【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第331回

2017/6/1
 「最下位からの挑戦」

 J1第12節、新潟×札幌。
 呂比須ワグナー監督の初陣である。練習は実質4日。大きな戦術的修正は6月上旬の国際マッチデー・ブレークまで望めそうにない。週半ばから「呂比須アルビ、本格始動 負けられぬ”初陣”前に公開練習」(5月18日付産経新聞)のように一般紙にも報道が出た。呂比須監督の知名度の高さを物語っている。同記事は「守り重視の新陣形」として4-2-3-1のフォーメーション採用を報じており、「うわ、一般紙にまで出ちゃってるよ」と少々心配になった。当然、札幌・四方田修平監督は報道等を通じ、情報を仕入れていたと思う。

 クラブ史上、そう何度もない大一番だ。単独最下位から「上位のJ1昇格組」を迎え撃つ。過去、この時期にこれほど追い詰められたことはない。ざっくり勝ち点計算をすると、呂比須監督はここから5割ペースにチームを復調させなくてはならない。まずは気持ちである。約2000人のサポーターがビッグスワン正門付近に集結、断幕やゲーフラを掲げチャントを歌ってチームバスを出迎えた。青空がまぶしい。「史上最大の入り待ち作戦」だ。新監督はその光景を見るなり、選手らにこう言葉を向けた。

 「ヘッドホンやイヤホンをしている人は取ってください。今、みんなが聴くべきものは音楽じゃない。サポーターの人たちの声を、チャントを聴きましょう」
 「カーテンを開けてください。窓を開いてもいい。そして、サポーターの皆さんひとりひとりと目を合わせてください」

 はっきりしている。勝てるかどうかわからないが、監督スタッフ、選手、サポーターが心をひとつにして闘わなきゃならない。今日この日からシーズン終了までだ。逃げ道はない。正攻法で勝ち残る以外、何の手立てもない。これが最終出口だ。呂比須ワグナーとサッカーの旅に出よう。

 初夏のような陽気のなか、サバイバルマッチが始まる。呂比須さんはとにかく雰囲気を変えようとしていた。声を出すこと。活発な空気をとり戻すこと。聖籠の練習後ミーティングではゴールを決めた選手、タスクに忠実だった選手を皆で賞賛し、拍手する(あるいは持参したフライパンを鳴らす)習慣を打ち出した。試合のロッカールームでは音楽をかけるようにした。「静かなロッカーはいらない」という考えだ。とにかく五感に働きかけて、新しいことがスタートしたとわかるようにした。意識が変わらなければずっとこれまでの繰り返しだ。

 戦術的変更は(報道の通り)4-2-3-1の新布陣。DFとボランチは4-4-2と変わらないが、3と1に新味がある。1トップが鈴木武蔵、3は右からホニ、チアゴ・ガリャルド、山崎亮平だ。ホニをサイドのMFに用いた。前半、山崎が負傷交代してからは森俊介が右サイド、ホニは左サイドになる。急造システムにしてはこれが機能していた。あずける場所がトップ下のチアゴだけでなく、ホニのところにも生まれる。これまでシンプルに「戦術ホニ」であったものが、「ホニにあずけて他が入る」「ホニにあずけて他にあずけて、更にホニが入る」といったバリエーションができる。呂比須監督は「3人、中に入れ!」と練習で指示していた。ホニ単騎では偶然ぴったり合ったときしか得点にならない。人数かけて飛び込めば可能性は大きくなる。その飛び込むためのポイントを増やしたのだ。

 守備は手がつけられなかった。奪いに行く守備は自信がつくまでとりあえず封印され、引いてブロックを形成することにした。DFラインも低く設定され、センターラインを越されてから対応するイメージだ。サンドロコーチとしては応急処置だったろう。わかりやすく整理した。ブロックで守り、身体を張る。それでも従来の課題は解決せず、そのまま持ち越していた。この日、無失点で終われたのはあくまで札幌の拙攻に助けられたからだ。終盤のセットプレーでも都倉賢がフリーになっていた。幸運が新潟に微笑んだのだ。

 得点シーンは典型的なカウンター速攻だった。敵CKというピンチの場面が一転して得点機になる。CKのクリアボールを森が拾い、富澤清太郎に渡す。富澤は猛然とドリブルで持ち上がった。競り合いに負けない。そして魂を込めたスルーパスを送る。前線で受けたのはもちろんホニだ。少しトラップがふくらんで、左足で勝負した。後半21分、呂比須アルビの初ゴール! ホニはバク転のパフォーマンス。ベンチ前は歓喜の輪だ。スタンドでは大旗が揺れる。皆、思いっきり叫んだ。思いっきり弾けた。

 呂比須監督はコミニケーションを重んじる方のようだ。サンドロコーチとベンチ前で意見交換を繰り返していた姿が印象に残る。それから当たり前のことながらホニやチアゴを呼んで、直接指示を出していたのもなるほどと思った。ブラジルと日本、二つの母国を持つ強みだ。そっくり同じことがサンドロコーチ(渋谷幕張高校出身!)にも言える。危機的状況を打開するために意思疎通が大事なことは言うまでもない。

 それから両サイドバックに触れておきたい。堀米悠斗にとっては古巣対決だ。気合いも入っていたと思うが、プレーはむしろ冷静かつクレバーだった。これだけやれる選手がなぜこれまで起用されなかったのか理解できない。ゴメスは次につながる仕事をした。また川口尚紀も持ち味を立派に出していた。これまで矢野貴章の陰に隠れていたが、チャンスを得て積極姿勢だ。呂比須監督にいいアピールができた。ポジションを奪いに行ってほしい。

 新潟は去年8月20日の福岡戦以来、9か月ぶりのホーム勝利だ。日数にすると273日ぶりらしい。バンザイとかちびっ子のハイタッチとかヒーローインタビューとか、久しぶりのことばかりでジーンと来る。皆の顔が輝いている。目に映る景色が輝いている。勝利はこんなに人をハッピーにする。勝利はこんなに勇気をくれる。


附記1、山崎亮平選手は腿ウラを気にしてましたね。大事に至らないといいです。

2、呂比須監督はこの日が結婚記念日だったそうです。監督が奥さんに「プレゼントは何がいい?」と尋ねられたところ、「監督初白星がいい」とおっしゃったとのことです。ナイス奥様です! 遅ればせですが記念日おめでとうございます!!

3、この日はアルビ勝利からのハンブルガーSV残留で眠れない方も多かったんじゃないでしょうか。24日のルヴァン杯甲府戦はHSV主将・酒井高徳氏が観戦に訪れ、「酒井兄弟ビッグスワン大集合!」でした。あいにく0対2の敗戦でしたが、伊藤優汰選手が長いリハビリを終え、戦列に戻ってきました。おかえりゴートク! おかえりユータ!!
 

えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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