【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第266回

2015/8/27
 「オレンジ決戦」

 J1第7節(第2ステージ)、清水×新潟。
 お盆休み最後の日曜日。世間的にはUターンラッシュのピーク日。明日から会社ということで、長考の末、スカパー観戦とされた方も多いだろう。また長考に長考を重ねて、Negicco日比谷野音という方もおられただろう。新潟からのアクセスを考えるとアイスタ日本平は日比谷野音よりもずっと遠い。まぁ、さすがに18時からのナイター開催だから試合が終わった頃にはUターンラッシュは片づいてるはずだけど。

 が、覚悟を決めて参戦したサポーターは多かった。特にアクセスの容易な関東サポを中心に「青春18きっぷ」組も目についた。決戦だ。6ポイントマッチ。年間順位で15位の新潟(勝ち点21)と18位の清水(勝ち点18)の直接対決。清水は大榎克己氏の辞任を受け、田坂和昭監督が指揮を執って2戦め。まさに背水の陣を布(し)いた状態だ。ちなみに田坂さんは今年6月、J2大分の監督を解任され、7月に清水のヘッドコーチ就任、8月に同監督就任と目まぐるしい境遇の変化を経験されたことになる。

 「(前略)水の入った袋に、たとえ小さくても穴が開いたら、そこからどんどん水が漏れ、穴が大きくなってしまいます。サッカーでもそれは同じことです。小さなミスが、失点や大きな破綻につながってしまいます。もちろん、試合中は小さな穴が開いてしまうこともありますが、それをみんなでカバーして水漏れを最小限で止めなければいけません。そのために声を掛け合うこと、助け合うことが大事になります。流れが良くない時でもそのことに自分たちで気付いて、修正していく力をつけることもチームの課題です」(田坂和昭監督。清水エスパルス・マッチデープログラム2015、VOL15『FROM MANAGER』より)

 一読してどういう印象を持たれただろうか。僕は「あぁ、似てるなぁ」である。清水は守備再建が課題だ。特にセットプレーの失点が多い(今季のデータを見ると両チームは本当に共通点が多い)。角田誠の緊急補強はそこに尽きるだろう。他方、大前元紀、ミッチェル・デューク、ピーター・ウタカに、やはり緊急補強の一枚、チョン・テセを加えた前線4枚のタレントは爆発力がある。ひとつ間違えば3、4点奪われる試合にだってなりかねない。

 僕は正直、不安が先に立った。清水のほうが得点力がある。プレッシングで徹底的につぶすしかないが、前節から中3日でどのくらい動けるだろうか。ちなみに日本平は気温27.8℃はともかく湿度80%、汗が蒸発しなくて、記者席に座ってるだけでベタベタしてくる。これは両チーム、後半は間違いなくバテる。新潟の好材料はレオ・シルバがフレッシュな状態で戻ったことか。インターナショナルブレークと累積欠場とで都合2週間半、身体を休められた。

 試合。スタンドもピッチ上も気持ちが入りすぎて重苦しい。清水が積極的に仕掛けてきた。どんどんウタカにおさめ、勝負してくるイメージ。新潟は受けに回った。コンディションの問題もあり、鬼プレスは封印したようだ。広域で守備に奔走するのは主に2ボランチ(レオ&小泉慶)。それも疲れてくると「待ち構えて奪う」感じになる。DFの水際で防ぐシーンも目につく。

 先制点は新潟だった。清水は気持ちを前面に出し試合を優勢に進めてきたんだけど、この時間帯は臆病になった。逆襲に遭い失点を怖れて皆、ずるずる下がったんだ。結果、新潟はCKがもらえた。で、清水はCKのとき、FWも下がって全員で守るんだね。これは守備再建に全員で取り組むということか、セットプレー失点のトラウマか。

 僕のノートには「珍しく前半劣勢、珍しくCKで得点?」とでっかく書いてある。2つの「珍しく」は丸でかこってある。前半16分、右サイドからのCK、加藤大が素晴らしいボールを入れた。ニアで合わせたのはコルテース。に見せかけて指宿洋史だった。清水DF・角田はコルテースにつられたと思う。ていうか、僕もスタンドで見たときは「コルテースがスラしたボールを、指宿が更にフリクション(角度を変える)のヘッドで決めた」のかと思っていた。あとで録画を見直したらコルテースは触ってない。フェイクで飛んでスルーしたのだ。

 もちろん清水側からするとCKから失点は「珍しく」ではない。こういうところが面白いなぁ。新潟にとって「珍しく」、清水にとって「珍しく」ない1点。決戦の行方を左右する重要な先制点。同じシーンに別々のストーリーが交錯している。

 ピッチサイドに立つ田坂監督の背中を見た。失点の後、選手の戻りをうながしていた。ここは大注目だ。清水エスパルスの運命を占う場面。「またセットプレーから失点か…」としばらく落胆しててくれるようなら助かるのだ。誰が監督やっても誰を補強しても同じ、というムードだと有難い。もちろん、そうムシのいいことにはならない。清水は逆にこれでふっ切れた。ピッチを広く使って(特に右サイドから)ガンガン攻め込んでくる。

 前半43分のPKゴール(得点者・大前元紀)はそのガムシャラさがもらたしたものだろうね。ゴール前の混戦で大野和成が清水MF・枝村匠馬を倒してしまう。このシーン、GK守田達弥がゴールを空けてしまったので大野としては身体を張るしかなかった。守田はここだけしくじった。他は前半からファインセーブ連発だった。特にチョン・テセのFKと枝村のボレーシュートはヤバかった。1点与えたけど2点防いでくれたと言ってもいいんじゃないか

 とにかく1対1で前半終了だ。清水は息を吹き返した。逆転勝ちすれば勝ち点21で新潟に追いつき、負ければ完全に置いていかれる。こんなにわかりやすい分岐点もない。両軍監督のハームタイム・コメントは「相手を中で自由にさせないこと/攻撃は悪くない。良い距離感を守っていこう/今日は勝ち点3を獲るゲームだ」(清水・田坂監督)、「1-0になってからミスが多い。確実にプレーすること/動きながらプレーしよう/今までやってることをやればいい。自信を持ってやろう」(新潟・柳下監督)。これもコメントを逆にしても成り立ちそうだ。「良い距離感」なんてヤンツーさんがいかにも言いそうじゃないか。

 後半、田中達也が入って流れを変えようと奮闘してくれた。が、新潟の攻撃は停滞したままだった。この日、ゴールを奪った殊勲者ではあるけれど、指宿のところでおさまらない。すっかりボールの奪いどころ(奪われどころ?)になっていた。指宿はピタッとおさめる技術だなぁ。これは練習を繰り返して身に着けるしかない。僕は案外、努力家だと見ている。ヘディングで点取れるようになったのは練習の成果だよ。

 しかし、後半は両軍とも本当にミスが多かった。まぁ、疲れだね。ミスの多さと球際の激しさの両方で、どっちも思うような攻めが作れない。『ジャイアントキリング』の何巻かに出てきそうな死闘だ。決してファンタジーもスペクタクルもないけれど、僕は嫌いじゃない。こういう試合こそ誰が戦える選手かはっきりわかる。

 目立ったのは小泉慶と守田達弥だったなぁ。小泉はいちばん可能性を感じさせた。守田は勝ち点1をもたらした殊勲者だ。彼が頑張らなかったら1-3くらいで負けていた。ともあれ勝負は痛み分け。こういう気持ちの入った試合は決着がつきにくい。よくトーナメントで延長でも決まらす、PK戦になだれ込むようなパターンだ。タイムアップの笛が鳴った瞬間、両軍選手の全員が倒れ、座り込み、ヒザに手をついていた。この拾った勝ち点1の意味は残り10試合が決めてくれる。


附記1、帰宅して録画を見て、この試合は現地で見るのとTVとでとかなり印象が違うんだなぁと面白かったです。現地で見た印象のほうが「死闘」感がある。TVだとちょっと距離を置いて見る分、ミスの多さに目が行きますね。

2、この清水戦で田中達也選手が300試合出場、山崎亮平選手が100試合出場を達成しました。おめでとうございます!

3、『Jリーグタイム』(NHK-BS1)の「オススメン」で小泉慶選手が取り上げられてましたね。レオのつけたニックネーム、「カヴァーロ(馬)」カッコいい! あと運転免許の仮免試験8回笑いました。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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