、勝つ以外ないだろう。僕はそう思います。勝つことで閉塞感を払い、道をひらいていく。まだ僕の知ってるアルビレックス新潟の粘っこさの10分の1も出てませんよ。こんなもんじゃないと言いたい。本稿は締切の関係で天皇杯・山口戦に触れられません。また「橙魂結集」の鹿島戦へ向けた気運についても触れていません。だからひと言だけ。戦いはこれからです!

2、先週自分が書いた「深くえぐれるようになった。後は勇気を持って飛び込むだけ」について確認するべく日産スタジアムへ出かけたんですけど、これだという確証は得られませんでした。ひょっとしてこれがその形かな、というシーンもあったんですけど決まらない。そんなことしてるうちに自滅でしたね。

3、イム・ユファン選手が契約解除になりました。経験豊富なDFが必要なところなんだけど、うまくいかなかったですね。本当はね、増田も西村も実戦のなかでミスをして、痛い思いをして育っていく時期ですよ。DFは経験のポジションです。絶対くじけないでもらいたい。

4、この原稿は川崎市・聖マリアンナ病院の病棟で書きました。実は今週、父が亡くなりまして、ちょっとバタバタしています。しばらくスワンへは行けなくなりました(日産スタジアムは父の様子見てから行くのにちょうどよかったんですけどね)。鹿島戦は単行本『アルビレックス散歩道2015/レオは家族だ!』の発売日になっていて、本来なら「橙魂結集」の一助となるべく企画参加するところですが、すいません、別の機会とさせてください。書名に家族を謳ったのは偶然なんですけどね、読み返すと父が登場しているくだりがあったりして感慨深いです。


 
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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