【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第307回

2016/9/8
 「石橋だからブリッヂ+ストーン」

 J1第10節(第2ステージ)、鳥栖×新潟。
 九州ふっこう割で旅程を組んだ。ANA便(B767機だったので、787機トラブルには巻き込まれずにすんだ)の機内、JR鹿児島本線の車中、ベアスタのプレスルームでずっと散歩道単行本の校正を見る。この時期は毎年、ゲラの束を持参して旅をしている。いつも荷物が重くなっている。今回の旅の目玉はもちろん鳥栖戦だが、もうひとつは久留米市の石橋美術館再訪であった。試合日の翌日(8月28日)、石橋美術館はその60年の歴史にピリオドを打ったのだ。

 石橋美術館はブリヂストン創業者の石橋正二郎が郷里・久留米に建設寄贈した美術館(正確には石橋文化センターの中心施設)である。青木繁、坂本繁二郎、古賀春江等のコレクションで知られる。この日、(radikoプレミアムで聴いた)FMポートで立石勇生さんが佐賀県からのメールを紹介していた。「アルビサポの皆さんを歓迎します。但し、この日は県こそ違うけどブリヂストンデーなので、試合はサガン鳥栖がいだだきますよ」みたいな文面で、パーソナリティーの立石さんは「県が違うってどこの県なんだろう。書いてませんね」と戸惑っておられた。なるほど、鳥栖市の隣りの久留米が行政区分上は福岡県だけど、同じ筑後平野にあって、在来線でたった7分しか離れておらず、ブリヂストンの企業城下町だって知られてないんだなぁ。

 僕は久留米市立日吉小学校の出身で、OB石橋正二郎の寄贈した石橋記念体育館で飛び箱を飛んだり、マット体操をした。中学生になって初デートした場所が石橋文化センターだ。青木繁の「海の幸」「わだつみのいろこの宮」には13歳で出会っている。久しぶりに見たら「海の幸」の印象が変わっていた。当時は「健康そうな漁師さんの群れに混じった青木繁が(異質な)自分はここにいるぞと自己顕示している」に見えていた。今は「土俗のなかにのみこまれようとしている青木が恐怖の表情でこっちを見ている」に見える。漁師の表情が消えていて、ものすごく怖いのだった。

 ベアスタのメインスタンドに「会社ロゴ入りサガン応援Tシャツ」を着たブリヂストン社員の一群が陣取り、ノリノリで応援していた。僕はかつて経営危機に陥ったりしたサガン鳥栖が「ブリヂストン冠デー」を開催するようになったんだなぁと感慨深い。そして「東京の転校生」だった自分は当時も「異質」をやってて、今は「敵方」をやってるんだなぁと可笑しくなった。アルビレックス新潟、サガンをやっつけろ! 同じように新監督の1年目、同じように第1ステージをチーム掌握や戦術浸透に費やした同士だ。鳥栖は第2ステージの首位をうかがい、新潟は目下足踏み状態だけど、逆になっていたって別に変じゃない。

 試合。「別に変じゃない」と言った舌の根の乾かぬうちにアレだが、思ってたのとだいぶ違った。せーので始まった五分の勝負なんだけど、鳥栖が落ち着いていて、新潟がやけにバタバタしている。見ていて「あれっ?」と違和感を覚える。鳥栖がいいリズムで攻めている。「堅守速攻型で豊田陽平だけ警戒」かと思ったら何だこのエル・カビルというモロッコ人FWは。うちはスタートから懸命の対応である。これ鳥栖かなり強ぇぞ。こうなったデュエル(一対一の局面)で戦うだけだ。気持ちで負けんなよ。

 新潟は前節・福岡戦と同じ布陣だった。僕は1トップ山崎亮平と左右のサイドハーフ指宿洋史とラファエル・シルバの関係について、あれから何度も録画を見て「インヴァーテッド・ウインガー」(中央に絞るウインガー)という意図なのかもしれないなと考えていた。それを鳥栖戦で確認したかったんだけど、もうそれどころじゃないんだ。鳥栖が攻守にアグレッシブで、型崩れしてしまう。特にプレスの激しさはすごかった。会見でフィッカデンティ監督が開口一番「戦い合ったいい試合だった」と満足げだったのもうなずける。

 僕はフィッカデンティ流のブラッシュアップを感じた。わかりやすくニュアンスを言うと「1学期、同じようにクラスで下のほうだった友達」が夏期講習でも行ったのかな、2学期に顔を合わせたらグンと力をつけていた、という感じ。寄せが早くて油断もスキもない。前後左右あらゆる方向から来る(レオが後ろから取られたりしていた!)。たぶん「奪って豊田勝負」を一歩進め、エル・カビルの要素を加えている最中なのだろう。その化学変化が起きればもっと危険なチームになるんじゃないか。

 が、この日の鳥栖は「奪って豊田勝負」だ。後半19分、(大野和成の負傷で、交代出場していた)増田繁人がミスキックをする。鳥栖・福田晃斗がカットし、ダイレクトで前線へボールを送る。このパスが見事だった。で、受けた豊田がドリブルで持ち込み、懸命に追いかけた増田をフェイントで外しシュート。これが、飛び出してきたGK守田達弥の股を抜いた。ミスキックについては増田の猛省を促したい(ノーマークだった)が、その後の福田のパス、豊田の一連のプレーが百点満点の連続だったのも不運だった。あとは「ウノゼロ」(1対0)で勝ち切る文化を見せつけられるんだよ。1点はたった1点だけど、とんでもなく意味が重い。

 ただ鳥栖は「引いて守りを固める」じゃなかった。プレスをかけ続けたんだ。基本的にはキックオフからのスタイルを堅持した。新潟は何もできなかったなぁ。甲府戦みたいな「引いた相手が崩せない」のもフラストレーションがたまるけど、こういう「余裕で対応される」のも頭にくる。あんまり調子よくなさそうな選手がずっと取られてるんだよね。後半は実質シュート0本だ。どうにかならんかったかねぇ。

 連勝はならず、これで「ヌケヌケ」(○●○●)続行である。順番でいくと次は勝つはずなんだけど、これは天皇杯2回戦もカウントするのか、それともあくまでリーグ戦の話なのか。もう頼むからリーグ戦ってことにしてほしい。次節・名古屋戦は胃のきりきり痛むような大一番となった。名古屋はついに小倉隆史GM兼監督の「休養」&ジュロブスキーコーチの昇格に踏み切った。また事実上、引退していた闘莉王をブラジルから呼び戻し、新潟戦から復帰させる予定だ。

 風雲急を告げている。クラブは鹿島戦の「20周年記念復刻版ユニフォーム付きチケット」とかで大忙しだろうけど、何とかして4万人名古屋戦で集められないかなぁ。何でもやっとく価値がある大一番でしょう。日本じゅうの注目がデンカビッグスワンに集まりますよ。


附記1、といって今週末は天皇杯・関西学院大学戦も行っちゃうんですけどね。これはこれで大いに楽しみです。

2、石橋美術館のラスト展示「石橋美術館物語/1956 久留米からはじまる。」は素晴らしかったです。九州洋画をけん引した同館の歴史は11月開館予定の「久留米市美術館」に継承されるとのことです。ただ収蔵作品はそのままというわけにいかないらしいですね。

3、関係ない話。知人サポのAさん(A倉さんでもいい)が鳥栖市内の格安ビジネスホテルを見つけて、今回泊まったんですよ。ひとつ気になったのは値段的にはホントに安いんだけど、「わけあり、男性限定」ってネットに出ていた点なんですね。僕は「きっとお化けが出るんですよ。女性客には怖すぎるんですよ」とビビらせてたんだけど、これが行ってみたら専門学校生やなんかが寮代わりに使用しているホテルだったそうです。「異性立入禁止」って書いてあったりして面白かったとのこと。男性サポの方は次回いかがでしょう?


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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