【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第353回

2017/11/2
 「勝ってスワンへ帰ろう」

 J1第30節、磐田×新潟。
 ロスタイムは5分。嫌な予感がした。秋台風の影響もあって、ヤマハスタジアムは本降りだ。スコアは2対1、アルビは本当に頑張っていた。カッパ姿のサポーターたちが声援を続ける。FKを与えてしまった。嫌な位置だ。但し、日本一のキッカー中村俊輔はもう下がっている。何とかなるんじゃないか。天に祈った。

 不思議な偶然が作用している日だった。アルビはもちろん崖っぷちだ。負けたらもちろん降格決定。引き分けや勝ちでも他の結果次第では降格が決まる。他会場のほうが1時間早く始まっていて、スマホで速報をチラ見しながら試合観戦していた。と、こんな具合なのだった。

・第30節、アルビ降格確定の条件まとめ

●アルビ負けの場合(無条件に降格)→目の前の磐田戦、2-1とリード中!

△アルビ引き分けの場合(どれかひとつが実現してしまったら降格)

甲府○が△→C大阪相手に前半1失点、後半更に1失点で0-2敗戦。
広島○→川崎相手に前半2失点、後半1失点で0-3敗戦。
大宮○→柏相手に前半1失点、そのまま0-1だったがロスタイムに1-1に追いつく。

○アルビ勝ちの場合(セットで実現した場合のみ降格)

清水○&甲府○→清水は仙台相手に0-0ドロー、甲府は0-2敗戦。

 つまり、他会場の経過・結果があり得ないくらい都合よかった。特に甲府が負けてくれてたのが助かる。唯一、大宮がロスタイム、マテウスのFKで追いついてヒヤッとさせたが、不意打ちはそのくらいだ。興奮した。「神の見えざる手」はアダム・スミス『国富論』に出てくる市場経済についての用語だが、何かそんなものが作用してるんじゃないかと思う。

 世間からは前節、ガンバ戦がXデーだろうと見られていた。それを回避したら今度は磐田戦で決まるだろうと言われた。が、この試合、磐田に勝てる! で、他がコケてくれている。モーゼの十戒みたいに、こう、海が割れて道ができるのか。その道が残留ロードなのか。

 それを信じたくなるほど、この日のアルビは素晴らしい出来だった。前節、ガンバに勝ったといってもあれは絶不調のチームに勝っただけだ、という声もあった。が、磐田戦の内容はそれをかき消すものだった。どっちが6位でどっちが最下位かわからなかった。チーム戦術も闘志もアルビのほうが上を行っていたのだ。

 戦術的な狙い目は磐田の3バックの横のスペースだ。そこに右からホニ、左から(出場停止の山崎に代わってスタメンを張った)伊藤優汰が走り込む。何度もこの2人がえぐってチャンスをつくった。一方、守備に関しては中村俊輔の密着マークに加藤大が奔走、1失点目のFKを与えるきっかけのファウルこそあったけれど、ほぼすべての時間帯で殺し切った。あとアダイウトンを封じた小泉慶が抜群だった。DAZNで映像を見られる読者は一度、試合全体でなく、大や慶の動きだけ見ていただきたい。

 ホニのゴールで先制し、大井健太郎に同点にされ、前半最後に河田篤秀ゴールで勝ち越す。2点とも新潟応援席の真ん前のゴールに突き刺さった。最高だ。あれはどっちサイドのゴールかで興奮度がぜんぜん違う。

 後半になってもアルビは気持ちが切れない。本当になぜこの姿を早く見せてくれなかったか。春からこの試合やってたらこんな順位じゃなかった。まぁ、春とは監督、コーチも、選手もぜんぜん違うのだけど。ふと思った。このなかに今日、磐田で出てる川又堅碁と一緒にやってた選手は何人いるだろう。大井健太郎と一緒にやってた選手は何人いるだろう。

 残念ながらそろそろロスタイムの失点に触れざるを得ない。アルビは最高の戦いを続けていたのだ。後半49分の出来事だから、あと1分持ちこたえれば勝利をつかむことができた。磐田のFK、キッカーは交代出場の上田康太だ。ファーを狙った。で、そこには(やはり交代で入った)矢野貴章がいる。貴章が高い。アダイウトンに競り勝って見えた。だから一瞬の後、ネットを揺らしたのがオウンゴールにも思えたのだ。実際はアダイウトンがしっかり狙っていた。土壇場の同点ヘッド。

 そして無情のタイムアップである。選手らはヒザに手をつき、あるいは倒れ込んだ。勝ちたかった。勝てなかった。2対2のドローだ。2点とも「セットプレーからの失点」で、この課題はずっと持ち越している。悔しいことだ。

 が、もうひとつ別の視点もある。貴章を入れ大野カズを入れ、守り切ろうというメッセージだったと思うが(そして、選手の疲労度を思えば順当であったと思うが)、点を取りに行く選択肢も間違いなくあったと思うのだ。うわべだけでなく本気で残留を目指しているのなら、得失点差を考慮し、1点でも多く取りに行くべきじゃなかったか。

 これは決断である。難しいところだ。選手らは「プレーヤーとしての本能」があるから試合には単純に勝ちたい。が、負け覚悟で勝負に出るしかない戦局だってあるんじゃないか。指揮官の肚ひとつってやつだ。そして、呂比須監督はリスクチャレンジを回避した。平たく言えば勝ちにいった。勝てなかった。色んな意味で痛恨だ。

 
附記1、タイトルは試合前、サポバスで話していたことです。「勝ってスワンへ帰ろう」。半分ハズれて半分叶いましたね。この日、僕はサポリンのバスツアーを利用したんですよ。帰路はさすがに皆、ぐったりでした。まぁ、だけどガンバ戦、磐田戦と2週続けて「奇跡の残留」を果たしたという言い方もできますよね。さすがにアルビしぶとい、ホームまで持ちこたえたと。

2、次節はスワンで勝ちましょう。皆でバンザイしましょう。今度は他会場より早いキックオフだから、余計なことは考えなくていい。

3、ヤマハスタジアムで去年の片渕浩一郎監督の激闘を思い出しました。あのマイクパフォーマンスを思い出しました。去年も苦しかったけど、今年はもっとだなぁ。残留条件は更にきびしくなりました。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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