【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第262回

2015/7/30
 「勝ち点3は3」

 J1第3節(第2ステージ)、新潟×鳥栖戦。
 試合後、スカパー恒例の監督インタビューで「完封勝利、相手を0点に抑えて勝ったというのは今季初だそうです。おめでとうございます」と梅山修さんに水を向けられた柳下正明監督が面白かった。「3-2でも4-3でも勝ち点3は3なんで、勝ち点3取れればいいです」。僕はこの「梅山&ヤンツートーク」のファンなんだけど、やっぱり勝利の後は妙味が増すね。結果を求めるという意味では、大変正直な答えだと思う。もはやチームは結果にこだわる時期を迎えている。

 しかし、完封勝利が嬉しくないわけがない。返しにひとひねり入れるのはたぶん芸風みたいなものだ。それにヤンツーさんは、監督会見やTVインタビューが選手の耳に入ることをかなり意識されている。「一試合じゃ意味ないぞ」というメッセージを込めたんじゃないか。オフィシャルな場できびしいコメントを発しても、素顔はまた別なんだなぁと思ったことが今季あって、それは5月の松本山雅戦(第1ステージ9節)に勝利した日のことだ。取材を終えて会場を出ようとしたら、バスに乗り込むヤンツーさんとばったり出くわした。もう、破顔一笑だった。「よかった。よかった」。監督さんは試合をコントロールしようとする種族だから、勝って「よかった」とは案外、口を割らない。でも、2回も言ったよ。

 で、鳥栖戦は「試合をコントロールする種族」の狙い通りだったと思うんだ。積極的なプレッシング。早め早めに敵の持ち上がりをつぶす。セカンドボールを拾う。主導権を渡さない。鳥栖はずっとやりにくそうにサッカーしてたでしょ。

 順番に行こう。今季の新潟をウォッチしてきた身としては、最初に気になるのは「またあっさり失点しないだろうな」である。前半早い時間に先手を取られるパターンって多くないですか。試合の入りがよくてもぜんぜん気が抜けない。こう、5分おきくらいに「オッケー、その調子」「オッケー、それでいい」と心のなかでつぶやいてましたよ。5分、10分、15分、理想的な試合運びだったな。球際も戦ってた。

 と、前半16分、先手が取れた。守田がGKを敵陣深く入れ、その競り合いにしぶとく勝ったことで、こぼれ球が出た。浮き球だ。そしたら小泉慶が迷いなくボレーシュート! ドーン! ゴール右隅に決まる。このゴールが決勝点となり、NHK-BS1『Jリーグタイム』では宮崎瑠依さんの選ぶ「感RUI」のコーナーで取り上げられることとなった(ちなみに早野宏史さんは「ゴールに行けぃ、小泉行けぃって感じでしたね」とあい変らずダジャレだった)。

 さて、先手を取ったら何か変わるかというと変わりません。タスク続行だ。バランスは変えない。鳥栖のロングボールを警戒してDFラインを高く保ち、セカンドボールを拾える距離感をキープする。もう何かね、「絶対、ポカは繰り返しません」の構え。今季、ポカで何点失っただろうか。この試合は集中の糸がピーンと張っていた。ま、それでも見てる側としては20分、25分、30分と「オッケー、ここまでやれた」「オッケー、もうひと踏ん張り」と小刻みにタスク達成を確認していたけどね。

 脱線。僕は子供の頃、こういう感覚について考えたことがある。例えば「いい人」とうのは現象面ではどういう風に達成されるのだろうか。僕が思いついたのは「どうも何事も時間でできてるフシがあるな」という考えだった。だからね、「いい人」というのを皆、生まれつきだとか固定的にとらえるけれど、生まれてから死ぬまでの時間で考えるんですよ。生まれて5分「いい人」だった。生まれて10分「いい人」だった。これを何十年と延長していくとしましょう。そうすると、そのうちに生まれて80年「いい人」だった人生というものができあがる。それは事実上「いい人」でしょう。実際には「5分間いい人」であることの積み重ねなんだけど。

 脱線終わり。ハーフタイムまで行って、後半が始まってもタスクは(小刻みに5分ずつ?)達成されていった。というと読みようによってはハアハアゼイゼイ、息も絶え絶えだったように取られるかもしれないが、実際は案外抵抗なく「つるん」とか「するん」とかいう語感が的確だ。着々、間違いなくことが運んでいく。こっちは臆病だからどこかに落とし穴があるんじゃないか、どんでん返しが待ってやしないかとビビッてるんだけど、大過なく時間が経過していく。

 ロスタイムに入って「アイシテル新潟」が聴こえてきたときは、あ、もうこのまま行けそうだぞと思った。前半こそ豊田陽平に仕事をされそうなシーンがあったが、ラッキーなことに後半交代してくれた。トータルでもほとんど鳥栖にシュートを打たれてない。もちろん、こっちだって追加点が奪えてないんだけど、この試合は「積極的な守備」というテンポ感、バランスが最後まで崩れない。

 目立ったのは小泉慶だ。それはファインゴールを決めたというだけじゃなく、ピッチ上のハンターとして圧倒的だった。鹿島戦(第2ステージ1節)の後、元サッカーマガジン編集長、平澤大輔さんに「小さなレオ・シルバですよね」と声をかけたら、「違いますよ。小さなレオじゃなくて、もう小泉慶ですよ」と言われた。ボール奪取にも、エリア内への仕掛けにも思い切り行く。その思い切り行ける背景にレオの存在感があったとしても、値打ちはいささかも損なわれない。

 この日は加藤大も素晴らしかった。スタメン張った大野和成も最高。ワカゾーが中心になって、タスクをやり切ってくれる頼もしさ。冒頭引用したスカパーインタビューでヤンツーさんが言った通りなのだ。この試合は勝たなきゃならなかった。もし、落としてたら奈落の底に落ちかねないところだった。結果を求めた試合で結果が出せた。次は山形戦だ。3-2でも4-3でも勝ち点3は3なんで、勝ち点3取れればいい。


附記1、4月に「山形×松本山雅」を見に行ったときは、こんな状況で山形戦を迎えようとは思いもしませんでした。だけど、結果的には偵察に行って正解でしたね。読者よ、「水車生そば」の鳥中華ですよ。←そこか!

2、横浜FMからレンタル移籍で佐藤優平選手が加わりましたね。それから韓国のイム・ユファン選手も移籍内定ですね。めっちゃ期待してます。

3、国際ユースサッカーIN新潟(於・ビッグスワン)で20日、U-17のセルビア人選手が2人、熱中症で救急搬送されたんですね。試合は中止になり、大会運営を見直すべきという声が高まってます。翌日、神宮球場では観客3人が救急搬送され、1人は心肺停止状態だったそうです。5年後はこの時期に東京オリンピックやるんですよね。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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