【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第332回

2017/6/8
 「もらったと思った」

 J1第13節、仙台×新潟。
 試合時間だけ仙台に滞在する「弾丸ツアー」の状態だった。車中、『夢の砦』(上巻、小林信彦・著、新潮文庫)再読。この春、僕の自慢は小林信彦さん直々のご指名で『私の東京地図』(筑摩書房)の文庫解説を担当したことだ。お逢いしたことは一度もないが、ずっと大ファンである。で、ゲラを見るうち、何か猛烈に『夢の砦』が読みたくなった。

 JR仙台駅は5月の「赤十字運動月間」の垂れ幕が掲示されていた。東日本大震災の救護風景や羽生結弦さんのメッセージが目を引く。ユアスタと同時刻開始でコボスタ宮城の「楽天vs西武」戦が組まれていて、駅周辺は大混雑だった。この街は活気にあふれている。週末に来ることが多いせいかいつも混雑している印象だ。

 試合前の時点でベガルタ仙台は13位(勝ち点14)、プロ野球式に言えば新潟とは2ゲーム差だった。お互いに直接対決で叩きたいところ。新潟にとって好材料はユアスタとの相性(過去5年、リーグ戦4勝1敗)だ。仙台は2月の開幕戦(札幌戦)以降、リーグ戦のホーム勝利がなく、4連敗中であった。

 それから「とらぬ狸の皮算用」になるが、第13節1日目(5月27日)の結果、下位チームが軒並み足踏みしてくれて、勝てば残留へ向けて視界がひらけた。ここで勝てば大きい。いや、まぁ大概の場合、勝てば大きいのだが(さっかりんでサポーターのブログを読んでも「この勝利は小さい」という人を見たことがない)、これは現実に大きいのだ。新潟は呂比須監督の2連勝がかかっていた。リーグ戦の連勝は2年ぶりになる。

 新潟応援席の気迫がすごかった。軽く3000人はいた。前日、宵の口には並びのシート貼りが100組超えてたっていうからなぁ。コールもチャントも音圧がハンパない。呂比須監督は圧倒的な支持を受けていた。大きなうねりが起きはじめている。大中祐二さん名付けるところの「フライパン革命」に参加したファン、サポーターたち。

 新潟はこの日も4-2-3-1の布陣。引いてブロックを形成する守り方だ。元サカマガ編集長、平澤大輔さんに解析してもらうともう少し解像度が上がる。
「呂比須ワグナー監督の守備の決まりごとの一つとして、最終ラインの4人がペナルティエリアの幅の間にポジションを取ることが前節で明らかになりました。
 中央に人数をかけて固めることで失点を減らす対症療法です。選手同士の距離が近くなるのでマークとカバーの関係が無理なく作れるようになり、札幌戦でまずまずの効果を発揮しました。
 逆にこの日は『ペナ幅ディフェンス』のデメリットも見受けられました。27分にこちらの左サイドを破られたのがそのシーン。サイドいっぱいにボールが出たときにマークについたのは、サイドバックの堀米ではなく、サイドハーフの山崎でした。
 堀米はペナ幅から出ないので、ちょうどタッチラインとペナのラインの間にポッカリトとスペースが空くことになりました。このスペースを大岩に見つけられて潜り込まれ、パスを通されて大ピンチ。ニアに突っ込んできた石原の折り返しは何とかクリアしたものの、このエリアの対処法が問われます」(平澤メモより)

 が、大きな穴は開けずにすんだ。ガマン強く守り切り、水際ではクリアに徹する。僕はこれを90分続けられたらワンチャンスあるなぁと思う。やってることはシンプルなのだが、これまでリーグワースト失点の守備を見せられた目には規律を持って感じられる。90分、ガマンが利いたらきっと勝てる。相手にしたら「しぶとい試合運び」に映るはずだ。前半は0対0で終了。呂比須さんのハーフタイムコメントもディフェンシブに戦い、ワンチャンスに懸けるイメージだった。
 「攻守の切り替えを意識していい判断をしよう。いいポジションを取ること。あと45分同じファイティングスピリットを持って戦えば勝つことができる」(呂比須監督ハーフタイムコメント)

 先手を取ったのは新潟だった。後半17分、小泉慶のドリブルから敵味方入り乱れごちゃごちゃしたこぼれ球をチアゴ・ガリャルドが決める。新潟応援席のすぐ目の前だ。爆発的な騒ぎになる。またチアゴが応援席を焚きつける。最高の雰囲気だった。あのときは完全にもらったと思った。

 そうはいかなかった。仙台は失点直後、2枚替えでクリスランと西村拓真を投入する。後半38分、クリスランにPKを与えてしまう。これは大変微妙なところだけど、判定だから仕方ない。クリスランは自分で決め、まず同点。そのわずか1分後、今度は永戸勝也のクロスにクリスランが飛び込み左足でトラップ、その浮き球を更に左足でボレーというワールドクラスの超絶ゴールで逆転されてしまう。

 止めるとしたら永戸のところしかなかった。あれは寄せられなかっただろうか。あの時間帯はチームが後手にまわってしまった。あるいはスイッチが切れた選手がいた。タレントの質とか何とかいう話じゃない。サボったら勝てないよ。

 と、以上のところは守り勝つイメージで書いてきた。実はこの試合、虎の子の1点を守り切らなくても得点機がいっぱいあったのだ。形はつくれている。最後が決まらない。クリスランに逆転ゴールを許した後も、少なくとも再び同点にできるシーンがあった。

 寄せるべきところで寄せられない。決めるべきところで決められない。僕は頭が止まっているのだと思う。片渕浩一郎さんが監督代行をされたとき、聖籠で「相手の名前を言う」練習をしたそうだ。頭を動かすトレーニングだと思う。エアポケットとかメンタルとかいうけれど、要は準備がないのだ。あらかじめ準備していることはとっさにやれる。落ち着いてやれる。準備はイメージすること、考えておくことだ。もっと言えば練習しておくことだ。

 呂比須監督のコメントじゃないけれど「負けたから全部悪いというわけじゃなくて、いいポイントもあった」が実感だ。そうカンタンにことが運べば苦労はない。次につながるものがあったと信じて顔を上げよう。そう思いながらトンボ返りの車窓の景色を眺めたのだ。「白松がモナカ」の野立て看板がなぐさめてくれた。


附記1、まず堀米悠斗選手、ご結婚おめでとうございます。素晴らしいニュースです。ますますのご活躍を祈念します。

2、U-20日本代表は決勝トーナメント1回戦、ベネズエラに延長負けでしたね。原輝綺選手おつかれ様でした。この経験を糧に更なる飛躍を期待します。

3、ルヴァン杯神戸戦は0対1の敗戦でした。ついに神戸にスワンで勝たれちゃいましたね。明るい話題は16歳、本間至恩選手がクラブ史上最年少の公式戦デビューを果たしたことです。しかも、見せ場をつくりました。

4、鹿島、石井正忠監督の電撃解任には仰天しましたね。「在任期間×戦績」を考えたら史上最高の監督実績で解任された方になるかもしれません。DAZNマネーのパラダイムチェンジで強豪クラブがいかに高く目標を設定しているかということでしょうか。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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