【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第248回

2015/4/23
 「きっかけになる試合」

 J1第5節(第1ステージ)、鹿島×新潟。
 昨年最終節、代替開催の「ホームゲーム」を戦って以来のカシマスタジアムだ。アルビレックス新潟にとって(というのは選手、スタッフだけでなく、サポーターにとっても)ここは特別な場所になった。鹿島アントラーズ、茨城県立カシマサッカースタジアムの関係各位にあらためてお礼を申し上げたい。その節はお世話になりました。

 僕自身も4か月前のあれこれを思い出して感慨にふける。あのときは大雪で中止が決まったのにわざわざ新潟へ向かったのだった。柏サポを駅周辺で見かけて取材した。クラブではフロントスタッフが獅子奮迅の働きだった。週末開催中止→月曜代替開催のスピード感がハンパなかった。で、月曜日、カシマに行ったら人がぜんぜんいなくて、ホントにやるのかなぁと半信半疑だ。スタジアム全体がガラーンとしていた。普段は入れない鹿島側のゴール裏売店に行ったっけなぁ。あの売店も採算度外視でわざわざ出してくれてたんだよ。

 その売店脇、鹿島側コンコースではこの日、サポーター集会が開かれていた。ACLも含め、波に乗りきれないチームを鼓舞すべく、あらためて心をひとつにしようというニュアンスか。鹿島は前節(鳥栖戦)やっと勝利を挙げ、この試合が重要である。その事情は新潟にもそっくり当てはまると思った。リーグ戦績も「1勝2敗1分の勝ち点4」でまったく同じ。

 そのモチベーションの高さがもたらすものか、火花散るバトルになった。すっげぇ面白かったよ。奪い合い。もうね、油断もスキもあったもんじゃない。両軍とも相手をよく研究している。どこで奪うかどこをつぶすかに迷いがない。そして展開が速い。

 新潟はリーグ戦初スタメンが2人。FWの指宿洋史と左SBの前野貴徳。そりゃドラマがありますよ。指宿は去年の川又堅碁を連想させる。たぶん本人は開幕からスタメン張る気満々だったでしょう。使われなかった。使われない背景には柳下正明監督の要求があったと思う。で、指宿はくさらず頑張ったんだね。やっとつかんだスタメンだよ。モチベーション高いなんて言葉じゃ言い表せない。

 前野はお百度踏んでもいいくらいの勢いでこの試合に出たかったと思う。古巣相手だ。やれる自信は当時もあったし、今もある。自分を育ててくれたクラブに恩返しがしたい。自分を必要としてくれたクラブに貢献したい。新しい姿をカシマのピッチで表現したい。念願叶ってのスタメンだよ。モチベーション高いなんて言葉じゃ言い尽くせない。

 だからただでさえ意欲的なところに指宿、前野が加わって炎の軍団だよね。開始早々、ラファエル・シルバから指宿にパスが渡る決定機があった。あれ決めてればなぁ。まぁ、指宿は結果は出なかったけど、気持ちはビリビリ伝わってきた。

 素晴らしかったのはラファだ。柔らかさ、スピード、センス、もはやリーグ屈指の存在になりつつある。前半38分、折り返しをもらって振り抜いたシュートもドンピシャだった(惜しくもGKに止められる)。同40分、レオ・シルバが奪って前へ送り、ラファが裏へ抜けたシーンは得点を確信した。GK曽ヶ端準をかわして痛快な先制ゴール! (鹿島がDFラインを高く設定したせいもあるけれど)実際問題、今の新潟では「レオが奪ってラファが走る」カウンター攻撃がいちばんゴールの匂いを感じさせる。前が空いてれば空いてるほどいいんじゃないかなぁ。

 そうしたら後半1分、あっさり同点にされた。鹿島らしいマリーシア(ポルトガル語で「ずる賢さ」の意。否定的なニュアンスは含まない)だ。相手の準備が整う前にササッとパスを送り、秒殺ゴールをねじ込む。これは準備してないほうが悪い。今はもうどこのチームもやるようになったが、Jでは鹿島のお家芸だよ。

 そこからスコアは1対1のまま動かない。中盤のせめぎ合いが最高にスリリングだった。面白いもんだなと思ったのはゴールが生まれなくてもフラストレーションがたまらなかったことだ。フツーは誰だってゴールを希求する。ゴールこそがサッカーの華だ。それがこの日はちょっと違った。奪って攻めに転じ、行きかけたところで奪われ、それを奪い返し攻めに転じ…ようとしたところをしつこくからまれ奪われたけれど、意地でそれを奪い返し…、の無限ループにすっかり魅了された。

 しかも試合終盤、新潟の走力がものを言いだした。鹿島は疲れが出たのか、あんまり粘れなくなる。時計が進むにつれ、新潟の優勢がハッキリした。鹿島の守りは決壊寸前だ。ロスタイムに入ると猛攻が連続する。新潟ゴール裏はこの日初めて「アイシテルニイガタ」を繰り出し、勝負に出た。

 それがこの試合のいちばん派手な場面につながる。ゴール前の混戦からで曽ヶ端がファンブルし、そのこぼれ球に山崎亮平が詰める。曽ヶ端は飛び出していたからゴールはガラ空きだ。押し込むだけで決勝点。と曽ヶ端が山崎を押し倒した。エリア内だ。

 家本政明主審はノーファウルの判定。スタンドにどよめきが広がる。新潟ベンチ前ではヤンツーさんとトゥッコさんが猛抗議を始める。ヤンツーさんはコートを地面に叩きつけ、大変な剣幕だ。当コラムはクラブ公式サイトに掲載されるから、無用の摩擦を避ける意味で「PKでもおかしくなかった」と言うにとどめよう。僕個人の見解は既に新潟日報紙上で発表している。

 試合はそのままタイムアップ。整列の段になっても選手らの気持ちがおさまらず、抗議が続いた。そのとき、先頭に立って主審に詰め寄り、イエローカードをもらったのが前野貴徳だった。前野は自分が矢面に立つことでチームメイトをイエロー累積から守ったのだ。

 ドローはドローだ。終盤押してたことを思えば「勝ち点を2つ損した」試合でもある。だけどね、これはきっかけになる試合だ。この一戦を終えて新潟は強くなったと思う。皆が悔しさを表に出したことで、一段上の戦えるチームになった。これからGWにかけて過密日程が始まる。スタメンもリザーブもなく全員で戦うべきタイミングだ。


附記1、この試合、最終的には両軍監督がコートを着てなかったですね。鹿島のトニーニョ・セレーゾ監督は早々とコートとジャケットを脱いで、セーター姿でベンチ前に立った。考えてみると今季、春先からセーターの印象なんですよ。寒くないのか?

2、日曜のナイター開催だったので、試合終わって新潟まで帰られた方はハードでしたね。僕なんか東京に戻るだけでもトニーニョ・セレーゾ監督の会見を断念しましたよ。

3、この日の深夜(日本時間)、遠くフィンランドでは田中亜土夢が開幕戦ゴールを決め、最高のスタートを切りましたね。ハーフナー・マイクと日本人コンビで頑張ってます。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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