【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第256回

2015/6/18
 「ほんの少し足りない」

 J1第15節(第1ステージ)、新潟×名古屋。
 初夏を思わせるカラッとした晴天に恵まれた。サッカー観戦にはうってつけの気候だ。選手にとってはちょっと暑いだろうか。うかうかしてたら6月ももう初旬、第1ステージは残り3節である。ホームはこの第15節・名古屋戦が最後になる。低迷するチームを「ホームの力」で勝たせるチャンスはこの日をおいてない。この後、1週間のブレークが入るから選手はもちろん、サポも全部出し切ろう。スタジアムを後にするときは「いい意味のぬけがら」になってるのが望ましい。

 と自分で書いて子供時分に見た「セミのぬけがら」や「ヘビのぬけがら」を思い出してちょっと気味悪くなっている。立ち直る時間をいただきたい。

 復活。もう大丈夫。やるしかない9位・名古屋戦なのだ。天の配剤か、名古屋もバイオリズム的にはどん底に近い。リーグ戦ではここ5試合得点なし(第13節・FC東京戦の相手オウンゴールを除く)。また負傷のため、闘莉王、ダニルソンと守りの要が戦列を離れている。きっちり叩いて弾みをつけさせてもらおう。トリビアルな話題としては、移籍した川又堅碁が初めてビッグスワンに姿を現す。サポの反応はどうだろう。野次やブーイングの洗礼を浴びるのか。

 この試合が興味深かったのは途中、まるでチェスのようにシステムが変わり、選手が入れ替えられたことである。柳下正明監督の戦術対応は実に細やかだった。手元に届いたばかりの「平澤メモ」(元サカマガ編集長・平澤大輔さんによる解析メモ)がある。詳しく触れてあるので引用しよう。

「●システムの変遷 名古屋に合わせて頻繁にシステム変更が行われました。
A、3-4-2-1 『舞行龍、大井、大野』『川口、小泉、成岡、コルテース』『加藤、山崎』『ラファ』
B、4-4-2 『川口、舞行龍、大井、大野』『成岡、小泉』『加藤、コルテース』『ラファ、山崎』
C、4-4-2 『舞行龍、大井、大野、コルテース』『成岡、小泉』『加藤、川口』『ラファ、山崎』
D、4-4-2(舞行龍OUT、指宿IN) 『川口、大井、大野、コルテース』『成岡、小泉』『加藤、山崎』『指宿、ラファ』
E、4-4-2 (成岡OUT、山本IN) 『川口、大井、大野、コルテース』『加藤、小泉』『山本、山崎』『指宿、ラファ』
F、4-4-2 (ラファOUT、平松IN)『川口、大井、大野、コルテース』『加藤、小泉』『山本、平松』『指宿、山崎』
 Cまでが前半ですが、A、Bは合わせて25分ちょっとしか実践していません。特にコルテースを左MFに上げたBでは、うまく意思疎通ができていなかったような状況だったことと、川口が相手の永井との勝負で体力を消耗しかねないので、コルテースをDFに戻し、川口を左MFにしたようです。
 しかし、川口の代わりに右サイドバックに出した舞行龍が、永井とのバトルで警告を受けてしまいます。2枚目をもらう危険を避けるために舞行龍を下げて指宿を入れ、山崎を左サイドMFに回します。
 成岡に代わって山本を入れたときには、山本を右MFにするために加藤をボランチに下げます。最後はラファエルシルバに疲れが見えたので、平松を入れて山崎をFWに戻すことで活性化を図ります」

 A~Fで6パターンが実践されている。目を引くのは(新潟のシステムを語った)「平澤メモ」に名古屋の選手名が登場しているところだ。永井謙佑。敵将・西野朗監督はゴール不足を永井の突破力で解決しようと考えたらしい。(継続してきた3バックを捨て)4-4-2にシステム変更したのは一にかかって永井を生かそうという狙いだ。新潟もすぐに4-4-2に変更して(A→B)、ここのやりとりはゾクゾクした。

 が、永井にやられる。新潟のCKからの流れ。クリアボールをつながれ、素早くタテに送られると、後は永井の一人旅だった。前半33分、グウの音も出ないカウンターゴールを決められる。そこまでも危ないシーンはあったけど、何とかやりくりしてきたんだよ。まいったよ。ここのところを「平澤メモ」で振り返る。

「●『予防』はできていたのだが…
 柳下監督は会見で、開口一番「選手は一人ひとり、一生懸命にプレーして、戦う姿勢も見せていた」と話していました。確かに、球際で負けていなかったし、怯えてもいませんでした。
 特に意識付けをしていたのだろうと推測できたのが、ボールロストの直後のプレスです。効力は二つ。一つはそこからショートカウンターでゴールに迫れること。一つは相手のカウンターを『予防』することです。
 この日の名古屋はそれまでの3バックから4バックに変えてきました。西野監督はその効果として、『(3バックより)永井も矢田も一つ高いところでプレーできる。永井は推進力を出したし、ああいうポジションでの起用がベストだと思う』と明かしています。いわば『永井シフト』だったわけです。
 新潟も十分承知しています。上記のように、永井のマーカーをまずは川口に任せ、続けて舞行龍に、再び川口へ変えることで、そのスピードに対処しようと工夫を重ねます。その一環として集中させたのが『ボールロストの直後の守備』だったと思います。もし奪われれば、そこで縦ポンで1点になる。奪われなければカウンターは食らわない。
 うまくいってはいたんです。33分のあのシーンを除いては。
 こちらのCKのこぼれ球が跳ね上がったところで、成岡が体を入れきれずにボールに触れず流してしまいます。ここが最大のポイントでしたね。それまでのアグレッシブな当たりが、その一瞬だけ消えてなくなりました。ルーズボールを目ざとく拾った矢田がハーフウェーライン手前で川口のプレスの直前に縦に送ると、あとは永井の一人旅。最後に小泉が必死に戻ってスライディングを試みたのですが、軽々とかわされて冷静に流し込まれました。
『永井、はえ~~~~~~』と脱力するしかない失点に思えるのですが、そうではありませんでした。『できてはいるのだけれど、ほんの少し足りない』という、アルビの今季を象徴している失点にほかなりません」

 自分で引用していてちょっと凹んでしまっている。できてはいるのだけど、ほんの少し足りない。何てその通りなんだろう。再び立ち直る時間をいだだきたい。

 復活。新潟はそこから頑張ったのだった。前半42分、密集というラグビー用語を連想させるゴール前のごちゃごちゃから山崎亮平が強引にねじ込む。ぜんぜんビューティフルじゃないけど、いちばん気持ちの伝わる泥臭い得点。

 この試合は気持ちは出ていたと思う。特に小泉慶と加藤大。ナイスファイトだった。で、パッと見、ナイスファイトは印象に残りやすいんだけど、実はシステムやポジション変更に合わせて、複数のタスクをこなしていたのを「平澤メモ」が教えてくれる。ざっくり言うとよくやっていたんだ。問題はそれでも勝てなかったところだね。

 試合終盤、名古屋の足が止まった。ここに勝機があった。続けざまに訪れたビッグチャンスを指宿洋史が決められない。指宿得意の角度があった。何故ハズす。こう何か悪いものでも憑いてるんじゃないかと思うくらい勝ち切れないのだ。あの出来の名古屋にとどめが刺せないようじゃこれから先、容易ではない。1週間、国際試合ブレークを入れて立ち直る時間をいただきたい。


附記1、週明け、新潟日報運動面に「柳下監督途中解任せず」(8日付朝刊)の記事が出ましたね。今季終了まで柳下体制続行というクラブ方針が再確認されました。まぁ、結果を出していくしかないですね。結果を出すことで事態が好転する。

2、僕はこの日、入院中の義父に付き添ってNTT東日本関東病院にいました。だもんで試合録画を見たのは帰宅して夜遅い時間でした。まぁ、親の面倒を見る年代になっちゃったんですねぇ。NTT東日本関東病院は昔の「関東逓信病院」です。個室はネット環境があります。

3、あと五反田駅前まで戻れば立ち食いうどんの「おにやんま」があります。

4、川又堅碁は盛大なブーイングを浴びて、めっちゃリキんでましたね。試合後は慶とユニホーム交換して、オレンジ姿になってスタジアムの四方に礼をしていた。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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