【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第275回

2015/10/29
「決戦」

 J1第14節、新潟×松本。
 磐越西線の車中でこれを書いている。手元には「新潟 残留へ大きく前進/端山勝利導く初G」(10月18日付新潟日報朝刊スポーツ面)の紙面。2対0快勝の松本山雅戦から一夜明けて、これから会津経由で日光を目指すところだ。ホントはこの土日と週明けの火曜日は日光アイスバックスのホームゲームなのだった。僕は運営スタッフだから松本山雅戦には特別許可をもらって駆けつけた。やっぱり見逃すわけにいかないよ。試合前の時点で15位新潟と16位松本の勝ち点差はわずかに3。勝てば降格ラインまで6差をつけられ、負ければ並ばれる。

 しかし、誰が日程を考えてるんだろうね。このタイミングで松本山雅戦を組んだ人はすごいと思う。残留争いは完全に山雅とのマッチレースだ。そして山雅こそは反町康治監督が目下、「(松本の)おとぎばなしの第1章」を紡いでいる最中のチームだ。12年前の新潟そっくりに見える。いわば新潟は「12年前の自分」の挑戦を受けるのだ。
 
 山雅は約4千人(信濃毎日新聞より)の大サポーターが乗り込んできた。公式発表になった観客数は今季最多の3万1千人強だ。新潟側だって普段より多い。が、本当にすごかったのは数の問題じゃない。気持ちの入り方が圧倒的だった。場内の空気がビリビリ張りつめていた。決戦だ。間違いなく両クラブの歴史に残る一戦。

 山雅は前節・清水戦で9試合ぶりの勝利をつかみ、更に天皇杯・湘南戦にも勝ってポジティブな流れにある。新潟は一週間のうちにナビスコ敗退、天皇杯敗退が連続し、切り替えが必要なところだ。その上、この大一番にまで敗れたら「暗黒の7日間」と語り草になりかねない。

 実は試合前、会場内で反町監督とバッタリ出くわした。反さんとは旧知の間柄だ。「勝負師としては燃えるでしょう?」と声をかけたら、これが本当に楽しそうなんだ。「どの試合も燃えてるんだけどね、やっぱり節目はね」。で、その後、うひゃひゃひゃって笑った。反さんのうひゃひゃひゃが出るときはスイッチが入ってる。戦術&工夫マニアだからね、考えて考えて楽しくて仕方ないんだね。だもんでキックオフから山雅が何をやってくるか興味津々だった。

 新潟は指宿とラファの2トップという組み合わせ。それから端山豪をこの一戦でサイドハーフに起用した。僕は(ジョーカー役ではなく)先発ラファエル・シルバっていうのはハッキリしたメッセージだと思う。「最初から行く」。これは反さんや山雅にも向けられてるし、もちろん自軍やサポにも向けられている。では、サイドハーフが山崎亮平ではなく端山君っていうのはどういう狙いだろう。山崎を切り札として取っておく意図か、それとも端山君に何か感じるものがあるのか。

 試合はとんでもなくテンション高かった。ちょっと全力すぎてヤバい。こんなテンションで最後までもつわけないと思う。どちらが先に自分らのペースをつかむかだなぁ。と見るうち、新潟が落ち着きを取り戻した。このあたりの勘どころを久々に元『週刊サッカーマガジン』編集長、平澤大輔さんの「平澤メモ」でたどってみよう。

 「松本は確かに頑張りますが、動きすぎるともいえます。チームを人間の身体に例えると、むやみに動けば動くほど、『体幹』はブレていきます。『体幹』がブレるということは、『まとまった動き』ができずに『余計な動きが増えて疲れが増す』わけで、まさにこの日の松本は時間を追うごとに失速していきます」(平澤メモより)

 いや、「頑張る」のはいいことだけど、全部メリハリなく全力プレーっていうのは単にバタバタしてるのと変わらない。たまに高校サッカーでそういう感じになってるチームを見かける。勝負どころならともかく、90分全部「ゾーンに入る」なんてことはあり得ないだろう。新潟が先に落ち着いた。ここに千金の値打ちがある。じっくり自分たちの形を作る。そうすると山雅は次第に「浮足立ってる」感じに見え始める。

 山雅は煎じ詰めると「取ったらオビナにロングボールを供給」だった。レオ・シルバが仕切る中盤でやり合うのは得策ではないと考えたのか、中盤は省略だ。ポーンと放り込んで新潟に「奪うサッカー」をさせない意図のようだった。ちょっと拍子抜けというか、どうなんだろうなぁと思う。勝負に来た感じがない。球際が特に激しいわけでも、プレスにガンガン来るわけでもない。

 但し、落ち着いて形を作りはしても、新潟は相変わらず詰めの部分が甘い。得点にはなかなか結びつかない。前半36分、エリア内でラファが倒されるシーンがあったがノーファウル。結局、前半は0対0で終了する。だけど、何とかなるんじゃないかなと皆思ったはずだ。山雅に迫力がない。セットプレーで点取ってるみたいだからそこは要警戒だけど、流れのなかは抑え切れそうだ。何しろうちには大野カズというエースキラーがいる。守備陣は高い集中力をキープしている。

 で、後半16分、試合が動いた。それが何と端山豪だ。ヤンツーさん当てたなぁ。記念すべきJ初ゴールはクラブの苦境を救うミドルシュート! 得点を決めた若武者はまっすぐ監督のもとへ駆け寄り、胸に飛び込む。場内の重苦しい空気が一気に変わった。ヤンツーさんは「こいつが決めたらいちばん盛り上がる」って選手を起用して、何たる強運か、本当に決めさせてしまった。

 しかも、山雅がぐらついた時間帯に「連打」をお見舞いした。直後の同19分、前野貴徳のFKからキャプテン大井健太郎のヘディングゴール炸裂! 歓喜の爆発だ。突き上げる歓声だ。ビッグスワン劇場が帰ってきた。ビッグスワンの魔法を誰より知ってる反さんがその魔法を復活させてしまう、巡り合わせの面白さ。

 最後にイム・ユファンを入れてCB4枚で盤石の締めくくりをしたところまで含めて、新潟がすべてにおいて一枚上だったと思う。山雅が「少し雰囲気にのまれた」(反町監督)のだとすれば、その雰囲気を作ったサポーターの勝利でもある。

 電車は磐越西線から会津鉄道、野岩鉄道に変わって、もう車窓からの眺めが絶景すぎて、さっきから「うわぁ」と何べんも言っている。満ち足りた秋の日。山々よ渓谷よ、アルビレックス新潟は「決戦」に勝利した。J1で12年踏ん張ってきた甲斐があったよ。反さんに恩返しができたよ。泣けてくるほどでっかい勝利だったよ。


附記1、この日のビッグスワンの素晴らしさは特筆に値します。まず「アイシテルニイガタ」のコレオが見事だった。それから「エルビス→アイシテルニイガタ」といういきなりのチャント。まさに「最初から行く」。本文に登場したヤンツーさんのメッセージと響き合うものでしたね。

2、『アルビレックス散歩道2014/夏の終わり 物語は更新される』サイン会は大盛況でした。ご参加いただいた皆さん、ありがとうございます。で、びっくりしたのは平澤大輔さんが並んでたことですね。平澤さんはベースボールマガジン社の10月の異動で東京へ戻ったはずだったんですよ。それをこの松本山雅戦まで色んな理由つけて引き延ばしてやんの。こうなったら東京に戻っても関東サポが離しませんよ。

3、大野和成選手、舞行龍選手、入籍おめでとうございます! 

4、11月8日(日)14時から新潟市・北書店で恒例のトークショーを開催することになりました。湘南戦の翌日ですね。入場料は千円。詳しくは「えのきど 北書店」で検索してみてください。すぐ見つかります。終了後、毎回、懇親会がセットされてて、僕はここでサポーターと話し込むのが気に入ってます。別料金が3千円かかるけど、本拠地戦の打ち上げやりましょう。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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