【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第226回

2014/8/28
 「新しい物語」

 J1第20節、新潟×大宮。
 この日、配布された応援うちわに川又堅碁の写真があった。またEゲート前広場特設ブースで発売になったサポーターズCDにも川又チャントが残ってしまっていた(たぶんそのせいでラジカセ等でCDを流さずに、めっちゃ静か~に販売していた)。事態の急展開にアルビレックス新潟の営業セクションが追いついていない。そりゃ責めたらかわいそうだろう。ていうか、指宿洋史&ラファエル・シルバ獲得と強化部はよく対応していたと感心する。危機管理のファインプレーだよ。

 何とまぁ川又堅碁と本間勲のいないアルビだ。呆然とする。開幕前、こんなことは誰も想像しなかった。いや、W杯の中断期間ですらチラッとでも想像した人はいるだろうか。まぁ、報道によると柳下正明監督は「ダメージはない。特長あるFWがいるから、これからコンビネーションを合わせていけば楽しみな感じ」(スポニチ)とポジティブなコメントを発している。もしかすると戦力的には指宿、ラファエルの加入でやりくりがつくのかもしれない。だけど、僕には危機感があった。それは何かというと、前回コラムの附記に書いたことだ。「ファン、サポーターは生身の人間だから、(選手が)あんまり入れ替わると感情が追いついていかない」。

 僕は大宮戦は絶対落とせなくなったと思った。単なる勝ち点計算みたいな話じゃないんだね。物語が断絶しているのだ。以前の主役がストーリーから退場し、別の登場人物が必要になった。アルビレックス新潟は劇場に新作を掛けるのだ。芝居の言葉でいえば初日だ。観客に受けるだろうか。ファン、サポーターに支持されるだろうか。ただ勝つだけじゃ足りないと思った。どこかに新しい物語を予感させる勝ち方ができないだろうか。

 スタメンを見て、こうなったら成岡翔に仕事をしてもらうしかないと直観した。苦しいときに頼れるのがベテランだ。「新潟の精神的支柱・本間勲」を失って凹んでるサポーターには、田中達也か成岡翔の頼りがいを見せたいと思った。あいにく達也は出場が叶わなかったが、成岡が素晴らしい仕事をする。前半20分、CKのチャンスからファーで山本康裕が折り返し、エリア内の密集で舞行龍ジェームズがオーバーヘッド、それを成岡がボレーシュート! まぁ、字面だけ見るとスペースがあって「キャプテン翼」っぽい派手なプレーが続いたように読めるが、実際はCKからだから敵の選手らがごちゃごちゃいた。舞行龍の勇気と成岡のセンスがもたらした先制点。

 で、そこからやっぱりこのカードは膠着(こうちゃく)するんだよね。新潟も一気に追加点を奪えるほどじゃないし、大宮も単調な攻めに終始する。流れが変わったのは後半、交代選手の働きだね。大宮は後半16分、泉澤仁(交代出場)の突破からムルジャが同点弾を決める。泉澤は素晴らしいスピードだった。縁のある選手(新潟ユースに在籍)が活躍するのは嬉しいものだ。まぁ、恩返しはほどほどにしてもらいたいが。

 僕は柳下正明監督の姿を横目で何度もチェックした。ボトルの水を開けたり、第四審に何か言ったり、この日も動きがあってすごく面白かったんだが、いちばん興味深かったのは勝負どころの采配だ。僕に言わせればヤンツーさんくらい勝負強い監督さんはいない。同点にされて果たしてどんな手を打つか、これは腕の見せどころじゃないか。

 成岡に代えて達也を入れるか指宿を入れるか。どっちを選ぶかで攻めの形がすっかり変わってくる。前述した通り、僕は達也に期待していた。ウイイレだったら僕は田中達也を投入している(「僕がアルビの監督さんなら」という想像はちょっと非現実的すぎるので、ゲームにしてみました)。そうしたらヤンツーさん、思い切ってFW2枚代えですよ。鈴木武蔵と指宿がベンチに呼ばれたとき、興奮したなぁ。

 「(鈴木武蔵も指宿洋史も)それぞれ特長を持っている。ストロングポイントを出せるように一回で指示したほうが彼らもわかりやすいだろうし、同時に代えた。指宿はボールを収めて後ろから上がる時間を作っていたし、武蔵はスペースに流れて相手を押し込む動きをしてくれた。2人とも特長を出してくれた」(柳下監督・会見コメント)

 勝負手が流れを変えるんだよ。会見コメントに出てこないけど、その後、更に田中亜土夢OUT→小泉慶INって手も打つ。で、後半43分、その交代選手が全員からんで決勝点ですよ。これは鮮やかだった。右サイド小林からのクロスを指宿が落として山本から小泉、小泉は指宿に戻し、指宿は左で空いてた武蔵へ。武蔵は迷いがなかった。ニアを打ち抜く左足のシュート。指宿の落ち着きと武蔵の読み&準備が光った決勝点。

 ビッグスワンはひとつになった。ついにJの舞台でヴェールを脱いだ指宿にしびれ、それからここ何試合かヤンツーさんに「判断が悪い」と叱られてた鈴木武蔵の成長にグッと来る。武蔵本人はもちろん、ベンチも本当に嬉しそうだったな。僕は「武蔵持ってる」と思った。「がむしゃらエース・川又堅碁」の物語に代わるのは、武蔵のチャレンジ劇場に違いない。新潟は最高の形でいちばんの難所を乗り切った。


附記1、という原稿を火曜日に書き上げて、水曜、青春18きっぷで天皇杯3回戦・長崎戦を見に来たんでけど、負けちゃいましたね。内容がホントに悪かった。攻撃の手詰まり感が深刻に思えました。何とか週末の徳島戦へ向け、立て直してほしいです。何事もカンタンじゃないですね。

2、実は現在、8月21日(木)の11時です。聖籠のプレスルームでこれを書いてます。ついさっきカーラジオで日本文理のサヨナラホームラン(富山商戦)聴いて「よっしゃ~!」と叫んだばかり。試合途中までホテルのTVでBS朝日中継を見てたんですけど、日本文理サッカー部がスタンドで「アイシテル文理」歌ってましたよ。

3、日本文理といえば甲子園準優勝の2009年は、NHK大河ドラマで『天地人』が放映された年ですよね。僕にとっては当コラムがスタートした思い出深い年でもあります。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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