【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第315回

2016/11/2
 「アルビ引込線」

 J1第15節(第2ステージ)、新潟×浦和。
 第三舞台の大高洋夫さんと東京駅で待ち合わせた。大高さんとは同い歳。昔、フジテレビの深夜番組(確か『たほいや』か『征服王』だったと思う)で共演して以来の仲だ。何だか知らないが意気投合して収録後うちへ遊びに来た。そのときはボクシング・薬師寺保栄の世界戦の録画を一緒に見たりして、その次に来たときはナンシー関らと皆でおでん会をやった。で、長岡出身でもあるし、僕がアルビに引っ張り込んだ。W.P.キンセラの小説タイトルを模していえば「アルビ引込線」というわけだ。

 人生には色んな引込線があるんだけど、僕らに共通していえるのは「学生時代、決定的な引込線を経験した」ということだ。本線のまま走ってたら二人とも会社員だったろう。僕は中央大学で学生ミニコミ誌を創刊し(漫画『BOYS BE…』原作の板橋雅弘らがいた)、大高さんは早稲田大学で鴻上尚史と出会い、芝居を始めた。それを夢中で続けるうち一生の仕事になっていた。

 この日、上越新幹線は僕らにとって「アルビ引込線」だった。大高さんは芝居の稽古期間中、一日だけ空いたオフを浦和戦に当てた。大胆な行動だ。だって対浦和は極端に分が悪い。(去年のナビスコ杯大勝がスポーツ紙1面を飾るくらい)星勘定は最悪だ。しかも、この日浦和はステージ優勝がかかっていて、ボコられた上、歓喜のセレモニーを見せつけられる可能性まであった。何が「アルビ引込線」なものか。行きも帰りもウキウキ状態の「赤い人たち」に囲まれているじゃないか。自分のなかの打算的で大人っぽい部分がそう告げるのだ。

 が、僕らは勝手に引き込まれることにした。「苦しい残留争い」も「強豪との3連戦」もこの際知ったことか。話はシンプルだ。新潟に勝ってほしいから応援しに行く。大高さんにはずっとチームの様子を知らせてきた。今季の悪戦苦闘にはずっと心を痛めてくれていた。大高さんはサッカーに関して多くを知るわけじゃないが、驚くほど正確な理解を示すことがある。

 ブレーク期間の片渕浩一郎監督の練習風景。大声で指示を飛ばす。「レッズはゴール前どんどんつないでくるぞ! よく見て!」「ラファのスピードは絶対だから阿部、遠藤問題ない!」「6秒の間に攻撃!」「攻撃してシュートを外した後、レッズは逆襲して確実に決めてくるから、攻撃した後に注意しろ!」 言葉がストレートでわかりやすい。
 と、知らせたときの大高さんの感想。
 「名将の鉄則! 演出家・監督も同じ。何云ってるかわからない演出に役者は動けないもん(笑)」

 ビッグスワンの大観衆にとっても「片渕アルビ」は初お目見えだったのじゃないか。アウェーの磐田戦を見に行けた人は数限られている。早く見たい。就任以来発しているメッセージは胸を打つものだ。この監督、このチームを何が何でも支えたい。その想いが会場を包んでいた。そこに存在する何万という「アルビ引込線」よ。いい引込線だ。引き込め引き込め震える気持ちのままに。大高さんはスタジアム通路からスタンドへ出る瞬間の、景色がいきなり広がる感じがたまらないという。無根拠に言い切った。「勝つな、これ」。

 しびれる大一番が始まった。生中継はNHK総合とNSTの2局が地上波、スカパーが衛星波と動画配信、FMポートがFM波と音声配信。優勝セレモニーのために村井満チェアマンも駆けつけていた。片渕さんの採ったシステムは5バックと4バックの「可変潟」だった。第1ステージ、埼スタで効果を挙げたやり方だ。但し、「奪ってタテに速く」の意識づけは徹底されていた。印象をひと言で表せば「果敢」。守りを固める5バックではなく、ラインを高く保ち、奪ったらすぐ展開する構えだ。

この試合は小泉慶抜きに語れない。最初の失点は彼がラインコントロールに遅れた。前半7分、あっさり興梠慎三のウラ抜けを許す。早々の失点にしばらく後手後手の時間帯が続いた。ここで続けざまに失点し、試合が壊れてもおかしくなかったと思う。が、壊れなかった。選手が局面で戦ったのだ。その象徴が誰かというと小泉慶だ。大殊勲だ。終盤、足がつって交代するまでトイメンを完全に抑え込んだ。

 チームに勇気をもたらしたのは前半15分、ラファエル・シルバが敵パスをカットして、自ら持ち込んだゴール! 直前のルヴァンカップ決勝でG大阪、アデミウソンが単騎突破したのと形がよく似ている。片渕さんとしては狙っていた形だ。狙いがハマッたことでチームは自信と落ち着きを取り戻した。隣りで大高さんがチャントに合わせて手拍子を打つ。好調の浦和相手に大健闘だ。

 が、大健闘ではいけない。勝ち点が必要だ。後半、1対1のスコアのまま推移し、難しいところだった。勝ち点3を狙うのか、1を確保するのか。後半33分、交代出場の鈴木武蔵が美しいヘッドを叩き込むがオフサイド。大高さん立ち上がってガッツポーズしたのになぁ。「勝つな、これ」「勝てるな、これ」。自分に言いきかせるように言ってる。僕もワンチャンスで勝てる気がしていた。

 そして終盤起きた事態は片渕さんの想定していたものだ。聖籠での指示「攻撃してシュートを外した後、レッズは逆襲して確実に決めてくるから、攻撃した後に注意しろ!」。後半45分、松原健のクロスに武蔵が合わせるが決められず、そこからカウンターで興梠の決勝ゴールを食らう。勝ち点は3でも1でもなく、0になった。

 試合後、気持ちを見せた選手らに惜しみない拍手が送られた。僕と大高さんはNスタンド側まで近寄って、拍手に加わる。大高さんはずっと悔しそうだった。「絶対残留させたい」と帰りの新幹線まで言ってた。「アルビ引込線」により強く引き込まれたらしい。敗れはしたが、チームはそれだけの戦いをしたのだ。


1、試合前、Eゲート前広場で選手へのメッセージを募っていて、大高さんと僕は早川史哉選手に激励を送りました。あらためてがんばれ史哉! がんばれ28番!

2、この浦和戦が野津田岳人選手にとって「今季ラストスワン」でした。ゴールを決めたかったと思います。じゃその分ですけど、吹田で2点決めてもらいましょう。

3、あと1週間で結果が出るんですよね。悔いのない戦いをしましょう。片渕アルビを全力サポートしましょう。連勝すれば自力残留です。一戦一戦、やり切るだけです。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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