【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第352回

2017/10/26
 「いちばんシンプルなこと」

 J1第29節、G大阪×新潟。
 ロスタイムが5分もあった。敵地・吹田スタジアムに新潟サポのチャントだけがこだましている。ものすごい音量だ。上層階の(たぶん招待された)総勢100人近い少年サッカーチームが試合前からむやみやたらとバルーンスティックを鳴らしてうるさかったんだけど、ロスタイム、新潟ゴール裏の音量に負けて、ついアルビの応援に合わせて打ち鳴らしてしまっていた。僕はうるうる来ながらそれに気づいて笑いそうになる。スコアは1対0。小川佳純の移籍初ゴールでリードしている。時計を何度も確認した。早く終われ。

 そして、タイムアップの笛が鳴った。選手らはガッツポーズだ。ベンチからスタッフらが飛び出す。呂比須監督は会心の笑顔だ。長かった。17試合ぶりの勝利だ。ゴール裏が号泣している。崖っぷちだった。この試合でJ2降格が決まる可能性があった。もちろんサポーターはそれを承知で大阪入りしている。どんなにみじめな気持ちでスタジアムを去ることになろうとも、アルビは自分のチームだ。オレンジを着てるのは自分の家族だ。みじめだからって自分や家族を見捨てられるか?

 それが見事に勝ち切った。前半から小川や山崎ギュンギュンが何度もチャンスをつくり、得点の匂いがしていた。GK・東口順昭に阻まれ「さすがヒガシ!」とは思ったけれど、強豪G大阪は「さすがガンバ!」という感じから遠かったのだ。ちょっと意外なほどリズムが悪かった。基本的には新潟のゲームだ。局面の1対1も、勝負パスの頻度も、新潟が勝っていたと思う。選手も揃った。戦い方もしっくり来ている。遅ればせながらここまでは来たのだ。

 いちばん素晴らしかったのは魂を感じさせてくれたことだ。僕は熱がないものは結局、ダメだと思う。金がかかってようが見栄えが少々良かろうが、熱がないものは必ずポシャる。僕は「七人の侍」「傭兵部隊」と言いながらそれを危惧していた。このチームに魂が入るだろうか。それとも寄せ集めのチームで終わっていくのか。

 それがあんなに戦ってたんだよ。ぶんぶん熱が伝わってきた。僕は感動した。闘志むき出しだ。場合によってはケンカ腰だ。アンフェアなことはいけないけれど、サッカーは意地の張り合い、タイマンの世界でもある。気持ちで負けたら勝負だって負けだ。敵地でよくぞやり切ったと思う。もちろん今季ベストベーム!

 山崎ギュンギュンすごくなかったですか。ドリブルで仕掛けるとか、従来持ってた彼のプレーイメージがあるけど、この日感じたのは万能型だ。特に小川との化学反応と呼ぶしかない絶妙の呼吸はどうだ。僕はこの試合の活躍を記念して、うちのテレビのリモコンを「山崎ギュンギュンリモコン」と命名する。読者も気軽に「山崎ギュンギュン自転車」や「山崎ギュンギュン炊飯器」をお持ちになってはいかがだろう。自分で呼んでる分には家の前の通りが「山崎ギュンギュン通り」でもいっこうに差し支えない。返す返すも次節の出場停止が残念でならない。

 あと小泉慶と井手口陽介のマッチアップはよかったなぁ。双眼鏡で表情を見てたんだけど、ヤバいですよ。僕は慶の利かん気っていうか、気持ちの強さが好きだなぁ。あのマッチアップを記念して、自宅の風呂を「春の湯ミニ」と命名してもいい。

 それから富澤清太郎の足がつって、大野和成が交代投入されたのは最高に締まった。キャプテンマークを渡され、当たり前のようにそれをつけるカッコよさ。やっぱりカズは全体に気配りしてるからね。その後の働きもさすが主将って感じなんだ。この試合はソン・ジュフンが殊勲もありミスもあり、だったでしょ。カズが入ってグッと安心感が増した。フルタイムじゃなかったけど、試合を勝ち切るための仕事をしてくれたと思う。

 そりゃもちろんこの試合に勝ったって崖っぷちには変わりがない。1敗もできないどころか、次節磐田戦に引き分けでも「甲府○か△、広島○、大宮○」のうち、どれかひとつが達成された時点で降格が決まる。また勝っても「清水○&甲府○」のセットが実現したらその瞬間に降格決定だ。最悪なのは次節、清水、甲府の試合開始が1時間早いため、ヤマハスタジアムのハーフタイムに(アルビの結果を待たずして)降格が決まるパターンだ。そんな「涙のハーフタイム」、考えただけでぞっとする。

 だから残留の条件なんか考えたってしょうがないのだ。なるようになる。僕らにできるのは一戦一戦、最善を尽くし勝つことだけだ。まず磐田戦を勝ち残ってビッグスワンへ戻ろう。前後裁断。それ以外のことを考えたって意味ない。

 この試合が思い出させてくれたのはいちばんシンプルなこと。勝つって最高なんだ。勝利の感激は何ものにも代えがたいんだ。何でこんなに泣けるのかわからないくらい泣けるし、その日一日、翌朝目が覚めてもずっと嬉しいんだ。


附記1、忘れられない光景があります。僕は監督会見の後、帰りの飛行機の時間もあって早目にスタジアムを出たんですよ。混雑を避けるため阪急山田駅まで歩く「脱出ルート」だった。会場ゲートの辺りで、前をアルビサポの一群が歩いていたんですね。で、ガンバサポグループの前を通る形になった。拍手で送り出してくれたんですよ。「アルビ頑張れ!」「ナイスゲーム!」と声をかけてくれた。

2、「負けたら自分のせいだと思っていた」(小川佳純)。この言葉がすべてを物語ってますね。これはもう「傭兵部隊」ではない。本当にしびれました。

3、呂比須監督言うところの「W杯決勝のつもりで戦う」大一番が1週繰り越されました。次のW杯決勝は敵地の磐田戦です。手許の資料によるとヤマハスタジアムのW杯決勝は初ですね。 


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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