【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第308回

2016/9/15
  「J1をやっつけろ!」

 天皇杯2回戦、新潟×関西学院大。
 この日は想定外の動きになった。JR高崎線が人身事故の影響で止まってしまい、けっこう待ってみたんだけど、キックオフに間に合わないことが確定してあきらめたのだ。青春18きっぷの弱点だ。天皇杯はNHK-BS録画を見ることにして、急きょ方針変更、日光アイスバックスのプレシーズンマッチへ向かった。アジアリーグ・アイスホッケーは開幕まで2週間だ。アリーナに着いたらいきなり台本を渡されて、場内MCを頼まれ「聞いてないよー」状態だった。

 だから試合録画を見たのは翌日のことだ。家のHDD録画が90分で終わっていて、延長部分を知人に借りに行ったりしたので、何だかんだで日曜日がつぶれた。まさか延長戦までもつれるとはねぇ。さすが去年の「大学4冠王者」というべきか、新潟のふがいなさを嘆くべきか。新潟は例年、早々と天皇杯で敗退している。「いつかJ1と試合するところが見たい」とサポが愚痴るほどだ。下部リーグ相手に負けてもあんまり「ジャンアントキリング」感がなくなってしまった。猛暑のなか(バックスタンドの直射日光を避けたりして)声援を送ったサポーターの脳裏に「今年は大学生にやられるんじゃないだろうな…」という不安がもたげただろうことは想像に難くない。

 僕は去年のインカレで「4冠王者」の関学を見ている。NACK5スタジアムの準決勝カード、明治×関学だった。去年は慶応の端山豪が見たくてインカレの取材申請をしていた。取材許可は大会を通じてのものだったので、慶応が姿を消した後も足を運ぶことにした。NACK5のスタンドで注目したのは応援の関学サッカー部員が「WE ARE 0NE」Tシャツを着ていたことだ。それが関学のチームスローガンらしい。試合では両校のサイドバックが大変気に入った。明治の室屋成と関学の高尾瑠(りゅう)だ。

 が、試合録画の関学は想像を超えていた。積極性があって勇気があって、ホントに素晴らしいチームだ。いや、申し訳ないけど見てるうち、だんだん関学寄りの心情になって来る。J1をやっつけろ。学生相手にブラジル人3人も揃えやがって卑怯だぞ。僕でさえそんな気になりかけたくらいだからNHK-BSを見た全国のサッカーファンは完全に関学を応援していたと思う。

 新潟は同じサイドを破られる。守備面の課題は顕著だ。(体力勝ちした延長戦を別とすれば)90分の戦いでは関学が優勢に試合を進める。ブラジル人の「個の力」がなければ負けていたに違いない。特にラファエル・シルバの「スイス時代も含めてプロ入り自身初」というハットトリック達成(正確にはハットトリック+1達成)が圧倒的だった。

 つまり、戦術面では攻守とも新潟は関学に後れを取っていたと言わざるを得ない。失点した形を修正できず、相手の守備ブロックを打開できない。NHK解説者の早野宏史さんには「ポゼッションサッカーの弊害」という苦言を頂戴した。ボールを持っても後ろで回してるだけで怖さがないというのだ。一方、関学は「パス・アンド・ゴー」「パス・アンド・ムーブ」が徹底されていた。2列目からの飛び出しで決定機をつくられる。

 延長前半ロスタイムに大きな場面が訪れる。DFラインを突破されたシーンで、キャプテン小林裕紀が身を挺して止めに行ったのだ。ファウル覚悟のぎりぎりのプレーだったように見えた。小林はレッドカードをもらって退場、以降、新潟は10人での戦いを強いられる。

 チームは延長後半、2得点して勝利したのだから、この退場劇がチームに火をつけたという見方もできる。あるいは大学生は(足がつる等して)限界だったとも言える。まぁ、何が勝敗を分けたのかはモノサシというのか物の見方の部分だ。つまり、サッカー観だ。試合後、会見の質疑応答で吉田達磨監督は注目すべきコメントを発している。

Q、延長前半に小林選手が退場しましたが、あの場面で退場しながらも結果的に失点しなかったことが勝利につながったと思います。その点はいかがでしょうか?

A、おそらく彼自身のライン操作のところでちょっとミスがあったということと、17番の選手はスピードがあるという情報は持ってたんですけど、間に入られて、後半の最後に取られたようなセンターバックの間を割られて行くようなシーンでしたが、結果として彼の退場があそこで生きたと思います。ただ、プレーに関してはミスもあって、運もあって、10人で戦ったということに対しての評価というのはちょっとできないですけど、僕の考えはトーナメント戦でも、時間帯にもよりますけどリーグ戦でも、自分の選手が1人減るよりは失点するほうを選びます。なので、これからは事前に気をつけてほしいですし、「自分が11分の1だ」ということをしっかり全員に思ってほしいなと思います。

 「結果として彼の退場があそこで生きた」と評価しつつも、自分のサッカーはあくまで別の考え方だと言い切っている。自分は運を排除する。数的不利は避けるのだと。「1人減るより失点するほうを選ぶ」はすごいフレーズだ。僕もあまりの表現にしばらく頭くらくらした。が、ここには「崩して(数的優位の局面をつくって)点を取る」思想や「チームとして戦う」精神が含意されているだろうと考えた。この会見には出たかった。直接、生きた言葉として聞きたかった。


附記1、3回戦は上野展裕監督のレノファ山口に決まりましたね。9月7日の2回戦(福岡戦)は熱い試合でした。かつて新潟ユースの監督や、トップチームの監督代行を務められた上野さんと「オレンジダービー」で再会できるのを喜んでいます。

2、しかし、関学ファンになったなぁ。インカレ出てきたらまた見に行きたい。一気に3枚替えしてきた成山一郎監督に「勝負師」を感じましたよ。

3、週末は運命の名古屋戦ですね。達磨さんの天皇杯会見コメントも随所に名古屋戦への思いがにじみ出ていました。僕が当コラムを担当するようになって1、2を争う重要な試合ですね。悔いのない戦いをしましょう。そして勝ちましょう。

4、僕はこの原稿を送付したら台東区立中央図書館&生涯学習センターへ「柴田収蔵日記」展・スライドトークを見に行こうと思います。柴田収蔵は詳細な地図作製で知られる江戸時代の蘭学者・地理学者で、佐渡の人ですね。新潟はこういうとてつもない学者を何人も生んでる土地で、僕はいっぺん阿賀野市立吉田東伍記念博物館にも行ってみたい。五泉からバスですよね。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

アルビレックス新潟からのお知らせコラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動がさめる前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!

photo


ユニフォームパートナー