【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第364回

2018/4/5
 「逆襲のゴール」

 J2第6節、新潟×徳島。
 この試合は何があっても見に行くつもりだった。先週も書いたように僕は「去年のJ2ベストチーム」は徳島ヴォルティスだと思っている。昨シーズンのJ2最終節、東京V×徳島(味スタ)を見に行ってそのレベルの高さに感動した。試合は「勝ったほうがプレーオフ進出」という大一番だった。それを徳島は落とすのだ。呆然とした。こんなサッカーやってるチーム(徳島は2017シーズンのJ2最多得点&最少失点チーム!)がプレーオフに残れないリーグなのか。既にアルビはJ2降格を決めて、全日程を終えていた。うーん、「1年でJ1復帰」って口で言うほどカンタンじゃないぞ。

 その後、徳島の試合はできる限り見るようにしている。今季は選手が抜かれたせいもあり、少しだけ得点力が下がっている。開幕からエンジンがかからず苦労していたが、大宮戦から復調気配だ。アルビと当たるのは興味津々だった。僕の感覚はちょっと転倒していて、「リカルド・ロドリゲスの徳島相手に今のアルビがどのくらいやれるだろう」という興味だ。間違っても「去年までJ1のアルビ相手に格下・徳島がどのくらいやれるか」ではない。チームとしてどっちが練度が高いかは言うまでもないことだ。チャレンジャーはあくまでアルビの側。この試合を通じて見えてくるものがあるだろうと思っている。

 実はもう一つ理由があった。大杉漣さんにもういっぺん会いたかったのだ。ご存知の通り、熱心な徳島サポでもあった俳優・大杉漣さんがJ開幕直前、急逝された。例えばね、これが親友の大高洋夫(第三舞台)なら共演もしているから、芝居というチャンネルで漣さんを偲べる。僕は役者じゃないからスポーツの現場だ。漣さんとは等々力や味スタのスタンドでばったり出くわした。一度、敷島公園のメインスタンドで「あれっ?」「あれっ?」と言い合ったことがある。先に「えのきどさん、何でこんなところにいるんですか?」と言われて、それはこっちのセリフだと思った。聞いたら「急に身体が空いて、調べたらヴォルティスがザスパ戦だったから来ました」だって。本当に好きなんだよ。

 漣さんとは僕がかかわっていたホッケーチーム、日光アイスバックスの縁で知り合った。大杉漣という人はハートが熱くて、困ってる者弱い者を見ると放ってはおけないんだ。『NONFIX』(フジテレビ)というドキュメンタリー番組でナレーションを担当することになって、収録前に台本を片手に、尺を計りながらビデオ画面にナレーションを当ててみていたらしい。で、僕やセルジオ越後さんが貧乏クラブの再建に無給で奔走してる様を見て号泣したんだという。すぐファンクラブに申し込みがあって、しばらくしたら日光霧降アイスアリーナに単身ぶらっと来てくれた。言ってくれれば席をご用意したのにフツーにチケットを買って一般席で応援してくれた。

 その頃、僕らは本当にきつかった。前任者の負債を引き受け、チーム再建に乗り出したはいいけど、なかなか思うに任せなかった。僕はマンションを売っぱらうかどうしようかまで行って、カミさんにこっぴどく叱られた。無給で働いてマンション売ってチームの運営費に当てる人がどこにいるんだと泣かれた。そうしたらある日、漣さんが『笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」のコーナーに出演して、タモリさんに向かって「ナレーションの仕事で感動して、日光アイスバックスのファンクラブに入ったんです」と言いだしたのだ。僕はテレビの前で棒立ちだ。延々、その話で引っ張り、「クイズ100人に聞きました」のコーナーは「このなかで生でアイスホッケーを見たことある人ボタンを押してください」だった。

 だから大恩人なのだ。ドキュメンタリー番組と「いいとも!」とでファンクラブ会員は一気に増え、チームはいちばん苦しかったところをしのいだ。あれがなかったらつぶれていた気がする。日光アイスバックスは大杉漣さんを偲び、黙とうを捧げた。僕は3月の徳島戦は絶対見に行こうと決めた。大杉漣さんの魂に会いたい。思えば漣さんも去年のJ2最終節、味スタであの試合を見ていた。きっと今日はビッグスワンにいるだろう。

 試合。徳島からしたら「試合に勝って勝負に負けた」一戦だと思う。やっていたサッカーは徳島のほうがずっと良かった。ていうか、(細部の戦術的な違いはあれど)鈴木アルビはああいうサッカーがしたいはずだ。自分たちのアクションで試合をつくる。ボールを動かして局面を支配する。僕はまいったなぁと半ば感心して見ていた。いい練習を積み重ねてきた跡がある。チームが同じ絵を描けている。

 戦術的には3バックで来た。これはアルビのようなオーソドックスな4-4-2に対応するとき、基本布陣にしているらしい。具体的には3-5-2(もしくは3-5-1-1)、5の両サイドが前に張り出す。トップの佐藤晃大がガンバ時代と見違えるほどハードワークしていた。佐藤が落として、前目の小柄な選手たちが飛び込み、クルクル駆け回る。素晴らしいアジリティ(俊敏性)なんだけど、まぁ、とにかく常に動いて、受けるポジション(鈴木監督流に言えば「トライアングルの位置」)をつくっている。

 アルビは守戦になった。ぎりぎりのところでかろうじてクリアするシーンが続く。前半30分くらいまでは息がつけなかった。GK大谷幸輝を中心によく耐えたのだ。物事を逆から考えれば、徳島の弱点はまさに「試合に勝って勝負に負け」がちなところだ。この時間帯を耐えるかどうかは勝敗の行方を左右するポイントだった。

 前半31分、逆襲である。河田篤秀が奪って持ち込み、ミドルレンジから自分で決め切った。徳島が何度も戦術的な仕掛けをして決められなかったのに対し、こちらは個の力だ。またキーパーが弾いてポストに当たり、それが逆側のポストのほうへ転がって、きわどくサイドネットを揺らした。相手に心理的ダメージをもたらすゴール。河田はベンチ前へ走って、皆で大武峻のためにゆりかごダンスだ。

 だけど、そこから先制点を奪ってアルビが支配する試合、という具合にはならなかった。後半はもっときつい守戦(というより防戦一方?)だった。辛勝と評すべきだろう。目立ったのは大谷のファインセーブ(先発出場してから毎試合GJだ!)、リーグ戦初先発になった戸嶋祥郎(次も先発する資格をつかんだと思う)、それから交代出場の渡邉新太(素晴らしい突破力、推進力!)。渡邉新太を見て痛感したが、アルビはサイドを切り込んでくほうが魅力がある。

 早く徳島のように皆が同じ絵を描かないかなぁと思う。まだ完全には描けないのに勝ったというのは喜ばしいことだけど。次にポカスタで当たるときはどんな力関係になっているだろう。僕は前泊するなどして、大杉漣さんに教わったフィッシュカツを買い食いしてぶらぶらしたい。「サッカー部の部活帰りの味」だそうだ。まぁ、具体的にはカレー味だ。漣さん、今度はもっといい試合にしよう。


附記1、今季ホーム初勝利でしたね。苦しい試合だったけど、勝ててよかった。試合中、全身に力が入って、何かくたくたになりました。これが現在地点なんだなぁ。ぜんぜん足りないなぁ。練習して強くなりましょう。

2、敗将のリカルド・ロドリゲスさんがまったくブレず「うちは攻撃のチームだからもっと攻撃を磨きたい」って言ってたのがしびれました。失点なんか何とも思ってない。

3、大杉漣さんのお別れの会「さらば!ゴンタクレ」が来る4月14日(土)、13時から青山斎場にて執り行われることになりました。一般献花台やファンブースも用意されるそうです。詳しくは所属事務所・株式会社ザッコのホームページ、NEWS欄の告知をご覧ください。


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