【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第379回

2018/7/19
 「一つのシーン」

 J2第22節、松本×新潟。
 一つのシーンが目に焼き付いて離れない。風下で耐えに耐えていた前半25分過ぎくらいだったと思う。富沢清太郎が痛んで試合が止まったのだ。その間に選手らは給水した。西日本豪雨の週末で、松本市広域公園も異様な湿度(そして強風!)だった。汗が飛んでいかずタフなコンディションだったと思う。と、田中達也や安田理大がベンチ前へ戻ってきて、ものすごい勢いで鈴木政一監督に何か言っている。身振り手振りが混じる。しばらくしてアレックス・ムラーリャも来て、何か言いつのった。

 鈴木監督もそれに応じ大声で指示を出している。遠目でもわかった。守り方の確認だ。あぁ、こういう風になったんだなと新鮮に感じたのだ。通常の「試合が止まり、監督が選手を呼び寄せ指示を飛ばす」ではない。達也やミチから監督のところに言いに来たのだ。後半戦のスタートはここからなんだなと思った。ベテラン選手が率先して、コミュニケーションの風通しをはかる。これは一人の考えではないと思う。「自分らが言っていくしかない」とベテラン組が危機感を持った表れだ。

 僕は試合そのものよりこのワンシーンが重要に思えている。最初、自分が見た光景がいいことなのかいいことじゃないのか考えた。ピッチで起きてる出来事を選手のほうが監督に言いに来るのだ。忖度や配慮をすっ飛ばしている。が、鈴木監督の反応をウォッチして、これはすごくいいことなんだろうなと思った。あんなに熱っぽく試合中の指示を飛ばす鈴木さんを初めて見た気がする。

 今年の4月、ネットに大中祐二さんの『”政一語”浸透の新潟が岡山に挑む。突然の3バック変更の真意とは?』(ナンバーウェブ、4月7日配信)という記事が出た。そこで「政一語」という概念が提示された。「オンの選手」「オフの選手」という表現が攻守それぞれに使われる等、鈴木監督のサッカー言語は少し独特なのだ。同記事はその「政一語」がチームに浸透し、戦術理解も進んでいるというレポートだった。コミュニケーションやチームづくりの進展が(外からは突然に見える)3バックへのシステム変更を下支えしている、という結論部分は、3バック変更が幻に終わってしまった今となってはちょっと微妙だ。が、重要なのは、4月の時点で大中さんの目に「政一語」が浸透したと見えたことだ。

 鈴木監督の「政一語」は僕にとっても悩みの種で、監督会見でのコメントが(試合展開と関係なく)毎回、同じに聞こえる。どう切り込んで質問したらいいかわからないのだ。たぶん会見でのロジックはさほど重視されてない監督さんなんだと思う。あるいは単に口下手というようなことか。少なくとも僕の知る新潟のメディア関係者には「政一語」は浸透していない。難しいのだ。ちょっと禅問答のように抽象的に聞こえてしまう。

 4月、大中さんにコミュニケーションが一段進展して見えたわりに、チームオーガナイズは現在も足踏みしたままである。僕が松本山雅戦で見たワンシーンはその主題の、次のフェーズじゃないだろうか。チームの皆が積極的に自分の思ってることを言う。それを鈴木監督にも忖度なしにぶつける。それに対し鈴木さんも率直に返す。いやまぁ、シーズン半分終わってその段階かと思われる読者もいるだろう。まぁ、これはあくまで僕の見立てであって、実際には(チームに常に張り付いてる)大中さんの言われるようにそんな問題はとっくにクリアしてるのかもしれない。とにかく非常に印象的なシーンだったのだ。

 試合。アルビは今季「1トップ2シャドー」のチームに苦戦している。で、松本山雅こそ「高崎1トップ、W前田2シャドー」のチームだ。噛み合わせに苦労することはわかっている。が、ここ最近取り組んできた「4-1-4-1」ではなく、通常の「4-4-2」システムが採用された。その理由を鈴木監督は「うちは基本的に4-4-2で戦います。4-1-4-1は高さ対策のためにたまたまやっただけ」(監督会見)と語る。前半は強風の風下に立ち、ボールが戻されて大きくクリア出来ない展開。CB起用された原輝綺をはじめ、皆が苦労しながらけんめいに堪えていた。

 が、後半、風上に立ったはずのアルビは徐々に押し込まれていく。敵将・反町康治監督の術中だった。おそらくその戦術的な仕掛けはいくつかあったと思うが、僕が会見で質問したときは「リスク覚悟でCBに持ち上がらせた」とポイントを挙げていた。アルビの守備は押し込まれると弱い。後半12分にPKゴール、同36分強風を考えた低いクロスからのヘディングゴール(共に得点者・高崎寛之)で完敗。

 つらかったのはラスト10分くらいからチームにあきらめが見えたこと。これは追いつけないなというムードが伝染していくのがわかった。何でそんなことわかるのか(超能力者か)って言われるだろうけど、一心に見つめていれば何となく伝わってしまう。3000人近く押しかけたというサポーターも同じ気持ちじゃなかっただろうか。負け自体もそりゃ凹むけど、負け慣れていくチームを見るのはもっと凹む。

 試合の結果、松本山雅はJ2首位に躍り出て、アルビは17位に降下した。明暗くっきり。春先に当たったときはこんなこと予想していなかったなぁ。だけど、現実は正解だ。故・立川談志の金言だ。四の五の言ってても始まらないだろう。どんなにみっともなくても現実から始めるしか道はない。逃げたらおしまい。

 僕は達也やミチの姿に希望を見出すなぁ。惨めな敗戦ではあったけれど、どうにかしようともがいてる者がいる。これはどうにかしようとしてどうにもならなかったんだよ。現実は常に正解だ。現実は0-2敗戦だし、17位降下だ。こればっかりは誰のせいにも出来ないことだし、一切ごまかしようがない。ただ僕は自分の見つけた変化を記すだけ。バラバラになりかけたチームでもがいている者がいる。


附記1、天皇杯FC東京戦は1対3の敗戦でした。負けたのも残念ですが、この試合は観客数2315人だったんですね。相手は大学チームとかじゃなく、J1勢なんですけどね。

2、松本山雅戦の田中達也は特筆に値する働きだったと思います。達也の頑張りを見てると自然と涙が出そうになりますね。完敗に傷ついたサポも多いだろうけど、達也を思い出してください。

3、次節・横浜FC戦は「新潟日報おとなプラスサンクスデー」ということで、OBの安英学さんとトークイベントが企画されています。ちょっと早目にお越しください。町田戦のDAZN解説でおっしゃっていた「新潟は気持ちで勝ってきたチーム」についてぜひ掘り下げたいですね。


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