【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第360回

2018/3/8
 「J2こわい」

 J2開幕節、讃岐×新潟。
 アルビレックス新潟の新たな挑戦が始まった。15年ぶりのJ2リーグだ。当時はまだチーム数も少なくて、同じ相手と年4回戦うレギュレーションだった。今はチーム数も増えてすっかり別物になっている。自分たちが何かを知ってるなんて思っちゃいけないと思う。経験主義に陥って戦況・大局を見誤るのが日本の組織の負けパターンだ。フレッシュな心をいつも忘れないようにしたい。まして開幕戦の相手は初めてのカマタマーレ讃岐だ。

 と肝に銘じていたはずだった。リュックには『「能町みね子のときめきサッカーうどんサポーター」、略して能サポ』(講談社文庫)をしのばせ、下調べも万全であるはずだった。そうしたら丸亀行きのエアポートバスがいきなり強烈な洗礼を浴びせてきたのだった。車内は乗客の9割がたがオレンジ色を着込んだ「事実上のサポバス」だった。9時45分に高松空港を出て所要1時間ちょいで丸亀駅前着だから、街の散策&ランチにはちょうどいい時間だ。皆、「骨付き鳥の一鶴本店だ!」「いや、手打ちうどん つづみへ行こう」などと計画を立てていた。

 そうしたら丸亀駅を目前にした地点でバスが停車した。皆、早起きでボーッとしていた。僕はぼんやり信号待ちかなと思った。そのまま時が止まった。まぁ、終点だから丸亀駅に着いたらアナウンスしてくれるだろう。それがそうじゃなかった。バスはそこから一路、Pikaraスタジアムへ向かって動きだしたのだ。ええええ~。後で聞いたらアウェーサポの便宜をはかるべく、丸亀駅行きのエアポートバスは(便によってはだけど)そのままピカスタ行きのシャトルバスになるらしい。いや、それは有難いことだけどアナウンスはしてよと思った。皆、ええええ~と言いながら丸亀市街を通り過ぎたのだ。

 というこれをどうかクレームだと取らないでいただきたい。そういう話じゃないのだ。いかに我々が不慣れか、「J2浦島太郎」かという案件だ。たぶん他のJ2クラブサポにとっては言うまでもないことなのだろう。そもそもインフォメーションをよく読めば何分のバスはそのままピカスタ行きと書いてあるはずだ。

 この日は一事が万事この調子だった。うまいこと言うと(麺も食らったけど)面食らっていた。例えば「観衆4539人の開幕戦」に面食らった。うち1000人がアルビサポだ。試合前練習が始まり、あれ、ここはイングランドみたいに客の入りが遅い流儀かな(イングランドはぎりぎりまで外でビール飲んでいる)と思ったら、そのままキックオフだった。僕は自分が何もわかってないなぁと思った。J2の多くのクラブは1万人集めたらニュースになるのだ。

 で、それは試合の中身にも言えることだった。ピッチ状態に面食らった。こう、ボールが転がると土粒のようなものが舞い上がる。最初、水しぶきに見えて、讃岐が入念に水を撒いたのかと思った。しかし、水なら球足が早くなるだろう。このピッチは球足が遅くなり止まるのだ。だからパスをカットされて、攻撃が組み立てられない。こんなピッチもあるのか。

 僕は昔、アルゼンチンから帰国した原博実さん(現・サッカー協会常務理事)から、「向こうの子どもは荒れたでこぼこの空き地でサッカーをして育つ。バウンドが不規則になるからそれを処理することで巧くなる。日本の育成エリートはきれいな芝のピッチで育つから、悪いピッチで応用がきかない」と聞かされたのを思い出す。僕らもこれで面食らってちゃダメだ。どんな場所でも勝たなくちゃ。

 新生「鈴木政一アルビ丸」は立ち上がりからバー直撃のシュートを受けるなど、ハラハラの船出だった。スタメンが新鮮だったなぁ。アレックス・ムラーリャ、広瀬健太、安田理大、坂井大将が新加入。川口尚紀、端山豪が抜擢起用。チームの出来はあんまり感心しなかった。特に前半は敵のロングボール作戦やピッチコンディションにアジャストできず、低調のひと言。ただその低調さにも感じ入ったのだ。なーにーもーなーいー。こちらもミスが多いが相手もミスが多いから出来事には至らない。時計を見ると10分しか経ってなかった。あぁこれ、J2の試合なんだなぁ。これに慣れなかったら地に足つけて戦えないぞと思う一方で、染まってもいけないと思う。J2こわい。J2ハンパない。

 穏当な言い方でまとめると「ガマン比べ」だった。意図した通りいかない者どうし、どっちが粘り強いか&集中を維持するか。もうひとつ言わせてもらうと、この試合は審判が不安定だった。止めるべきときに止めず、止めるべきでないときに止めていた。それも含めて「ガマン比べ」だ。で、今年は間違いなく「ガマン比べ」が多くなるだろう。とにかくアルビは無失点試合を成し遂げ、勝利したのだ。僕はそれを評価したい。

 得点シーンは後半13分、交代投入の矢野貴章がいきなり「おしゃれヒールパス」だ。受けた河田篤秀がウラ抜けして決めた。貴章のワザありってところだけど、河田が決め切ったことにも拍手を送りたい(という意味では、追加点を決め損ねた坂井は反省だな)。後で人に言われたんだけど「河田が決めた試合」の初勝利らしい。なるほど、そういうもんか。今季初勝利で初勝利(?)って幸先いいじゃん。

鈴木政一監督の振り返りコメントによると「つないで敵を動かして、チャンスメイクをしなければいけない。相手と同じような形でサッカーをやっても、それはうちのサッカーではなくてリズムが出ない。ということでハーフタイムにそれを指示して、少しリズムが出てきたかなという感じでした」(監督会見より)ということだったらしい。今季は結果が何より大事なシーズンであり(昨年、J2で2位になった長崎は勝ち点80。あと77である!)、そう思うとつい内容は二の次になりがちだ。が、敢えてつながせて、リズムをつかもうとした鈴木采配は(リズムはまだまだだったけれど)理解できる。開幕戦は「施政方針演説」なのだ。今季、アルビはこういう考えですというものを示す場所だ。

 チームは物足りなかった。特に川口の右サイドは、重松健太郎に何度も突破され、決定機をつくられた。結局、全て讃岐の拙攻に助けられたのだ。ゴール前で合わないから命拾いした。試合終盤は受け身にまわって、いやな感じだった。といって失点はしないんじゃないかなと無根拠に思う自分がいて、J2こわいと思った。勝つには勝ったけど、あまりほめられた出来じゃない。ほめられた出来じゃないけど、勝った。

 強く印象に残った選手をひとり挙げると、交代投入のターレスだ。ドリブルで持ち上がって、フリーの坂井にラストパスを渡した(それを坂井が外したんだけど)。その持ち上がるシーンがなかなか笑えた。ちょっとよろけながら懸命に走った。「運動会のお父さん」か。足は速くないけど、得も言われぬ迫力がある。気に入った。ジウトン、アラン・ミネイロを思わせるキャラ立ちだ。


附記1、読者の皆さん、「開けおめ」です! やっぱりシーズン開幕は最高ですね。サッカーライフが帰ってきました。今年もよろしくお願いたします。

2、落語好きの方はすぐにピンと来たと思いますけど、今週のタイトルは「饅頭こわい」から取りました。悪知恵の働く憎たらしい男を懲らしめようと、長屋の仲間が相談して男の苦手な饅頭を並べる話です。男は「こわいこわい」とガタガタ震えてながら、その実、むしゃむしゃ饅頭を平らげてしまう。で、サゲは「今度は熱いお茶がこわい」。まさに初アウェーの香川県へ出かけたアルビサポの実感じゃないでしょうか。もう、こんぴらさん参りも、うどん巡り島巡りも楽しすぎて、J2こわい。僕もそうだけど、2泊くらいする人続出!

3、しかし、開幕節でこんなに遊んでお土産買って散財して、日程表見たら魅力的なアウェー目白押しじゃないすか。一体、いくらかかるのか。J2こわい。


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