【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第354回

2017/11/9
 「白鳥は羽ばたく」

 J1第31節、新潟×鳥栖。
 「瀕死の白鳥」。僕がアルビ公式にサッカーコラムを連載してるのを知る編集者の友人が1ヶ月前くらい前、LINEに書いてよこしたフレーズだ。ミハイル・フォーキン振り付けによるロシアバレエの古典的名作にかけてある。「一羽の美しい白鳥が生きようとしてもがき、やがて死を迎えるまで」を描いた作品は、アンナ・パブロワの名演とともに世界的に有名だ。が、1ヶ月前の時点では比喩としてちょっとしっくり来なかった。アルビは最下位に沈んだまま、じっとしており、特段生きようとしてもがいてる感じがなかった。

 Xデーはガンバ戦が有力だった。吹田スタジアムに多くのTVカメラや記者が駆けつけた。白鳥の死を報じるためだ。嘆き悲しむサポーターを押さえておきたい。拾いたいコメントは「オレら熱くサポートして、必ず1年で帰ってきます!」だ。別撮りで降格決定の瞬間の女子サポーターの涙も欲しい。

 そうしたらガンバ戦に勝ってしまった。ライバルがつき合ってくれて降格は回避される。次節、磐田戦では決まるだろうと思われたが、アルビは負けない。で、ライバルたちは今度もとどめを刺さない。サバイバーだ。不屈の闘志で何とホームへ帰ってきた。雨のなか、1万7千人がデンカビッグスワンに詰めかける。降格回避条件のハードルは一段と上がっていた。負けも引き分けも許されない。勝ったとしても「甲府○か△」「広島○」「大宮○」のいずれかひとつが達成された瞬間アウトだ。

 サポーターの心理は複雑だ。覚悟を固めてスタジアムへ出かけるのだ。僕が磐田戦のサポバスで実際に会った人は「自分は試合を見に行ったことは一度もない。戦いに行くのだ」と言った。降格なんかさせてたまるかと顔に書いてあった。そして、もしも武運拙く一敗地にまみれるのなら、それを自分が見届けようと思っていたはずだ。喜びも悲しみも分かち合うのがサポーターだ。降格の痛みも自分たちで受け止めるしかない。

 つまり、ガンバ戦からこっちサポーターは3週連続で覚悟を固めたのだ。鳥栖戦はホームだから、より多くのサポが「終わりかもしれない試合」を見届けに行った。そして、まったく別のものを見るのだ。まったく別のものを見せられて胸を熱くするのだ。読者よ、信じられるか。雨の降りしきるなか、死に瀕していたはずの白鳥が飛び立った。不死鳥だ。アルビレックス新潟は本来の姿を取り戻した。

 小川佳純は古巣サガンの特徴を「寄せの早さとセカンドボールの回収」と語る。これとやり合う以上、バトル勃発は避けられない。ホニと吉田豊のマッチアップがめっちゃくちゃ面白かった。が、他でもピッチの各所で小競り合い、タイマンの連続だ。アルビは本気で闘っていた。サッカーの技術戦術に疎い人でも、あの試合にはグッと引き込まれたはずだ。気持ちと気持ちのぶつかり合いだ。迫力満点。皆、こんなサッカーが見たかった。

 戦術的には呂比須監督がずっと言い続けてきたサイドチェンジが有効に機能した。サガンは寄せが早い。つまりボールサイドに寄る。その瞬間、逆サイドに振ればフリーの選手がつくれる。空いたスペースを持ち上れる。これが上手く行った。呂比須サッカーのリズムはこんな感じなんだなと納得する。前半、時計が進むのがびっくりするほど早かった。スコアこそ動かないが、非常に面白かったのだ。

 後半は更に激しい試合になる。雨でピッチが走り、足元がすべる。局面の闘いはゴリゴリ続く。そんななか後半10分、小泉慶の「魂のミドル」が炸裂する。スタンドの弾けっぷりがすごかった。瞬間に皆、立ち上がるんだよ。ていうか飛び上がるんだよ。やった~。よおっしゃ~。慶~。ぬわ~。もう皆、口々に何でもいいから叫ぶ。小泉はその直前にも同じようなミドルを放って、GKの正面で止められている。感覚はあった。そのイメージをちょっと横にずらして、狙いすまして打った。

 具体的にはCKからだ。ソン・ジュフンが落として吉田豊がクリアしたら、それが慶のところにこぼれた。後日届いた平澤メモ(元サカマガ、平澤大輔編集長の手になる)では「ちなみに、小泉の足元にボールが来たのは、鳥栖の吉田のクリアが小さかったから。ホニとのバトルで足元に疲れがきてたからだったりして? そうだとしたらホニのアシストですね(笑)」と冗談なのか本気なのか、とにかくノリノリの筆致であった。

 ただその後、ハラハラするシーンが続くのだ。アルビは(得失点差のことを考えて)前がかりのバランスになる。ひとつ間違ったらカウンターでやられる。試合後半は疲れもあるし、スリッピーなコンディションだし、まぎれが起こり得る。前節はまさにそれで痛恨のドローを味わったのだ。

 個々のミスをあげつらうのはやめよう。GK大谷幸輝がスーパーだった。ちょっともうどうにもならないかというシーンもあったんだよ(どフリーの田川亨介がキーパーと1対1になる)。最後の頃は人数はいるけど付き切れてない状況も生まれた。いやぁ、大谷少なくとも2点は防いだ。もしかしたらもっと防いだ。サンキュー大谷!

 ロスタイムは3分。ゴール裏は「新潟レッツゴー」だ。歌声と手拍子がスタジアムを包む。やがて歓喜の瞬間が訪れた。あぁ、長かったなぁ。5月以来のホーム勝利だ。カッパ姿のサポが飛び上がって抱き合ってカッパ天国だ。いやっほう~。これが新潟だ。大事なことだからもういっぺん書く。これが新潟だ。この瞬間のために雨の日も風の日もスタジアムへ来るんだ。

 2時間ほど後、ライバルチームの試合が終了し、アルビは降格を回避した。信じられないことだ。「奇跡の残留」劇を3節続けたのだ。3週間のブレークの後、次は達磨ヴァンフォーレと直接対決である。間違いなく歴史に残る「川中島ダービー」になる。

 
附記1、タイムアップの歓喜の瞬間。FM-PORTのピッチレポーター、松村道子さんによると呂比須監督は表情を崩さなかったそうです。松村さんは監督が背負う責任の重さをそこに見たといいます。GJですね。僕は飛び上がってたからなぁ。そんなのぜんぜん気づかなかった。

2、小泉慶のヒーローインタビュー泣けましたね。ホントにそうです。残り全部勝ちましょう。

3、試合後、Eゲート前広場に吐き出されてくる人の顔が全員、バラ色に輝いていました。僕は感動したな。アルビは頑張らないといけません。サッカーはこんなに多くの人に喜びと誇りを与えられるんだ。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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