【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第329回

2017/5/18
 「現実は正解だ」

 J1第10節、川崎×新潟。
 ご存知の通り、アルビレックス新潟は5月7日、三浦文丈監督の休養と、それにともない片渕浩一郎コーチが暫定的に指揮を執ることを発表した。三浦監督は成績不振を理由に辞任を申し入れた模様だ。クラブは2年連続で監督を途中交代させることになる。また10節(1勝7敗2分、勝ち点5)での退任はJ1昇格後、最短命の政権である。同会見の席上、中野幸夫社長が「責任は監督だけにあるのではなく、社長である私や、選手も共有しなくてはいけないもの」と言われた通り、チーム構想(監督選び、編成)も含めた全体を検証しなければならないと思う。立川談志の名文句じゃないけれど「現実は正解だ」。監督経験の少ない(J3で1シーズンのみ)フミタケさんには荷が重かったのだ。

 建前で終始してもしょうがないから「休養→退任」前提で話を進める。三浦文丈監督最後の采配となった10節・川崎戦だ。最後は寂しいものがあった。僕は試合後、ゴール裏へ挨拶に向かうフミタケさん(異例のことだ!)の姿を見て、そのまま等々力競技場を後にした。あぁ、これはお辞めになるんだなと直感した。だから、監督会見に出られないのが心残りだった。18時から浜松町・文化放送で生放送の仕事が入っていたのだ(だから、日本で最初に「三浦文丈監督は退任される様子だ」という情報が電波にのったのは文化放送『スポーツスクエア SET UP!』だ。番組冒頭で僕が話をした)。

 この日はホニ欠場の衝撃からスタートする。メンバー表からホニが消えた。練習中、太腿の打撲(いわゆるモモカン)を負ってしまったのだ。等々力には帯同しなかったそうだ。一大事だ。「戦術ホニ」と評判になるくらい圧倒的だったチームの武器が消えた。代りを託されたのは鈴木武蔵だ。まぁ、累積等でいつかはこの日が来ると覚悟はしていた。ホニ不在で今のチームはどれだけ闘えるだろうか。

 試合は苦しかった。入り自体はまずまずだったが、次第に自陣で対応する時間が増えていく。そこに更なる不運が重なった。前半28分、肉離れで矢野貴章OUT→川口尚紀IN。もちろん事柄自体は「尚紀がんばれ!」案件だが、不可抗力でホニ&貴章とチームの柱が消えたショックである。頭くらくらした。これはツキがない。

 失点はチャンスの直後だった。先に新潟の大チャンスがあったのだ。川口尚紀が奪って前へパスを送る。受けたチアゴ・ガリャルドが強烈なシュートを放った。川崎GKチョン・ソンリョンがどうにか弾いたこぼれ球に山崎亮平が足を伸ばす。が、もうひと息で合わない。惜しい。たぶん一瞬の緩みが生じた。川崎はそこから反撃に転じたのだ。

 この失点シーンは元「サッカーマガジン」編集長、平澤大輔さんに振り返ってもらおう。平澤さんはもちろんこの日、等々力に駆けつけた。読者のなかに監督交代でスッとされてる方がいたら吟味精読されたい。サッカーは単なる人事ではない。正確に言うと人事でもあるけれど、ピッチ上の事象で語るのが本筋だ。僕は平澤さんが「サッカーのことはサッカーで語ろう」と言ってくれた気がする。

 「三浦文丈監督も選手たちも、共通していたのは最初の失点(40分、ハイネル)への悔恨でした。序盤はこちらのペースだったのに、あの失点で崩れた、というのがピッチの実感のようです。
 三浦監督は、前の選手が前からプレスをかけに行き、後ろの選手は下がって構えたので、その間が間延びしてスペースを与え、そこを使われたと分析しました。

 「(えのきど注、大チャンスの直後に)そこで一瞬、集中力にも空白が生まれたように見えました。それを示すのがセンターサークル付近の対応でした。 
 小林にボールが入ったときに、ボランチがすかさず止めにかかります。いけなかったのは、小泉とロメロの両方が同じタイミングで突っ込んでいったこと。小林はこの動きを利用して(自分に向かってくる2本の矢印をいなして)2人の間を通す巧みな右前へのパスを送りました。そのボールの行き先が、三浦監督の言う前と後ろの意識の違いで生まれたギャップでフリーになっていた阿部でした。阿部は、一度外に出るふりをして右から中にスプリントしたハイネルの足元にピタリとパスをつけてゴールを生み出しました。川崎が悪いリズムを断ち切るべく、4-2-3-1から阿部と小林の2トップの4-4-2にしてハイネルを右に置いたことも奏功しました。
 
 「原くん自身が悔やんだように、ハイネルの動きについていけなかったことは大きなミスです。ただ、この失点はチャンスの後にできた一瞬の集中力の欠如と、その結果として(焦って?)ボランチが2人で突っ込んでしまった判断の甘さが原因だと思います。この失点については、ひと通り報道を見ると、「前」と「後ろ」の意識の差ということで分析は終わることになりそうですが、それよりも、あえて酷な言い方をすればボランチが普通に対応していればなんのことはなかったのではないかと思うのです。
 
 「前節の柏戦でも富澤とソンが仲良く一緒にボールに突っ込んで相手にFKを与え、それを直接決められています。守備の中枢であるセンターバックとボランチが2試合続けて同じような凡ミスを犯す。チーム戦術を語る前の、個人戦術の問題です」(平澤メモより)

 後半は悲しくなる内容だった。敵のスコアが書き替えられるたび、チームが怖じ気づき戦意を失っていく。ため息が出た。僕は置いてかれちゃったなぁと思った。残念ながら認めるしかないだろう。この日見せたアルビレックス新潟の戦闘能力・士気は、J1のアベレージから遠い。言いたくないけどお茶を濁してただけだ。敵地に集結した3500人超のサポーターの目にしたものが「戦意喪失」だったなんて。僕は三浦文丈監督が終わるんだなぁと思った。フミタケさんひとりの責任ではないけれど、こうなってしまっては幕を引くしかない。

 翌日(6日)の土曜日には海外サイトのコピペが回り、呂比須ワグナー氏がJリーグからの監督オファーを受け、所属クラブ(ブラジル2部パラナ・クルーベ)を電撃辞任したとの情報がSNSに乗った。さらに翌日曜日(7日)にはスポーツ新聞各紙が「三浦監督退任→呂比須氏に交渉中」を記事にする。昨オフの「影山雅永氏、有力候補に」のときも思ったが、以前はこの手の情報を新潟は絶対外に出さなかった。
 新聞休刊日明けの火曜日(9日)、新潟日報が1面から運動、社会面までを使って多角的に監督退任とクラブの迷走を報じる。水曜日(10日)には「J1新潟、呂比須氏が新監督に/交渉が基本合意、20日から指揮」(共同通信)が配信された。

 時は止まらない。「三浦文丈アルビ」の時代が過ぎ去ってしまう。ボールは丸いのだ。どこへ転がるかわからない。そしてサッカーは続く。勝者にも敗者にも、得意の人にも失意の人にもフェアに明日がやってくる。
 フミタケさん、おつかれ様でした。7節・甲府戦の会見場での笑顔を思い出します。あの笑顔をもっと何べんでも見たかった。ここまで本当にありがとうございました。


附記1、今週のコラムタイトルは立川談春さんの自伝的小説『赤めだか』に出てくる、談志師匠の金言です。ガツンッと殴られるような言葉です。僕は何度もこの言葉に立ち戻り、自分の居ずまいを正します。「よく覚えとけ。現実は正解なんだ。時代が悪いの、世の中がおかしいと云ったところで仕方ない。現実は事実だ。そして現状を理解、分析してみろ。そこにはきっと、何故そうなったかという原因があるんだ。現状を認識して把握したら処理すりゃいいんだ。その行動を起こせない奴を俺の基準でバカと云う」。

2、僕は7日、J3第7節「YS横浜×鳥取」(ニッパツ三ツ沢)を取材したんですが、この試合のマッチコミッショナーが若杉爾(ちかし)さんでした。だから三浦監督の退任発表後、初めて「大変なことになりましたね」と話をした新潟サッカー関係者は爾さんでした。

3、10日はさっそくルヴァン杯C大阪戦(キンチョウ)でしたね。また片渕監督代行、内田コーチにチームを救ってもらうことになりました。試合は0対1で敗れたけれど、闘争心は立て直せてたと思います。浦和戦は必ず駆けつけますよ。片渕さん内田さんには去年の恩があります。
 
 
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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