【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第272回

2015/10/8
 「すごい電車に乗って」

 J1第12節(第2ステージ)、新潟×川崎。
 父の病室を辞して、ちょっと新宿フィオーリには間に合わないなと思って、向ヶ丘遊園の実家でNHKーBS1中継を見た。うちは有難いことに(義理の両親も入れて)4人の親が皆、健在なのだが、そういう年代なんだろう、いっぺんにガクッと衰えた。父は今年、二度めの入院だ。水曜日に僕が救急車を呼んだ。川崎戦はその3日後だったから、急変もあり得る。関東サポのAさんのクルマで参戦する約束を今回はキャンセルさせてもらった。

 ちょっと脱線。川崎戦の土曜日、おかげ様で父は体調面ではかなり持ち直した。が、奇妙なことを言い出したのだ。「病院のそばに線路があるだろう。そこにすごい電車が走っててな、オレがリハビリやなんか頑張ったら乗っけてくれるっていうんだよ。主治医の先生がその電車でごほうびの旅に連れていってくれるんだ。行きは招待だけど、帰り賃がないから借用書を書いたよ」。あっけに取られた。もちろん担当医とそんなやりとりはしていない。

 どうも認知症の症状のひとつ、「作話(さくわ)」というものらしい。作話症。記憶がまだら状になったとき、人によってだが、「記憶の欠けてる部分を想像で補う」ケースが発生するらしい。虚言癖とは違う。父は想像で記憶を再構築したのだ。もちろん現実とは程遠い内容だが、本人は本当のことだと思っている。僕はしばらく感じ入ってしまった。非現実だとしても、父の空想したことだ。父は遠くへ行きたい。病室の窓から電車の音を聞いている。

 それはわかるなぁ、父さん。僕もどこかへ行きたい。新潟に行きたい。ビッグスワンへ行きたい。例え青春18きっぷの鈍行でも、上野駅を出るとき僕の心は軽くなる。自由になる。僕にはサッカーはそういうものだ。サッカーは遠くまで自分を連れ出してくれる。いつか将来、僕も動けなくなって窓の外を眺める日が来るだろう。そのときは父さんを思い出す。「すごい電車の帰り賃」だけど、喜んで僕が出すよ。だからリハビリ頑張ろう。

 
 NHK-BS1中継は大久保嘉人をプッシュしていた。前節・名古屋戦でハットトリック達成(チームも6対1で圧勝!)、川崎の好調を支えている。僕は「NHK-BSがその試合をかいつまんで何と言うか」にいつも注目している。NHK新潟の中継(は普段、僕は視聴できないのだが)と違って全国区の物言いをする。またスカパーほどマニアックじゃない。NHKが想定する「スポーツファン一般」がうかがい知れるんだなぁ。NHKは今回、「前節のハットトリックで勢いに乗る大久保と、攻撃的サッカーのJ最高峰・川崎フロンターレに注目!」という図式だった。新潟に関しては「残留のために負けられないアルビレックス」。

 まぁ、そうなんだけどね。新潟はいつもこんなだ。「残留のために負けられないよくわかんないチーム」「粘り強く戦うよくわかんないチーム」「熱狂的なサポーターに後押しされるよくわかんないチーム」。下の句に「よくわかんないチーム」をつけたほうが言ってることが伝わってくる。新潟は「対戦相手」扱いなのだ。なかなか主語にしてもらえない。やっぱり大久保嘉人や中村憲剛といったキャラの立った選手がいたほうが「スポーツファン一般」には伝わりやすいのか。

 と、いつもなら大いにフンガイするところだが、この日は実家のTVだった。いらないと言ったのに老いた母が梨をむいている。大久保嘉人ひとりだって伝わるかどうか。ましてレオ・シルバと佐藤優平が初めてボランチで組むなんて、意味自体がさっぱり通じまい。まぁ、老いた母と「スポーツファン一般」はまったく違うんだけどね、自宅(マニアックを前提としている生活)を離れてJリーグ中継を見るのは色々思うところがあった。

 試合。これがいきなり前半6分、山本康裕のシュートがネットを揺らすんだな。相手DFに当たってコースの変わるラッキーな先制点。こういうものですよ。試合は演出コンテ通りにいかない。「よくわかんないチーム」の痛快なゴールが決まって母も嬉しそうだ。ありがとうありがとう、梨サイコー旨いよ。

 が、これは野球でいえば「スミ1」だった。初回に1点取って、その後、ぱったりタイムリーが出ない展開。川崎はやっぱり完成度高いね。前半はどうにか耐えたが、怖い怖い。このまま行ったら時間の問題という感じがした。川崎はアウェーで当たったときもそうだが、剥がし方が上手い。食いつかせて剥がす。食いつかせてウラへ抜ける。新潟としてはガマンがきくかどうかだ。ガマンできればラファのカウンターで試合をモノにできる。

 ガマンできなかった。後半18分、同29分に小林悠の2ゴール。ドイツ流に表現すると「ドッペルパック」か。これはファインゴールでしたね。大久保嘉人じゃなかっただけで、悔しいかな「攻撃的サッカーのJ最高峰・川崎フロンターレに注目!」のほうは当たってしまった。

 覚えられてる相手、という感じに見えてしょうがなかった。Jリーグはスカウティングの情報網が発達していて、どこのチームも手の内はバレバレなんだろうけど、川崎に「(最初に手違いがあったが)落ち着いて手順通りにやれば勝てる」って試合をされてしまった。

 まぁね、レオと佐藤優平の「広域機動」コンビがまだ互いに距離感つかめてないっぽいとか、改善点はあるんだけどね。正直、完成度の差、力量差をともに感じてしまった。あれを耐え切るミッションはちょっと無理じゃないかな。ミッション無理っぽシビルじゃないかな。


附記1、タイトルは父の空想を拝借です。登戸駅の横っちょで父子が「すごい電車」を夢見ていると思ってください。イメージ的には新幹線の700系みたいなビジュアルかな。父は不思議なもので夢みたいなことを言ったかと思うと、30秒後にものすごく明晰なコメントを発したり、ムラがありますね。

2、「残留のために負けられないアルビレックス」は負けてしまったけど、下がもたついてくれたおかげで何とか勝ち点差をキープしています。次節・甲府戦は「残留のために負けらないアルビレックス」ですね。

3、当日は「県内大学生+同伴者の無料招待(事前申し込み)」を始め、「ゲーフラ自慢大会」等、フレッシュな企画目白押しだったんですよね。NGT48メンバーもスワン参戦でしょ。「すごい電車」で見に行きたかったな。

4、僕はこの間、『アルビレックス散歩道2014/夏の終わり 物語は更新される』単行本の追い込みでした。あ、今回から書名をつけることにしましたよ。巻末に書き下ろしの「ドキュメント大雪代替開催」を収録しました。ゴンゴン書いて原稿用紙30枚くらいになってます。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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