【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第328回

2017/5/11
 「あの頃と今とこれから」

 J1第9節、新潟×柏。
 翌日の新潟日報の見出しが「神様神様 新潟にゴールを/シュート12本実らず連敗」(5月1日付朝刊運動面)である。いかにフラストレーションのたまる試合だったか。決定機自体は沢山つくってるのだ。出来が芳しくなかった前半でさえ2回はつくった。後半なんか何で決まらないのか、決まらないほうが不思議だというくらいのシーンが連続した。
 ひとつには敵GK中村航輔が当たっていたのだ。神がかりとしか言いようのないセーブがあった。まぁ、だからこそその鉄壁のゴールを破りたかったと思う。間違いなく1点取ったらスタジアムの空気が弾けたはずだ。

 それは安英学さんの引退セレモニーがもたらしたものだ。スタジアムに最高の雰囲気をつくってくれた。「ただいま」で始まった心のこもったスピーチは、当時のヨンハのプレーを知る人も、クラブレジェンドとしてのみ名前を知る人も同じように魅了した。戦い抜いた男の顔は何と清々(すがすが)しいことか。

 サポーターは自然と同じことを考えた。ヨンハに恥じない試合をしたい。ヨンハを失望させたくない。彼の愛したクラブが駄目になったと思ってほしくない。観客動員は大幅に減ってしまった。4万人どころかこの日は2万を切っている。それでもひたむきなプレーはできるはずだ。泥臭く身体を張り、決して手を抜かない新潟スタイル。それが連綿と続いているとヨンハに感じてほしい。

 まぁ、ミもフタもない言い方をすればこれは感傷である。ロマンティシズムであり、ファンタジーだ。といって感傷やファンタジーで何が悪いという気持ちもある。それはもちろん「現実の2017年シーズン」を戦う選手らをノスタルジーの色眼鏡で見ては申し訳ないと思う。「あの頃のアルビは頑張ってたのに今のお前らは何だ!」的な論法はあまり意味がない。「高校時代はあんなに楽しかったのに今は何だ!」と自問しても意味がないのと同じだ。

 それでも今の新潟には何かが足りない。もちろんいちばん足りないのは(特にホームの)勝利だが、それ以前に何か大事なものが欠けてしまったように思える。皆、それを感じるから次第にスタジアムから遠ざかるのだろう。そして不屈の安英学に魅かれるのだろう。スタジアムはヨンハを触媒に化学変化を起こしていた。皆、燃えたいのだ。ひとつきっかけがあれば燃え上がったに違いない。

 が、前半は良くなかった。前節・FC東京戦同様、早々にFKから失点(前半10分)。蹴ったのはクリスティアーノに見せかけて手塚康平だった。結果的に「魂の継承」ストーリーは柏にまんまと持っていかれる。かつてヨンハがつけていた17番を今、背負っているのが手塚なのだった。しかもJデビュー戦で初ゴールだ。

 ただ僕はそれが何だよとも思う。自分も含めて記者っていうのはそういうのを書くのが好きなのだ。「奇しくも同じ背番号」それだけの話だ。うまくまとまるからって丸め込まれちゃいけない。

 それよりも新潟は失点して臆病になった。自信を喪失してテンションが落ちた。これはぜんぜん駄目だよ。それこそヨンハに見せられない。失点に至ったファウルも選手がかぶったりして、連携がいかにも悪かった。それでヤバイぞヤバイぞって感じだったのかもしれない。こんなとき、風よけになってくれる選手がいたらなぁ。

 ただね、三浦文丈監督と選手らの名誉のために書き記すが、後半はガラッと良くなった。ハーフタイムコメントを読んでも特別なことは言ってないから、とにかく気持ちの整理をつけさせたと思う。戦うしかないとスッキリした感じだった。後半は食らいついていった。セカンドボールを拾った。局面が変わる。一転、新潟ペースの試合になる。

 この試合はチアゴ・ガリャルドを左に出して、ホニと山崎亮平の2トップだった。僕は成功していたと思う。タッチライン際でプレーすると(何しろタッチライン際なので)自分より左からはプレッシャーが来ない。前後左右からプレッシャーを受けるトップ下とはそこが違う。柏はチアゴが厄介だったはずだ。攻撃に幅が生まれていた。加藤大が生き生きしていた。もちろんホニのスピードは超人的だった。

 たぶん読者は試合終盤(交代選手投入後)、なーんも起こらなかったせいで納得いかない試合だったと思う。試合後はブーイングが飛んだ。勝てなかったのだから仕方のないことだ。だけど、フミタケさんはいいトライをしたと思う。「左チアゴ」が対柏の戦術なのか今後も採用されるのかはわからない。たぶん守備との兼ね合いになるはずだが、僕は面白いと思う。このサッカーをブラッシュアップしたらどうだろう。

 問題は負けという現実だ。僕も新潟日報と同じで「神様神様」と呼びかけたい。自信を打ち砕かないでくれ。今、出来かけているものなんて、チーム内に不信が生じればカンタンに崩れてしまう。僕は攻撃に関しては今季いちばん高い点をつけたい。自信がついたらグンと良くなるはずだ。そして自信をつけるには勝利が必要だ。


附記1、安英学選手、おつかれ様でした。せっかくいい雰囲気をつくってもらったのに勝てなくて残念です。新潟は君のホームです。いつか何かの形で戻ってきてくれるのを多くのサポーターが望んでいます。

2、原輝綺選手、U-20代表入りおめでとう。20日開幕のU-20W杯楽しみです。しばらくオレンジのユニ姿は見られないけど、大舞台での活躍を祈ってます。

3、新潟日報の「神様神様 新潟にゴールを」は思い切りましたねぇ。アイデアの出どころは何だろう。僕の世代はチェッカーズを連想しますね。だけど考えてみると『ロマンスの神様』とか『トイレの神様』とか色々あるなぁ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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