【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第335回

2017/6/29
 「貴章は希望だ」

 J1第15節、新潟×大宮。
 決戦である。17位大宮と18位新潟、ともに勝ち点8で降格圏に沈む両チームがデンカビッグスワンで激突した。去年の成績は月とすっぽん(大宮は歴代最高の年間5位!)だが、今シーズンの経過はよく似ている。新潟が呂比須体制に変わったように、大宮も5月末、渋谷洋樹監督&黒崎久志ヘッドを解任し、伊藤彰監督、海本慶治ヘッドに生き残りを託した。伊藤監督は「ペップ」ことジョゼップ・グアルディオラ監督の信奉者らしい。流派としては現・甲府の吉田達磨監督に近いのではないか。

 スタジアムはピーンと緊張の糸が張っていた。文句ない雰囲気だ。どの顔も気持ちが入っている。僕も決勝戦前夜のような感じでぜんぜん眠れなかった。ドキドキしながらシャトルバスを降り、ドキドキしながらアンダーパスを抜け、ドキドキしながらEゲート前広場に立つ。スワンの大屋根が青空に映える。梅雨とは思えないさわやかさだ。夕暮れて涼しくなったらサッカーには最適の気候だろう。舞台は整った。

 スタメンが発表になって「GK川浪吾郎」「MF矢野貴章」が目を引く。新潟日報のスタメン予想が当たった。ゴロー先発は練習試合でも試されている。貴章は戦列復帰だ。1トップもあり得るかなと思っていたら、右サイドハーフ起用だ。SBには原輝綺を持ってきたから、これは右サイドに注目である。貴章のサイドとホニのサイド、左右の特徴がハッキリした。攻め手も攻め方も広がるイメージだ。

 目を引くという意味ではチアゴ・ガリャルドの新ヘアスタイルだ。試合前練習でスタジアムの視線を一身に集めていた。僕もFM-PORTの立石勇生さんの番組で「前日練習の段階でチアゴ・ガリャルドの髪型が非公開だった」と聞いて、大いに楽しみにしていた。派手だったなぁ。オレンジと青。サイドに星が入っている。異例の「前日髪型非公開」には理由があって、実はチアゴは「特別なゲスト」(闘病中の少年ファンとのこと)を会場に招いていて、サプライズを仕掛けたのだった。過去、ハイスタの難波章浩さんの「オレンジ一色」が圧倒的だったが、チアゴの「チームカラー」は充分それに匹敵する出来栄え。敵は驚いたに違いない。これぞ決戦にかける新潟の意気込み。

 試合は本当に決勝戦みたいだった。入りは両軍ともに硬くて、胃が締めつけられる感じだった。新潟はまずは守りを固めた。チーム戦術の「ここまでは持たせる」「ここからは寄せる」が統一されている。大宮は確かにスタイルが変化していた。積極的に仕掛けるサッカーだ。仕掛けては新潟につぶされる繰り返しだったがめげない。何というか性質が明るい。僕は面白いことだと思ったな。「チーム再建」は共通しているのだ。問題の解き方が違う。

 我が呂比須監督は「土台をつくって柱を立てて」だ。真面目な性格が表れている。伊藤監督は「ミスを怖れず動け動け」だ。失敗してもそれがサッカーという割り切りがある。もちろん選手の顔ぶれや、これまで積み上げたものの差はあるだろう。が、発想自体が異なっている。僕には大宮サポの友人がいるから、今度、神保町の三幸園あたりでじっくりその話がしたいなと思った。継続的に見ていないので大宮の「問題点→処方箋」とのからみがわからない。処方箋としてこうなのか伊藤監督のサッカー観なのか。それともその両方なのか。

 というのは前半たて続けに起きた新潟の2失点にちょっと考え込んだからだ。呂比須監督は(サッカー観というよりは)処方箋として「土台」をつくり直そうとしている。そこそこはやり合えるようになったのだ。が、1失点目(前半27分、得点者・江坂任)は大きく動かされたことで応用問題が解けなくなった。人はいるんだけどスカスカなんだよなぁ。2失点目(前半33分、得点者・江坂任)はもっとひどい。DFが蹴って相手にひっかけ、プレゼントパスしてしまった。これは応用問題ではなく、計算ドリルが解けないレベルだ。

 呂比須監督は談話で、ミスをしたひとりを責めるのでなく、チームとしてフォローする姿勢が必要だと強調したが、僕はソン・ジュフンはちょっときびしいんじゃないかと思う。完全に大宮に狙われていた。プレッシャーをかけたらテキメンに危なっかしいプレーをする。スカウティングでボールの奪いどころと判断されたのだ。

 0対2でハーフタイムに入ったときはさすがに凹んだ。サッカーは気持ちだけじゃどうにもならないときがある。不甲斐ないのでなく弱いのだ。まぁ、最下位だからなぁ。弱いのは間違いない。といって、じゃ、大宮が強いのかと思った。そんなことはないだろう。去年の波に乗ってる時期ならともかく、今年は自信がないはずだ。1点返せばグラグラしてくれるかもしれないな。新潟だって元気をとり戻すかもしれない。まず、1点返そう。そこに勝負をかけよう。

 そこから後半は盛り返したのだ。新潟は尻つぼみの試合が多くて、トーンダウンしてしょんぼり終わるのに慣れっこになっていた。だから後半15分、山崎亮平のゴールで本当に早々1点返すと、自分でも笑ってしまうくらいテンションが上がった。特筆しておきたいのは矢野貴章の素晴らしさだ。右サイドハーフ大正解! 無理めのボールを収め、タテに突破し、危険箇所をつぶし、どこにでも飛び込んで、いつもしずかに笑っている。矢野貴章は希望だ。アルビの本来あるべき姿だ。

 押し込み続け、攻め続けたけれど、得点を奪うには至らなかった。1対2でタイムアップの笛を聴く。夢中で気がつかなかったけれど、大宮はシュート2本で2得点だった。新潟はシュート12本で1得点だ。少なくとも決定機は3、4回あった。意気消沈し、抜け殻のようになってスワンを後にする。何も言う気になれない。ため息つきながらアンダーパスを抜け、ため息つきながらシャトルバスに乗り込んだ。決勝戦に負けたのだ。

 その晩も眠れなかった。知人サポが「不思議です。吐く息がすべてため息に…」という名言を書いて寄こす。悔しすぎる。それだけこの一戦に懸けていたのだ。それが最後はFK、別のヤツが蹴ってワヤクチャで終わるとは。何やってんだよと言いたかった。
 
 僕は正直、立ち直るのに何日もかかったのだ。あきらめきれないんだ。第一、「決勝戦みたい」に思っていたけれど、これは負けて終わりのトーナメントじゃない。いさぎよく道を譲る必要も、男らしく身を引く必要もない。まだシーズンが半分残っている。まだ道は切り拓けると思うのだ。


附記1、ミッドウィークの天皇杯2回戦・加古川戦は延長にもつれる大苦戦だったようです。西村竜馬の決勝ゴールで勝ちを拾いました。しかし、2回戦でJ1勢がずいぶん姿を消しましたね。天皇杯は怖いなぁ。危うくうちも「山賊」にやられるところでした。バンディオンセ加古川の旅に幸あれ!

2、ドウグラス・タンキ選手加入内定の知らせが入りましたね。「戦車」というニックネームですよ。呂比須監督と縁のある選手みたいですね。楽しみです。

3、鹿島サポーターの文化放送プロデューサーから聞いたんですけど、カシマスタジアムってホーム側とアウェー側が入れ替わってるらしいですね。「駅や駐車場からの導線がホームサポーターに便利になるように」ということみたいなんですけど、違和感あるでしょうね。僕なんか日立台もまだ違和感あるもんなぁ。「もしかして?」「わたしたち?」「入れ替わってるぅ?」のシリーズですねぇ。

4、ツイッターの公式アカウントが出来ました。アルビ関係だけじゃないけど、よろしくお願いします。 


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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