【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第258回

2015/7/2
 「勝つしかない」

 J1第16節(第1ステージ)、湘南×新潟。
 初めて小田急線の伊勢原からシャトルバスを利用した。僕は実家が小田急沿線なんだけど、伊勢原のほうは土地勘がない。「東海道の平塚」と「大山詣(まいり)の伊勢原」が頭のなかでうまくつながらないのだ。昔、世田谷の(母方の)おばあちゃんがよく大山詣してたっけなぁ。大山詣は江戸っ子に人気で、のちに落語の演目にもなっている。せっかくだから午前中から動いて大山詣すればよかった。いやもう、今節・湘南戦は「大山のぶ代」も「大山倍達」も「日清日露の大山元帥」もびっくりのスーパー大山だ。

 この間、クラブの方向性がメディアを通じて再確認された。いちばんの大方針は柳下体制でブレがないこと。選手の補強はあり得ること。それから「J1残留」をターゲットに据えること。こういうのは決断である。正しいか正しくないかは結果がいずれ教えてくれる。僕は最高度の経営判断が行われたと見る。人事に動きがないから「動いてない」と考えるのは早計だ。

 現場は2週間を準備に当てた。1週目はフィジカル強化、2週目は湘南対策。間にJ3富山戦(練習試合)が挟まれたが、新潟の主力は異様にバテバテに見えたという。果たして「湘南スタイル」の上を行く走力を見せてくれるか。また明るい話題はレオ・シルバの再来日だ。戦列復帰はまだ先のことだが、術後の経過は順調とのこと。状況は少しずつ好転しつつある。

 僕の言いたいのはこの2週間で、皆、肚をくくったということだ。勝つしかない。「日清日露の大山元帥」以上というのはそういう意味だ。面白いのはこうした非常事態にあって、新潟サポの精鋭(皆が皆とは言わない)がむしろスイッチの入った感じになることだ。この日もBMW平塚競技場にスカパー調べで1500人(僕の見た感じは2000人超)が集結していた。

 試合。前半は完全に圧倒された。新潟は指宿とコルテースが1本ずつ悪くないシュートを放ったが、その程度のもの。湘南は素晴らしかった。去年、J2で旋風を巻き起こした頃より面白い。手元に今週も平澤メモ(元サッカーマガジン編集長、平澤大輔さんによる戦術メモ)が届いているわけだが、湘南の3トップ、なかでも山田直輝の「ニンジャ」的な役割、位置取りを絶賛している。

 失点シーンも山田直輝がキーマンだった。スルスルッと舞行龍の前に入っていき、受けてヒールでさばき、三竿雄斗のゴール(前半32分)につなげた。また三竿のシュートがなかなかのファインゴールでショックがあった。ひとつは感じたのは勢いの差。開幕以来、積み上げてきた自信の差。が、ふと、これはやってるサッカーの仕上がりがぜんぜん違うんじゃないかと不安に駆られる。新潟はボールがおさまらない。だから余裕のない、いっぱいいっぱいのサッカーだ。

 0対1でハーフタイム。スタンドの湘南サポが大きくうなずいていた。手応えあり。あとは後半、どう仕留めにかかるかという感じか。新潟はおさめどころをつくって、試合のペースを変えたい。後半頭から交代カードを切るんじゃないか。勝負勝負。このまま耐えてても何も生まれない。どんな点でもいい。仕掛けて点を取ろう。

 柳下正明監督は想像の上を行った。後半頭から2枚代え。指宿→ラファエル、小林→成岡。これがピタリとハマッて流れが変わるんだからサッカーは面白い。ラファエルは復調してたなぁ。ボールがおさまるし、身体がキレてる。で、湘南がこりゃヤバいって思ってくれたんだね。ラインが下がった。

 それからボランチに入った成岡翔が効いた。僕はこの試合、成岡は影の殊勲者だと思うな。流れを変えたのは誰かといったら成岡じゃないか。中盤が落ち着いた。勝負どころのメリハリがついた。その結果、加藤大の同点ゴール(後半18分)も生まれたのだと思う。サポーターは目の前で加藤の初ゴールを見る幸運に恵まれた。ついに来たよ。ラファが持ち上がるのについて行って、こぼれたところを左足で振り抜く。

 で、直後の後半20分だ。今度は加藤が右サイドを持ち上がり、クロスを供給。これを山本康裕がニアへ釣って、中央では山崎亮平がスルー、ファーでラファエルが(戻りながら)蹴り込んだ。すっげー。決まるときはこんなにあっさり、かつこんなに鮮やかに決まるのか。

 前半と後半でまるっきり別のチームだ。湘南はすっかり臆病になり、新潟はイケイケドンドン。奪ってタテに速く、攻めに人数をかける。ボールがおさまり、メリハリがつくとこんなに生き生きするんだ。

 終盤投入された田中達也がまた持ち味を出していた。新潟は最高のプレッシングを試合の締めくくりに使った。3点めは成岡がボールを奪って、山崎亮平がひとりで持ち上がったもの。後半40分、相手DFが詰めてきたところを独特の間で外し、個人技で決めてしまった。

 実に7戦ぶりの勝利だ。とりあえず最下位を脱し、17位にひとつ上がった。結果の欲しい試合で結果を出せた。ラファエルがエースの働きをした。加藤が本格化の兆しを見せた。これを自信にしていこう。「日清日露の大山元帥」以上のところを乗り越えたよ。


附記1、前後裁断。こうなったら過去をくよくよしても、先を不安がってても意味ありません。今ここが全て。道はそうやって拓けていくはずです。

2、川口尚紀選手、U-22日本代表入りおめでとうございます。頑張ってれば誰かが見てくれてるんだなぁ。

3、落語の大山詣は酒乱の熊五郎が坊主になっちゃう話ですけど、僕は(気合いを入れるべく?)人生初のモヒカンにしましたよ。ま、普段、野球帽かぶってるんでパッと見わかんないけど。

4、第1ステージは浦和の「無敗優勝」に決しました。昨シーズン、あと一歩で優勝を逃がした悔しさが選手らを強くしましたね。驚くほど粘り強いチームに変貌しました。次節はその浦和にチャレンジです。楽しみですね。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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