【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第340回

2017/8/3
 「クロアチアピッチの記憶」

 今季、J1に導入されたサマーブレイクは興味深い試みだった。DAZNマネーで欧州クラブが招かれ、浦和や鹿島がJリーグ主催の親善試合を行なった。FC東京はドイツ遠征を挙行し、応援ツアーが人気を博した。川崎はファン感と北海道キャンプを実施した。新潟はサマーフェスタと聖籠での特訓だ。タンキ、磯村亮太、大武峻ら新戦力を加えて、巻き返しへ向けた貴重なひとときを過ごした。
 
 それから新潟県内には実はもうひとつ動きがあった。横浜F・マリノスの十日町キャンプだ。期間は7月17~22日、練習試合も2試合(新潟医療福祉大、いわきFCと天皇杯で話題になった2チーム!)組まれ、南越後在住のアルビサポもずいぶん見学に行ったようだ。会場はもちろん「クロアチアピッチ」(正式名称「当間多目的グラウンド」)である。2000人収容のスタンドがあって、観客にも使い勝手がいい。今回、F・マリノスはファンサも力を入れた。練習が終わったらサインペンを1本ずつ各選手に渡していた。もちろん一番人気は松原健選手。

 僕は一度、クロアチアピッチについて書きたいと思っていた。今、2020年東京五輪の「レガシー」がどうのと議論になっているが、クロアチアピッチはその先行例だ。2002年W杯クロアチア代表の事前キャンプが新潟県十日町市で行われた。期間は同年5月20~6月2日の14日間。僕はW杯参加国とキャンプ地の関係でこれほど幸福なものを知らない。

 十日町市のHPによると当初はイタリア・コモ市との姉妹都市交流からイタリア代表キャンプ実現を目指したそうだ。これは頓挫し方針転換。7か国の視察を受け入れ、スペイン代表、ポーランド代表との仮契約を結ぶ。順調にいけばスペイン、万が一、スペインが韓国ベニューの予選にまわってもポーランドに決まるはずだった。ところが残念ながら両国とも韓国の組だったのだ。計画は白紙に戻る。これで万事休したかに見えた十日町市だが、それまで噂にも上らなかったクロアチアのサッカー関係者が突然、視察に訪れることになった。スペイン、ポーランドの両国が推薦してくれたのだ。事態は急転、クロアチアのキャンプが決定する。前回、フランスW杯で3位に躍進したバルカン半島の小国だ。「東欧のブラジル」と呼ばれた旧ユーゴスラビアの分離独立国。

 その一報に喜んだひとりが南魚沼市のサッカーファン、Oさんだった。フランスW杯の得点王、ダヴォル・スーケルがやって来る。アレン・ボクシッチも来るだろう。そりゃスペインはラウール・ゴンザレスがいて派手だけど、クロアチアにも実力派が揃ってる。Oさんの自宅から十日町までは峠越えで約1時間だ。1時間クルマを走らせればワールドクラスに会える。これまで衛星放送でしか見たことのない選手たちだ。指折り数えて待った。

 「キャンプは仕事の都合をつけて行けるかぎり全部行きました。よかったのはクロアチアが練習をオープンにしてくれたんです。興奮ですよ。毎日見に行きたいと思いました。それから凄かったのは普通、ホテルとピッチの移動はワゴンかマイクロバスだと思うんですけど、クロアチア代表は歩きだったんですよ。途中の道で待ってるとスーケルとかボクシッチ、それからペルージャで中田英寿と同僚だったミラン・ラパイッチとか、コヴァチ兄弟、ステイェパン・トマス、ダリオ・シミッチなんかが歩いてくるんです。みんな写真を撮らせてくれたり、サインしてくれたり大変フレンドリーでした。僕はそれにびっくりしちゃって、後日、おふくろを連れてっておふくろとトマスの2ショットを撮らせてもらったのがいい思い出です」(Oさんの回想)

 Oさんに写真を見せてもらった。フレンドリーもいいとこだ。導線なんかないんだなぁ。選手とOさんのお母さん、奥さんが3ショットになってる一枚があって、ロベルト・ヤルニだった。この日は行ったら練習が休みで、ふと見たらコートでロベルト・ヤルニがテニスやってたそうだ。めちゃくちゃ上手かったいう。僕は「レアルでビッグイヤーを獲ったサイドバックと母親と嫁」の取り合わせに感じ入った。何て自由なんだろう。これは十日町市民をはじめ、近在見学者のハートをわしづかみだ。

 クロアチア代表は十日町キャンプの後、拠点を富山市(県総合運動公園、6/3~12)に移し、2次キャンプを張る。だから夢のような日々はあっという間に過ぎてしまった。交流会イベントや少年サッカー教室でもふれあいの機会を持った市民らは彼らが十日町を離れるとき、沿道でクロアチア国旗を振った。それは忘れがたい光景だった。

 が、ここからが「クロアチアピッチ」の真価なのだ。十日町市はこの経験を宝物のように大切にする。クロアチア大使館、クロアチアサッカー協会との交流を続ける。10年後には(クロアチアの建築家の無償デザイン提供によるクラブハウス)「ジャパン・クロアチアフレンドシップハウス」を建設した。国際ユースサッカーIN新潟に参加するU-17クロアチア代表は十日町キャンプを恒例にしていて、Oさんはこれもよく見に行くそうだ。15年くらい前にはルカ・モドリッチが来ていたという。日韓W杯のスーケルはわかるが、国際ユースサッカーに(のちの)レアルの10番が来ていたとは!

 夏季のキャンプ地としてはすっかり定着した。アルビレックス新潟のほか、横浜F・マリノス、柏レイソルが好んで利用している。また女子サッカーとも縁が深くて、なでしこジャパンのキャンプや、なでしこリーグの試合会場にもなっている。

 もちろん地元チームの試合や少年サッカーのスクール等でも親しまれている。僕は日韓W杯のとき、スカパーで『ワールドカップジャーナル』という番組を担当したのだが、一度、キャンプ誘致をテーマにした回を設けた。そのときに話したのは「どこどこの国を誘致したみたいなことも素晴らしいけど、いちばん凄いのはこの機会に日本のあちこちに芝のピッチができること」ということだった。これは後々、普及にも育成にも大きな効果をもたらすだろう。W杯を開催した後に「W杯の本当の成果」が生まれる。

 その理想形のようなものが「クロアチアピッチ」に息づいているんじゃないかと思う。ちなみに十日町市職員サッカーチームのユニホームは赤白の市松模様なのだそうだ。それはなかなかいい話だと思う。その上、パッと見、めっちゃ強そうだ。


附記1、Oさんのスカウティングによると今回の十日町キャンプ、横浜F・マリノスはDFやキーパーのコーチングがとても良かったそうです。コーチングに関しては大武峻が「アルビは声が少ない」と言ってますね。

2、W杯の国際経験を通してクロアチアという国が身近になるのは素晴らしいですね。僕の妹は日韓大会当時、熊本市に住んでたんですが、ベルギーがキャンプを張って、やっぱりサッカー教室をやってくれたらしいんです。だから妹のサッカーやってる息子は日本代表の初戦、ベルギーも半分応援するようなことになってたそうです。

3、2020東京五輪を契機に柏崎の人はどこかの水球チームの国を身近に感じるんでしょうか。

4、さぁ、リーグ戦再開ですね。東京は暑いですよ。FC東京もミニ提灯を売るみたいですけど、そこは負けるわけにいかないですね。いや、そこだけじゃなく試合も勝ちましょう! タンキ楽しみです!!


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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