【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第255回

2015/6/11
 「振れ幅」

 J1第14節(第1ステージ)、新潟×甲府。
 勝ち点2差で16位の甲府を迎えての「裏天王山」である。甲府は5月中旬、樋口靖洋監督を契約解除、佐久間悟GMが監督に就任している。で、そこから公式戦2勝1敗1分だ。9年ぶり復帰のバレーが2戦連続ゴール中、「クラブレジェンド」の活躍に引っ張られるように成績をV字回復させている。先方としては「最下位新潟」を叩き、復調をいっそう確かなものとしたいだろう。

 そうは問屋が卸さない。新潟はリーグ戦3連敗中ではあるが、水曜日にナビスコ湘南戦を戦い、2対0で久し振りの勝利を得ている。これが結果、内容ともにポジティブなものだった。積極的にプレスをかけ、球際できびしくファイトする姿は見る者にひとつの思いを抱かせた。これを待っていた。これこそアルビだ。ナビスコ湘南戦は観客数こそ7913人だったが「戦いにきた7913人」だった。チームと精鋭サポーターの闘志が呼応して、弥彦山ひとつくらいひょいっと持ち上げかねない馬力が発生した。そのたった3日後、同じピッチだ。メンバーは多少変わるが、戦えないわけがない。絶対に勝つしかない試合だ。

 スタメンが発表になって歓声が上がる。ラファエル・シルバ戦列復帰。いきなり先発起用は想像しなかったなぁ。コンディションはどうなんだろう。僕が最初に思ったのは「今日はハイプレスはしないんだ」ということ。筋肉系の故障から戻ったラファエルが先発なのだ。追い回す守備は考えにくい。柳下正明監督は甲府はベタ引きしてくると踏んだのだろう。持久戦。ガマン比べだ。プレスを控え、体力を温存して終盤勝負。たぶんその終盤、ラファは交代してるんじゃないかな。勝負手は指宿投入になるのか?

 ただこの2年間続けてきた「持ち上がって崩す形」は真価が問われると思った。エースが戦列復帰したのだ。自らアクションを起こすサッカーでこじ開けてみせたいじゃないか。だから「ラファで先制、バレーで同点、交代で入った指宿が決勝点」くらいのイメージか。あくまで捕らぬ狸の皮算用ではあるけれど。但し、狸は捕るのだ。絶対に捕るしかない狸がそこにある。

 開始早々の前半8分、バレーが負傷交代(伊東純也IN)するというアクシデントがあった。「よーいドンで敵軍エースOUT」はフツーに考えれば願ってもないことだ。敵はプランが狂ってあわてるだろう。こちらは落ち着いて仕留めればいい。が、何かねぇ、おかしいんだよ。バレーOUTという「変数」を組み込んでスラスラ勝利の方程式を書き始めたのは甲府のほうなんだ。動きの質も量も違う。新潟は何でこんな重たいのか。もしかして(バレー対策の)プランが狂ってこちらが混乱しているのか。

 水曜日とは別のチームだった。うわぁ、まいったなぁ。どうやら新潟は「本来の姿をとり戻した」のではなかったらしい。水曜日が突然変異だった。前半43分に持ち上がりかけたところを小泉慶が奪われ、縦パスを通された。あっさり交代出場の伊東に決められてしまう。甲府はトランジション(攻守の切り替え)のタイミングを狙っていたようだ。絵に描いたようなショートカウンター。

 こうなると甲府にガッチリ守られてしまう。新潟も再三攻めるが決定機をつくるには至らない。逆に後半26分、FKの流れから下田北斗に追加点を奪われた(不運な失点!)。ビッグスワンに失望ムードが広がる。選手も元気がない。スコアは0対2だが「惨敗」と表現するのを許していただきたい。不甲斐ないと思った。悔しくて泣けてきたのだ。

 ただひとつ希望の星を見た。交代出場の加藤大がけんめいに走っていた。局面を変えようともがいていた。加藤の直観は正しい。僕は加藤を圧倒的に支持する。アルビレックス新潟が走らないでどうするんよ。戦わないでどうするんよ。甲府に敗れてチームはどん底もいいところだ。このまま底のほうで静かに暮らすかい?

 
 ナビスコ杯1次リーグ第7節、松本×新潟(A組)。
 甲府戦の「惨敗」から中3日。この試合は色んな意味でクラブ史上、重要な一戦になった。先週のナビスコ湘南戦に勝って、新潟はA組の2位に浮上していた。この松本山雅戦に勝利すれば初の決勝トーナメント進出が決まる。新潟は今季、「カップ戦ユニホーム」をわざわざ作ったくらいで、1次リーグ突破に意欲を燃やしている。

 僕は甲府戦以降、サポーターの間で巻き起こった議論やSNS投稿に注目していた。実際に意見を聞かせてもらった人もいる。皆、何か大切なものを失いかけている実感があるのだった。だから強い感情をぶちまけたり、「戦犯」を糾弾するような雰囲気もあった。もちろん特定の誰かを吊し上げて、それで事足れりとするのは健全とはいえない。が、僕は皆が自分のサッカー観、自分の言葉で「アルビレックス新潟」を語るのは意味があると思った。ともに戦いながら、皆、自分の「アルビレックス新潟」が何なのか考えている。

 たぶんこれを「アルビらしさ」の呪縛、という風に少しシニカルに捉えることも可能だろう。「アルビらしさ」を希求するのか勝利を希求するのか。あいまいに使ってる「アルビらしさ」の定義って何だ。サッカーのシステムかスタイルか。監督か選手か。「アイシテルニイガタ」を歌うことか歌わないことか。原点回帰なのか新しいチャレンジなのか。無数の問いが投げ出され、皆、答えを求めていた。

 アルウィンのピッチに答えがあった。少なくとも僕にはそう見えた。新潟は追い回して相手に時間を与えないサッカーをした。田中達也が最高のパフォーマンスを見せた。加藤大はこの日もがむしゃらに戦っていた。結果、3対0の快勝だ。後半25分過ぎからゴールラッシュ、得点者は山崎亮平、平松宗、指宿洋史。この結果を「(1次敗退が決まっていた)松本山雅がメンバーを落としていた」と低く見る向きもあるだろう。それはリーグ戦の最下位チームなんだから仕方がない。やってるサッカーもブレブレだ。一体、どれが本当の姿なのか。

 新潟はついにナビスコ杯ベスト8に名乗りを上げた。歴史が変わった。といってJ1に10年以上いて、ちょっと遅過ぎた感じもある。僕は「残留危機なんだからカップ戦は捨てろ」という意見に与(くみ)しない。何のためにチームは戦うのか。何のために僕らはサッカーを見るのか。この2週、広島戦→ナビスコ湘南戦→甲府戦→ナビスコ松本戦と振れ幅のなかで葛藤が続いている。答えを見つけろ。


附記1、ナビスコ松本戦、快勝に喜ぶ一方、負傷退場した前野貴徳選手が気がかりでした。脳震盪は怖いです。僕はアイスホッケーの事例に接してるので、人一倍心配しますね。脳震盪に関してはホッケー界のほうが対応が神経質です。まぁ、身体ごとぶつかるコンタクトスポーツだからではあるんだけど、防具をつけてヘルメットも装着してるんですよ。サッカー選手は(脳震盪をやった選手が復帰しても)頭はむき出しですからね。

2、FIFAの汚職スキャンダルはブラッター会長の辞任表明まで行き着きましたね。外国リーグでは(スペイン、イタリア、中国、韓国等)では八百長が告発されたりして、サッカーという競技にすっかりダーティーなイメージがついてしまって残念ですね。

3、というタイミングでFIFA女子W杯カナダ大会ですね。アルビレディース選出の2選手、上尾野辺めぐみ、北原佳奈のさわやかな活躍に期待しています。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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