【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第359回

2017/12/25
 「立ち上がれ新潟」

 J1第34節、新潟×C大阪。
 新潟市は雪化粧で最終節の朝を迎えた。ほんの数センチ覆われた程度だが、季節は確実に進み、晩秋から冬の入り口にさしかかっている。12月だ。長く苦しいシーズンだった。あらためて思い返すとずっとトンネルの暗がりのなかにいたような感じで、息苦しさばかりがよみがえる。閉塞感ってやつだ。外に出て、新鮮な空気を肺に入れたかった。

 10月にやっとトンネルを抜け、そこから風景が一変した。具体的にはチアゴ・ガリャルドやタンキを見切って小川佳純、河田篤秀をスタメン起用したあたりからチームの軸が定まる。守り方がようやく統一され、試合がつくれるようになった。両サイドハーフのホニ、山崎亮平が仕掛け、サイドチェンジを入れる攻撃のリズムもできた。で、一戦一戦、そのサッカーに自信をつけていく。

 最終節、前半から優勢に試合を進めるアルビを見て、フツーに強いなぁと思った。相手は今季、大躍進のセレッソだ。先月はルヴァンカップを初戴冠した強豪だ。それが「強豪相手にヒケを取らない」どころじゃないんだ。ビッグスワンに駆けつけたファン、サポーターは皆、同じことを思ったはずだ。これは勝てる。ひいき目かもしれないが、降格するチームには見えなかった。ホニが何度も突破して、セレッソをあわてさせる。

 雪はピッチサイドに除けられたが、芝は湿っていた。水を撒いたのと同じだ。パススピードの感覚、追い方の感覚が変わる。アルビのほうがその「地の利」を生かしていた。セレッソは執拗なプレスにさらされ、その上、ピッチが走るもんだからパスミスが目立ち、迫力を欠いた。前半セレッソのシュートは開始6分の杉本健勇(これは危なかった!)の1本きり。

 本当にもったいないと思う。あと半月早くこのプレッシング&ショートカウンターのサッカーが仕上がっていたら間違いなく残留した。小川佳純はレンタルのはずだが、何とか契約延長できないだろうか。ていうか、このチームの試合がもっと見たい。なぜ来週、第35節をやんないのかなぁ。

 後半32分、山崎亮平が敵のパスミスを拾って、DFのウラへパスを送る。もちろん抜け出したのはホニだ。スピード勝負なら誰も追いつけない。飛び出してくる敵GKの脇へポンッと蹴り込んでやるナイスゴール! ホニは得意のバク転パフォーマンスの後、2日前生まれたばかりの堀米悠斗の赤ちゃんのために並んでゆりかごダンス。チームの一体感が伝わる最高のシーンだった。

 但し、この試合のハイライトは得点シーンではない。大詰めの後半43分、異例の場内アナウンスが響きわたる。「山崎亮平選手に代わりまして、背番号15、ミスター・アルビレックス、本間勲選手が入ります!」。勲はキャプテンマークを渡され、腕に巻く。アルビのキャプテンマークが世界でいちばんサマになる男だ。ミッションは1-0逃げ切りのクローザー。体現するメッセージは「魂で守り切れ!」。

 僕はこの交代の一部始終をずっと目で追っていた。勲がリザーブに入っていて、最後に使われそうなのはわかっていた。が、実際問題、それは監督にも勲自身にも結構ハードル高いんじゃないかなと思った。点差が開いていて「引退の決まった選手のお名残出場ですよー」という感じならカンタンだが、1-0の終盤はしびれる場面だ。交代出場の勲は試合の流れを絶対壊せない。「ミスター・アルビレックス」投入で同点食らったら感動の涙も引っ込むってもんだ。

 で、これね、いい絵だったんだよ。呂比須監督も本間勲もまったくブレない。所作に一切迷いがなかった。自信満々だ。当たり前のように準備して、当たり前のようにピッチに入った。チームは200%の気合注入だ。勲さんに恥をかかすわけにいかない。どんな手を使ってでもいいから完封だ。ここからタイムアップまでの何分間かは歴史だ。

 勲チャントに空気が震える。ポロポロ涙をこぼすサポーターがいた。泣いているから「ぼんまぁびぃさおおれぇ」になっている。名前は言えてないけど気持ちはまっすぐ届く。やがて「アイシテル新潟」だ。久々に感じた。ビッグスワンの全員でゴールを守っている。杉本健勇を沈黙させる。

 そして勝ち切ったのだ。4連勝締めだ。ラスト6試合を5勝1分で終え、何と最終節、大宮を抜いて17位浮上だ。僕はサッカー誌の取材で色んな降格クラブを見てきたが、こんなに力強いフィニッシュは初めて見た。サポーターに涙があっても、それは誇りを取り戻した喜びの涙であり、引退・退団する選手との別れの涙だ。

 立ち上がれ新潟、何も恐れずに。

 呂比須監督、コーチ、チームスタッフ、選手らが場内一周し、本間勲の胴上げが行われた。誰も彼もが涙でぐしゃぐしゃだ。やがて「立ち上がれ新潟」が始まり、歌声は選手が姿を消した後もずっと続いた。僕もそう思う。何度でも立ち上がろう。ボールは丸い。サッカーは続く。


附記1、稲田康志選手、成岡翔選手、本間勲選手、そして呂比須ワグナー監督、本当におつかれ様でした。ありがとうございました。心のこもったスピーチに胸いっぱいになりました。

2、「J2オリジナル10」の同期生、川崎フロンターレが見事、逆転優勝を果たしましたね。一方、新潟は甲府、大宮とともに来季、J2リーグを戦います。「1年で昇格」がさしあたりの目標になるでしょうけど、僕は読者の少数でいいから心底悔しいと思ってほしいです。いつか必ず追いつきましょう。

3、今シーズンのアルビレックス散歩道はこれで終わりです。ご愛読に感謝します。僕は来週からインカレの取材です。もしかしたら会場で関東サポに出くわすんでしょうか。去りゆく選手がいれば新しく来る選手もいる。そういうものですね。それでは皆さん、メリークリスマス&よいお年を!


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。 新潟日報で隔週火曜日に連載されている「新潟レッツゴー!」も好評を博している。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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