【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第372回

2018/5/31
 「えのチケde山形戦」

 J2第15節、新潟×山形。
 この試合はいつにも増してサポーター目線で見た。「えのチケ」が公式発売されたのだ。これは基本的に当コラムの読者をアテにした企画で、ネット用語でいう「オフ会」の感覚に近い。内容としては30分のトークセッションの後、ピッチサイドに出て試合前練習を見学、いよいよキックオフとなったらボックス席へ移動して、バルコニーに出てチームを熱烈応援する。その際、もれなくえのきどが付いてきますよという趣向だ。僕と一緒に試合を見て盛り上がろうというチケット。募集要項の説明文には「生解説」という文言があったが、その日集まった30人強のサポーターに解説の必要な人なんてひとりもいない。全員めっちゃ詳しいし、熱がある。

 とにかく最初に確認したのは「えのチケ」企画の目的が山形戦の勝ちであることだった。僕のサイン会や写真撮影会になっても意味がない。とにかくチームを勝たせる勢力として機能すること。ゲームを楽しみ、サッカー文化を愛すること。そのためには参加した全員が家族であり、兄弟姉妹であること。もっと端的に言えば心をひとつにすること。

 アルビはホームで勝てないのだ。これは何年も続いている。観客のテンションが徐々に落ちて、惰性のようなムードがスタジアムを覆っている。このままじゃいけないと思う者がたくさんいる。ゴール裏にいる。メインにバクスタにいる。上層階にいる。もちろんそれはフロントにもいる。アルビレックス新潟の「真のエースストライカー」はサポーターの熱だ。ホームで勝って、取り戻さなきゃならない。

 我々はこの企画のおかげで素晴らしい体験をした。試合前練習だった。選手たちが出てきて、皆、手を振ったり、至近距離で写真を撮ったり興奮していたのだ。僕は安田理大の投げたミニボールがスタンドまで届かず、そこらに転がってるのを見て、拾いに走り、あらためてスタンドに投げ入れたりした。こういうのは普段、日光アイスバックスの運営をやって慣れている。そしたら、ゴール裏が選手のチャントを始めたんだ。ピッチサイドで直に浴びるチャントは迫力満点だ。僕は「選手は普段、こう聴こえてんだね~」と言った。「えのチケ」の兄弟たちは皆、しびれていた。そのときだ。

 「♪わたなべあらた、わたなべあらた、わたなべあらた、わたなべあらた、俺らの声が届いているか、わたなべあらた、オーイエー!」

 渡邉新太のチャントお披露目をピッチレベルで聴くという忘れがたい体験をしたのだ。鳥肌ものだ。こみ上げてくるものがあった。マルクス→ラファエル・シルバと受け継がれた曲だ。サポーターがこの曲に託した意味が、誰よりいちばんストレートに理解できるのは新太本人じゃないかと思う。だって新太は地元新潟の出身で、「ビッグスワンのゴール裏からピッチへ降りてきた」男なんだから。

 試合。山形は「アルビが苦手とする3バックのチーム」ではあるけれど、試合中の見た目はずっと5バックだった。両サイドが常態として下がっている。非常に守備的な布陣だ。当然、中盤の人数が手薄になるからアルビはボールが持てる。

 これは今季J2で戦うに当たって、おそらく多くの人が想定した図式だろう。守りを固めてきた相手をどうこじ開けるか。都市伝説的な「J2泥沼物語」では、大概、J1から落ちてきたチームがこじ開けられず攻めあぐんで、カウンター食らって負けたり、ドローに持ち込まれたりするものと相場が決まっている。僕は今年はそんな試合ばっかり見るんだろうなと思っていた。

 そうしたら案外そのパターンが少なかった。想像よりはるかにJ2は戦術的な幅がある。で、山形戦は久方ぶりに伝統の「J2泥沼物語」を馳走されたというのか、まんまとしてやられた感じだ。たぶんどの試合にいちばん似てるかといえば栃木戦だろう。栃木はガマンのきくチームだった。山形もガマンがきいた。相手にボールを持たせてもある程度、しのぎ切れる強度を持っている。

 指摘したいことは栃木戦と同じことだ。試合数を重ね、チームはだいぶまとまってきたけれど、ブラッシュアップした武器がない。例えば守備を固められたとき、セットプレーは有効な手だて(ルヴァン杯横浜FM戦、何かうちはこのカード、いつもセットプレーでやられてる気がしなかったか?)だが、アルビのセットプレーは特段強みになってない。例えば栃木戦、相手が「ロングスローを武器にしよう」と狙ってきたような感じがない。

 チャンスはつくるのだが、得点には至らない。フツーに攻めてフツーに守られてしまった。何か狙いというか積極的な意図の見えにくい試合だった。後半、ターレスを残し貴章と2人でツインタワーを形成するのかと思いきや、別にパワープレーを徹底するわけでもない。こじ開けられるかどうかはともかく、「これでこじ開けてやる!」という武器はちらつかせて欲しいよね。

 最後の時間帯は疲れからか守備が散漫になり、大ピンチが続いた。山形の狙いは「粘ってカウンター一発」だから、あそこを決めれば百点満点だったろう。ただGKアレックス・ムラーリャやゴールポストのおかげで何とか防ぎきれた。ゲーム自体はずっと支配していたが、最後の印象で「負け試合をどうにか拾った」感じになってしまった。

 じゃ、我々「えのチケ」の兄弟たちはなす術(すべ)ないドローに凹んでいたか。そんなもったいないことはしない。サッカーは面白いのだ。戸嶋祥郎の運動量を見るために「いっぺんサチローがどう動いた後、どこまで動いてるのかずっと目で追う」をやってみたり、「山形の27番北川柊斗、サチローの筑波大の同級生だよ」とマッチアップに注目したり、いやこの説明ではサチローばっかりになってるが、タイムアップの笛が鳴るまで応援にも、サッカーをダイレクトに味わうことにも貪欲で、テンションが落ちなかった。

 山形戦勝利という「えのチケ」の目標は達せられなかったので、そこは反省だ。が、あの企画は可能性がある。「えのチケ」自体もまたやりたいし、例えば平澤大輔さんの「平澤塾チケ(ひらチケ?)」とか、あるいはOBが解説してくれる「○○チケ」(これは何かカッコいい名前をつけないと、「高橋直樹チケット」が「高チケ」と呼ばれて、値段が高いとディスられてるみたいになる?)とか、実現できたら素晴らしい。いや待てよ、今回はスコアレスドローだったから叶わなかったけど、これつまりゴール決まったら寺川能人とか船越優蔵とか、わからないけどマルシオ・リシャルデスみたいなレジェンドとハグしたりハイタッチしたりできるんじゃないか。それは売れるなぁ。あとそうなったら(そうならなくても)絶対点取ってもらいたい。


附記1、「えのチケ」に参加された兄弟の皆さん、おつかれ様でした。募集人員は即完売で、ボックス席の部屋数増やしたみたいですよ。楽しかったですね。今度は絶対に勝ちましょう!

2、この試合の第4審は田中玲匡さんでしたね。つまり、山形戦キラーで鳴らした田中亜土夢選手(C大阪)のお兄さんです。気づいてる山形サポがいたら心理的プレッシャーだったんじゃないかなぁ。

3、次節・岐阜戦を前に(朝ドラのロケ地にちなんで)サチローの「半分青い」が公開されましたね。笑ったなぁ。國井広報GJです! FC岐阜は確か下部組織コーチに三田光さんがいるんですよね。ゴール裏に来てくれないかなぁ。握手会してくれてもいい。(敵地だけど)「三田チケ」でもいい。


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