【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第345回

2017/9/7
 「細い三日月」

 J1第24節、柏×新潟。
 いつも思うことなのだが日立台・柏サッカー場は照明がすごく明るい。ステージみたいなのだ。芝生の緑が映え、選手入場もキラキラしている。上空には細い三日月。夏の終わりだ。夜の市街は熱を放射している。ここはどの席からでも至近距離である。サッカーの迫力を味わうのに最適だ。かたや優勝戦線、かたや最下位と立場こそ異なるが、今日は好ゲームが見たい。マッチアップもオーバーラップもブレ球のシュートもゴール前の競り合いも全部、鼻先で見せてもらえる。ここで勝つと気分いいぞ。

 新潟は累積欠場の小泉慶に代わって矢野貴章が右SB、で、ホニが右SH。それから腰痛の富澤清太郎に代わってCBの一角にソン・ジュフン。コイントスで貴章はサイドを変えた。先に新潟ゴール裏へ向かって攻め、後半はゴール裏を背負う形。いつも新潟は後半やられている。至近距離の日立台でサポーター(ゴール裏ギッシリ満員!)と共にゴールを死守するイメージか。

 試合はいきなり柏の圧力がすごかった。しばらく一方的に押し込まれっぱなしになる。なるほど、これは強いチームだ。ぜんぜんボールを失わない。攻め込む手際ができている。伊東純也とクリスティアーノのとこが特に脅威だ。新潟は耐え忍ぶしかなかった。こんなペースが長く続くわけない。頑張っていれば必ず潮目が変わる。

 潮目はどこで変わったのか。覚えているのは前半20分くらいに山崎亮平が左サイドをゴリゴリ仕掛けていったこと。お、やり返せるじゃんと思った。そして先制点のシーンにたどり着く。右サイドでホニがインターセプトしてまっすぐ駆け上がる。いったん緩めてスピードアップ、対面を振り切ってクロスを入れる。そのとき複数の人間がゴール前に入っていた。タンキはDFを2人引きつけ、その向こうにガリャルド、その向こうに山崎ギュンギュン。後半30分、決めたのはガリャルドのヘッドだ! 

 うおおおお! 目の前のゴールにサポーターは大騒ぎ。ベンチも輪になっている。ここ何試合の嫌なムードを吹き飛ばす最高のゴールだ。やっぱり仕掛けなきゃ始まらないな。前述のギュンギュンもそうだけど、ホニの突破も仕掛ける意思の産物。あとは人数かけたフォローだ。連動する感じを全部、至近距離で見てしまった。これは興奮!

 しかも、同38分に柏・中谷進之介が2枚目のイエローをもらって退場。新潟は1人多い数的優位に立つ。これはうまく戦えば勝てるだろう。必ずフリーができるから組み立てられるし、セカンドも拾える。勝負だ勝負だ。前半のうちに追加点取って主導権を握ってしまえ。

 と思ったら前半44分、セットプレーから大谷秀和に同点弾を決められた。このシーンはGK大谷幸輝がつぶされていて、ファウルを取ってもらっても(つまり、ノーゴール判定でも)おかしくないと思ったが、翌日の新潟日報運動面の見出しは「新潟 白星キャッチミス」だった。まぁ、パンチングで逃れる手があったということか。スコア1対1でハーフタイム。

 後半最大のチャンスは25分、ガリャルドのポストを叩いたシュートだったか。ガリャルドはこの後も(敵GK・中村航輔の正面だったが)豪快なミドルがあった。それから右サイドのホニがタイミングを合わせて(するするっとウラ抜けした)加藤大に出したパスもしびれた。「ラストパスはパサーとアタッカーの待ち合わせ」という公式通りのプレーだった。時間と場所と状況を決めて待ち合わせするんだよね。まぁ、これも敵GKに防がれたから、もっと意外なTPOで待ち合わせたほうがよかったのか。

 しかし、ゴールは割れない。「先制点→数的優位を得る」は最高にいい流れだったと思うが、その後「同点を許す→膠着」になっている。得点を取り切れない。まぁ、サッカーは数的優位を得たからって必ず勝つとは限らなくて、むしろ相手が10人になったせいで難しい試合になるケースがあるのだが、この日の柏は特段、ガチガチに守備的だったわけじゃない。僕は呂比須監督、どこで勝負をかけるだろうと思っていた。

 勝負のアヤになりそうなのは「中谷の退場」だった。僕は複数のJ監督経験者から聞いたことがあるんだけど、「おあいこレッド」「お返しレッド」は実在すると(少なくともそれらの監督さんからは)信じられている。片方にレッドカードが出ると、こちらにも「お返し」が来るんじゃないかと警戒するものらしい。まぁ、何ていうのかな主審が無意識にバランスを取ろうとするみたいな心理というか。我が呂比須監督が同じ見解の持ち主かどうかはわからないが、イエローを1枚もらったタンキを後半早々と下げている。もしかするとタンキを残していたほうがセットプレー等で相手は嫌だったかもしれない。

 もうひとつ面白いのは後半21分、ソン・ジュフンがイエローをもらったことだ。僕はジュフンに文句ばっかり言ってる印象があるかもしれないが、この日、彼はものすごく頑張っていた。ただイエローを1枚もらったことで以降ずっと意識し続けなきゃならない存在になるのだ。というのはクリスティアーノが狙っていた。クリスティアーノはずば抜けて危険な存在で、ハマれば10人なんて全く関係ないのだが、こうなったらジュフンのところに突っかけに行く。ジュフン大丈夫か。

 と、ジュフンの足がつってるのだった。呂比須監督はジュフンの状態をウォッチする。そして手でバッテンをつくって合図を送る。試合後、会見で「勝ち点と残り試合を考えたらどこかで勝負に行くべきだったのでは?」と訊かれて、「ジュフンの足がつって、攻撃的な交代カードが使えなかった」と答えている。前節に続いて(ある意味、本人にはどうしようもないところで)キーマンになってしまった。めぐり合わせというのか何というのか。

 1対1でタイムアップ。ホニが精魂尽き果てた感じで倒れ、大谷に起こされるさまを見た。勝ちたかったということだ。試合自体はスリリングで面白かったけれど、そして選手は精一杯やったけれど勝てなかった。いや、「勝てなかった」という結果の話じゃなく、土壇場勝負に持ち込めなかった。月を見ながら帰る。


附記1、平澤大輔さんの取材によると、加藤大は攻めの膠着についてこうコメントしています。「ボールの動かし方が安定していなかった。それで、前の選手の動き出しに迷いが出始めて動きが少なくなった。うまく攻められなかった理由はこれ」「もっともっとシンプルに、相手にディフェンダーとキーパーの間に流し込んでもいい。自分も含めて、相手に食いつかせるところのミスを減らさないと」。

2、この試合、倒れるまで走ったホニを筆頭にブラジル人選手がよく守備をしていました。改善点に手が入ってますね。これは続けてもらいましょう。

3、この日、日立台の記者席で刈部謙一さんにバッタリ出くわしました。アルビ的には『特別な時間~すべてはサッカーのために』(田中達也・著)の発行元 K&K事務所の代表ですね。僕にとっては橋本治さんのエージェントを務めていた方です。千駄ヶ谷の事務所へ行くとボブ・ディラン研究家の菅野ヘッケルさんがいて感動したなぁ。まだ僕は30代になったばかりの頃ですよ。懐かしかった~。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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