【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第318回

2016/11/24
  「相模大野」

 天皇杯4回戦、横浜FM×新潟。
 ロスタイムにFKを与えた瞬間、皆、嫌な予感がした。好位置だ。敵のキッカーは天野純。記者席で僕も「これ、一発で決まったりしてなぁ」とつぶやいていた。その通りになった。天野の左足から放たれたボールが放物線を描きゴール隅に吸い込まれる。それが決勝点だった。思えば開幕前、ブリーラム・ユナイテッド戦からずっとセットプレーでやられている。「2016年アルビ」の苦難の物語はこうして幕を下ろしたのだ。

 翌日の新潟日報は「新潟決定力不足最後まで/終了間際失点 8強逃す」(11月13日付運動面)の見出しだ。実感出てるなぁ。決定力不足最後まで。新潟は積極的にプレスをかけ、前半だけで10本のシュートを放ち横浜FMを圧倒した(「最高の前半だった」レオ・シルバ)。僕はあんなに打ったシュートが何故、1本も決まらないのかわからない。2点くらい先制して折り返してもおかしくなかった。が、決まらないのだ。決めるときに決めていれば「2016年アルビ」はもっと楽にやれた。

 片渕浩一郎監督は最高のチームを仕上げていた。プレッシングとショートカウンター。僕は(敗れはしたけれど)多くのファン、サポーターが納得したと信じる。残留争いの重圧でがんじがらめだった先週までとはまったく違う。ワクワクした。サッカーの魅力が表現できていた。そのことはきちんと記しておきたい。片渕さんは緊急避難的にチームを指揮することになったけど、素晴らしい仕事をした。J1残留を成し遂げただけでなく、天皇杯8強に挑むチームをビシッとチューンアップした。

 が、勝てなかったのだ。戦績だけを見れば片渕アルビは1勝4敗だ。「内容は悪くなかった」「判定が不利に作用した」「痛恨のミスがあった」「主力選手が欠場した」と言ってても何も変わらない。それは吉田達磨監督のとき、散々言ってきたことだ。片渕さんは優れたモチベーターとしてチームをまとめ、戦い方をフォーカスしたけれど、「2016年アルビ」の課題はクリアできなかった。もしかしたら時間が足りなかったのかもしれない。もしかしたら手駒がなかったのかもしれない。

 監督会見を終えてスタジアムを出たら、すっかり暗くなっていた。秋の日はつるべ落とし。小机駅まで歩きながら寂しくなる。全日程が終了してしまった。僕らはもう「2016年アルビ」が見られない。具体的な動きは定かではないが、スポーツ紙に移籍の噂が出ている。新潟だけじゃなく、このオフは各チーム主力級が動きそうな気配だ。来季からJリーグの分配金が変わるから、資金力のあるクラブは攻めの補強策に出ているのか。

 それから僕はJR横浜線で町田下車、小田急線に乗り換えて相模大野駅を目指す。町田で松本山雅サポと出くわすんじゃないかと思ったが、考えたら町田市立陸上競技場は鶴川駅からバスだった(この日、J2第41節・町田×松本が行われ「反町山雅」は痛い星を落とした)。目指す店は相模大野の駅前だ。居酒屋「ほがらか」。TeNYの須山司アナのご実家の焼鳥屋だ。僕はたぶん6、7回めだと思うが、最初に行ったときはあまりのアルビ度の高さに驚いた。神奈川県相模原市に何故こんな「アルビ完全燃焼」の店が存在するのか。大将の須山父のキャラがものを言っている。「息子の就職先の地元サッカーチーム」なんてスタンスじゃないのだ。「ほがらか」の提灯からしてオレンジ色だ。

 店先にマジックで大書してあった。
 「御通行の皆様の中にベルマーレ湘南を応援している人がおりましたら、Jリーグ最終節、名古屋戦に勝利して頂き、誠に感謝しております。来年、即J1復帰を果たして又、一緒に戦いましょう」
 「優勝争いなんかどうでも良し。アルビはとにかくJ1残留」

 その文句を写メに撮って、しばらく笑った。笑った後、ちょっと泣きそうになる。ふっと肩の荷が降りた。さっきまで「セットプレーでやられる悪癖が‥」などとくよくよしてたのがバカみたいだ。そりゃ色々物足りないことはある。今日だって負けたし、最高の結果ではない。だけど、アルビは「最終ラウンドが終わって尚、立っているボクサー」だ。戦い切って、生き残った。それは素直に喜んでいいことだな。

 階段を下りて「ほがらか」店内を覗くと、もう20人くらいのアルビサポが打ち上げをやっている。店じゅうオレンジ色だ。あと貼り紙が異様に多い。「アルビレックスJ1残留価格 つまみ全品200円 負けての残留がことさらうれしい」「祝J1残留 お客様の10円募金のおかげ」「アルビ得失点差残留 新潟30-16 名古屋30-20 10円募金は天の助け おつまみ全品200円」「(順位表を大書し)アルビレックス新潟得失点差15位でJ1残留(祝) 今年が一番苦しかった! だからなおさらうれしい!」

 店内にアルビが好きだっていう空気が充満している。僕は大将の須山父に学んだよ。好きがいちばん大事なんだ。好きが一切のスタート。好きが(神奈川県相模原市にも)大勢のサポを集めるし、サポでも何でもない地元のお客さんに後援会の10円募金をお願いしてしまう。ウソが何一つない。ウソがなくて好き、これ最強。アルビは新しくここから始めなきゃいけない。「今年が一番苦しかった! だからなおさらうれしい!」からまた歩き出そう。

 たぶんこのオフは激動の日々だろう。サポは早くも「明日からメールが怖いです~」と言ってる。僕も「片渕さんはどうなりますかね?」「レオは残りますかね? ラファは決まりですかね?」「野津田は帰っちゃうんですよね?」等、質問責めにあっている。わかりません。ぜんぜんわかんないんですけど、何度でも好きに立ち返ればいいと思う。困ったときは、好きのところまで戻ってやり直せばいい。そこがブレなければきっと大丈夫。


附記1、吉田達磨監督の「オレンジの花を咲かそう」で始まった今シーズンの散歩道でしたが、いや、色々ありましたね。達磨さんは甲府の監督に就任されて、来年は敵将としてビッグスワンに乗り込んで来ます。どんなチームをつくってくるか、再会が楽しみですね。

2、再会といえば日産スタジアムのゴール裏に野澤洋輔選手(アルビレックス新潟シンガポール)の姿がありました。

3、ラファのお別れ会と新幹線見送りに関しては、僕は仕事してて完全に出遅れました。あとでネットで様子を知って(肝機能障害でレオが帰国したときみたいでした)、すごく胸熱でした。

4、関学の森俊介選手の入団内定は嬉しいですね。天皇杯で当たって、いい選手だなと思ってました。来月、インカレ見に行っちゃおうかな。

5、春になったらまた逢いましょう。あ、北書店トークイベントに来られる方は11月27日に逢いましょう。どうもおつかれ様でした。1シーズンのご愛読に感謝します。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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