【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第339回

2017/7/27
 「ピッチに立つ責任」

 J2第23節、湘南×東京V。
 J1がサマーブレイク入りしたので、先月、『スア カーサ!』の回で呂比須監督のエピソードを聞かせていただいたお礼も兼ねて、Shonan BMWスタジアム平塚に出かけた。遠藤さちえ元広報は「読んだよって沢山の方から言われました。大野和成がいるからアルビ情報をチェックしてるサポーターが多いんです」と笑顔だった。こころなしかバックヤードが皆、張り切って見える。前節終わって湘南ベルマーレは勝ち点44で首位に立っている。22戦13勝4敗5分。主力選手の流出で曺貴裁監督も苦心されたが、やっと本格的にエンジンがかかってきた。

 対する東京Vも勝ち点35、5位につける躍進だ。マスコミ的には「トッティ獲得なるか?」ばかりが話題を集めたが、今季のロースターは橋本英郎、永田充としっかり補強を施している。スペイン人のロティーナ監督に托されたものは、あくまでJ1昇格だ。湘南、福岡の2強に離されないために何としても勝ちが欲しい。

 念のため断っておくが、僕は別にJ2の下見に行ったわけじゃない。J1最下位とJ2首位のサッカーの、どっちが上等かなんて比較してもあんまり意味がない。監督が変わり再建中のチームと、勝って自信をつけているチームはそりゃ見え方が違う。そんなのはわざわざ見に行くまでもないことで、もちろんアルビレックスは苦しんでいて、ベルマーレには勢いがある。当然の話だ。もし「平塚へ行ったけど、アルビと違ってベルマーレには勢いがあった。見習うべきだ」なんて書いたら頭のなかがすっからかんだ。

 そんなことではなく、僕は学びに行ったのだ。ひとつのチームばかり見ていると基準がわからなくなる。別のチームの別のサッカーを見ているとハッとするのだ。まぁ、面白いもので何を見ても結局、アルビのことを考えているのだ。探偵がずっと事件について考えるのと同じだ。何日も何日も考えて暮らす。考えてるともなく考え、思うともなく思っている。一緒にコーヒーを飲むし、風呂に入る。だから一緒に「湘南×東京V」を見る。ヒントが欲しいのだ。打開のヒントを探している。

 試合前にデータを見ていて面白いことに気づいた。J2得点ランキングは1位、イバ(16得点、横浜FC)、2位、渡大生(14得点、徳島)、3位、ウェリントン(12得点、福岡)、同3位、後藤優介(12得点、大分)…、と続くが15位までにベルマーレの選手がいないのだ。これは曺貴裁監督が選手を組み替えながら、特定の誰かに頼らないサッカーをしているという意味だ。どうすればそんなことが可能なんだろう。ベルマーレは親会社を持たない独立系クラブだ。予算規模も大きくない。一般論でいえば「特定の誰かに頼る」一点豪華主義的な予算の使い方をしたほうが効率が良く思える。

 試合は猛烈な蒸し暑さのなか行われた。平塚ではよくあることだが、湿気でガスッてしまい何となく景色が白っぽく見えるのだ。しかし、省エネサッカーにはならない。動きのある好試合だった。ベルマーレもヴェルディもオープンな試合をした。スコアは2対0、ベルマーレの勝利で決したが、ヴェルディにも上がり目を感じた。

 いわゆる「観戦記」を書くつもりはないから、試合のアヤには触れない。そこは「2対0で決した」で充分だ。僕が感心したのは、ベルマーレの選手がチームタスクに忠実なことだった。もっとスキルのある選手は他のビッグクラブにいるかもしれない。が、こんなに士気高く、役割を果たそうと奮戦するチームはなかなかない。客席に座ってるだけで汗でベタベタになりそうなコンディションで、試合終盤、ハードプレスかけるんだよ。曺貴裁監督の言葉を聞こう。監督会見から抜粋する。

 「全体的に、メンバーを固定しないでと言いますか、固定する必要がないから固定してないんですけども、ここまでやってきて、選手たちが自分たちのスタイルを出すことと同じように勝つことを目指しているというのは、監督として非常に嬉しいことです。僕が監督になった当初は、スタイルを出せれば良いと、勝敗は二の次だ、みたいな所がどこかチームのなかであって、少しやり切れないとか、責任を負えないような選手が多かったんですけれど、今は逆にそれを負えないとピッチに立てないというようなチームになってきたと思います。
 「アントラーズさんほどにはぜんぜんまだ追いついてないですけれども、そういったメンタリティが徐々に若い選手も含めて出てきたと思いますし、高山(薫)とか(菊地)俊介とか(藤田)征也とか、今まで我々のチームで頑張ってくれてた選手が今、いないなかでも、そのスタイルを色褪せるどころか、また次につなげていってくれる彼らの努力というのは、見えないところも含めて、非常に監督として嬉しく思います。6年間監督をやっていますけれど、いちばん選手が大人になってきたなというか、成長してきたなというのを感じる年になってる、というか過去5年何してたんだと言われるかもしれませんが、何かそういうふうに最近思うことが多いです」(曺監督)

 意図して「メンバーを固定しないで」やってきたのだ。「固定する必要がないから固定しない」と言い切る。誰が出ても同じサッカーをできるチームを目指す、と口で言うのはカンタンだけど、その意識を徹底させていくのは並大抵ではない。「責任」というキーワードが出てきた。僕が平塚まで出かけて、勉強してきたのはこの一点だ。

 「ピッチに入ったら年齢は関係ないですし、経験があるから試合に出られるわけでもないし、経験がないから試合に出られないわけでもないんですけども、ピッチに立つ責任の度合いは間違いなく開幕のときよりも上がっていることは事実であって、そこの責任を負えないと、ただ自分はドリブルする、ただ自分はクロス上げる、そういう基準だけじゃなかなかピッチには立てない。この選択基準のなかで、非常に選手が公平に、僕の選択が納得いかない選手ももちろんいると思いますけれども、彼らのなかで変な空気をつくらずに、出てる選手をサポートして、出れなかったら次に、というような、当たり前のスタンスを当たり前にやってくれてるなというのが、この結果につながったのかなと思いますし、選手に本当に助けられたなと思います」(同)

 では「責任」を負うプレー、負わないプレーとは具体的にどういうことだろう? ベルマーレの選手らは何を基準にスタメン争いをしているのだろう?

 「(責任を負わないプレーとは)前のほうに人がいて、その選手にとりあえず蹴っておいて、任せたというプレーですよね、僕のなかでは。ボランチで攻められているときに、クロスに自分の目の前に相手選手が走っているけど、そこはセンターバックに任せた、というプレーですよね。
 「だから、やられなければいいじゃなくて、自分が責任を持ってやる。それはやらされるんではなくて、勝ちたいからやる。勝ちたいから出る行動ってサッカー選手にはそんなに多くなくて、取られたボールを追いかけるとか、ボールをしっかり前に運んでいくとか、それは負けてもいいと思っていたら実はスポイルされるいちばんの要素なんです。その点でうちの選手は開幕のときよりも、自分がチームを勝たせるという気持ちでやっている選手が増えてるかなと思います。ただ、ミスがめちゃくちゃ多いので、なんとかしてほしいなとも同時に思っています(笑)」(同)

 僕はすごく納得してしまった。胸の深い部分に曺監督の言葉がすーっと収まる。細かい戦術の違いはどうでもいい。呂比須監督も同じことを求めている。たぶんそういうプレーにフライパンを鳴らしてほしいのだ。


附記1、あらためてフライパンのくだりを説明しておきましょう。着任早々、呂比須監督は、映像を使ったミーティングで「ゴールだけじゃなく、約束事を守ってくれる選手を大事にしよう。次からは音の出るものを持って来て」と語りかけたんです。選手全員の拍手じゃ足りなくて、家からフライパンを持ってくることを推奨しました。

2、だから僕らもスタジアムで「責任」を負ったプレーを求めていきましょう。拍手ひとつで、サポーターが何を求めているのか選手らにメッセージを送ることができます。

3、平塚でヴァンフォーレ甲府・吉田達磨監督とバッタリ遭遇しました。「おー、えのきどさん。今日は何で? どうしたの?」と言われたけど、そっくりそのままお返しします。狙ってる選手がいるのかな?

4、15日のサマーフェスタは大盛況だったようですね。呂比須監督のユニホーム姿が画期的でした。何か今でもめっちゃ点取りそうですよね。暑いなか皆さん、おつかれ様でした!


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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