【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第326回

2017/4/27
 「川中島決戦」

 J1第7節、甲府×新潟。
 三浦文丈監督のスーツ姿を見て、常ならぬ決意を感じた。大一番だ。この試合は何が何でも勝たなくてはならない。6節を消化して未だ勝利がないのは新潟と大宮、2チームだけになった。これ以上、結果が出ないと現場は風圧にさらされる。しかも、相手が「吉田達磨ヴァンフォーレ」だ。同じ「プロビンチャ」(地方の中小クラブ)である甲府が、今季、その命運を達磨さんのサッカースタイルに托した。新潟が去年取り組んで、断念した道だ。新潟はその後、「新潟らしさ」の自縄自縛に陥っている。

 大きな問いを投げかける試合になる。新潟が正しいのか甲府が正しいのか。DAZNのもたらす新時代に生き残るのはどちらの地方クラブか。「プロビンチャ」は「弱者の戦法」に特化すべきなのか、それとも新しいスタイルに変わり得るのか。

 それから僕にはもう一つ問いがあった。まだフミタケさんのサッカーが見えないのだ。一体、フミタケさんのサッカーって何だ。単純に「ポゼッション志向→カウンター回帰」という、新潟の振れ幅の図式に当てはめていいのだろうか。僕の知る現役時代のフミタケさんのプレースタイルは、むしろファンタジーのほうを向いていた。どうしてあの劇的なキッカーが「リアリズムの信奉者」におさまってるのかがわからない。僕にはまだ見えてないものがあるような気がした。

 見えていないものを見るにはどうしたらいいか。勝つのだ。勝てないものは残らない。僕は「リアリズムの信奉者」の次を見せてもらうために、フミタケさんにはリアリズムに徹してもらいたいと思っていた。スタメンが発表になって驚いた。キャプテン大野カズを外した。センターバックは富澤清太郎とソン・ジュフン。そしてボランチの一角にロメロ・フランク起用。まさにリアリズムだ。勝利のために遠慮も配慮も無用ってとこだ。肉弾戦やりますよ、とスタメンが告げている。

 小瀬は春風に包まれた。桜の花びら舞う、まさに決戦の舞台。試合がスタートして、僕はアルビが積極的にプレスに行くので興味津々である。こんなに前からプレッシングに行った試合はあんまりないんじゃないか。開幕当初は「引いて守って、ロングボールでホニを走らせる」だったものが「プレッシング→ショートカウンター」のスタイルになっている。まぁ、90分全部これをやるには今日は暑すぎるか。とりあえず入りの時間帯はこのスタイル。プレスをかけて雑なパスを引き出し、ボール奪取する。ほぼ敵陣でサッカーをしていた。

 面白かったのは敵将・吉田達磨さんのコメントだ。会見で僕が挙手をして「手の内を知ってる&知られてる相手とやるのは、やりにくかったかやりやすかったか?」ということを質問した。と、達磨さんは「立ち上がりでもなんでも、新潟がプレッシャーに来るかなというのはちょっと思ってたんで、それがほとんどなかったというのは僕もちょっと驚いて、すかされたいうのはちょっと感じました」と言うのだ。どうも「プレスに来たらはがす」というイメージを持っておられたらしい。僕は今季のアルビで(立ち上がりに)あんなプレスに行った試合ないんじゃないかなと思った。まぁ、これは「プレッシャー」「プレス」という言葉の定義をすり合わせるべきかもしれない。

 プレッシャーをかけた効果はさっそく出た。前半11分、CKのチャンスを獲得する。キッカーはチアゴ・ガリャルド(この日、ベリーショート御披露目!)。ポーンとファーに蹴って、それを富澤が折り返し、エアポケットのように空いたスペースでルーキー原輝綺が倒れ込みながら合わせる。打点が超低いヘディングゴールだ! 原プロ入り初ゴールが今季新潟の初先制点! みんなぺんぺん原の頭を叩く。ひとしきり終わった後、キャプテンマークの小泉慶がぺんぺんする。原は初々しい笑顔だ。このルーキーは持ってる!

 始終敵陣でサッカーができたのはその時間帯だけだ。前半はそこから押し返され、ゴール前でフリーを作られたり、オリヴァー・ボザニッチにすんごいFK蹴られたりした。ちなみに巻いてニアに飛んでくるそのFKはGK大谷幸輝が好セーブ! その後はホニが再三、仕掛けていた。甲府はプレスが一段落したと思ったら、今度はホニの対応に追われる後手後手ぶり。先制するっていいねぇ。相手が出てくるところを「寄らば斬るぞ」と構えていられる。スキあらばガリャルド→ホニで居合い斬りだ。1点リードで折り返し。

 後半開始早々、そのホニが大チャンスを演じる。スルーパスを受けてDF2人をかわし、敵GK岡大生までかわしてシュートを放つ。が、ポストに弾かれた。あれは決め切ってよ、と言いたいところだが、そこまでの高速ドリブルにびっくり仰天だ。何という凄い選手だろう。この日は気持ちが入っていて、ゴール裏をあおるシーンもあった。ていうか、小瀬の応援席、アルビサポでぎっしりだ。1500や2000人いたんじゃないかな。公式戦未勝利のチームを見捨てない熱の塊(かたまり)ども。ホニのポスト弾に大きくのけぞる。大丈夫、この後、貴章が最高のプレーを見せるからさ。サッカーを見てきて人生悔いなしって思わせるからさ。
  
 後半7分、左CKから矢野貴章が打点の超高いヘッド一閃! 敵GKの手より高い。ドーン! サポーターの目の前だ。歓喜が弾ける。ベンチ前ではフミタケさんが拳を突き出している。フミタケさんはコツコツとセットプレーの練習を積み重ねてきたそうだ。決めた貴章が言っている。「ずっと練習してきた形が結果に結びついてよかった」。僕らは新潟がセットプレーでやられるのは何度も見てきたが、セットプレーで2点取るのは久しく見ていない。最高じゃないか。踊り出したい気分だ。

 2点先制もしびれるけど、僕はこの試合の完封を評価したい。大谷GJ! そして鬼神の働きを見せた小泉慶、闘志満点のロメロを称える。4バックも(考えたら両SBで得点してるが)よく闘った。ドゥドゥの追い込み方、遅らせ方は研究の跡を感じた。この大勝負のために皆、心血注いで準備したのだ。何が何でも勝たなきゃならない試合とはこんなもんだ。

 終盤、ホニ、ガリャルドを下げた後は逃げ切りに入った。大野和成を入れて5バックで守る。ただ「はい、ここから守りますよ~」というバランスは微妙だった。敵がパワープレーで来たこともあり、守勢一方になる。上位勢ならもっとつけ込んで来たと思う。甲府にも何度かヒヤッとするシーンをつくられたが、基本的にはタテに入れられないよう警戒すれば、達磨サッカーは外で回してくれる。それでだいぶ時間が使えた。

 タイムアップの笛が鳴って、フミタケさんはまずベンチスタッフの労をねぎらった。そして選手の奮闘をねぎらった。僕はチームがいちばん苦しいところで皆、同じほうを向いていたのを知る。この一体感が永遠のストロングポイントだ。これがアルビレックス新潟。皆、あらためて思い知った。ひとつ勝つのはこんなに大変なことなのか。ひとつ勝つのはこんなに嬉しいことなのか。


附記1、山梨中銀スタジアムからバス停へ向かう道が桜並木で、まるで芝居の花道みたいでした。桜吹雪の舞い散るなかを、勝者として引き上げる感激ですよ。あんな盛大に花びら舞う道はなかなか歩けません。感無量でしたね。

2、大野和成は悔しかったでしょう。そして好漢カズは他の出られない選手と一体となってチームを後押しした。交代出場したときは張り切っていました。カズの気持ちが一切ブレなかったことも勝因のひとつです。チームメイトはその姿を見ていたと思います。

3、小泉慶が本当に素晴らしくなかったですか? 陰のMVPでしょう。

4、次にホームで甲府と相見(あいまみ)えるのは11月18日ですか。そのとき両軍はどう仕上がって、どんな順位にいることでしょうか。そのときもこのカードは大きな問いを投げかけるでしょう。僕らはひとつの勝ちに安心せず、これを続けていきましょう。次の試合が大事ですね。
 
 
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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