【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第391回

2018/10/11
 「9月無敗!」

 J2第35節、岡山×新潟。
 台風24号接近中のシティライトスタジアムである。岡山は初アウェーの地だ。観光して西日本豪雨(「平成30年7月豪雨」)復興のお役に立ちたいという思いもあり、数多くのサポーターが観戦に訪れていた。なのに台風接近だ。Jリーグは早々と翌9月30日の開催中止(四国、関西、中部地方の会場等)を発表した。みんな大丈夫なのか。無事に試合がやれて、無事に帰って来れるのか。

 僕は傘をさして新宿の街はずれを歩いていた。靖国通りのビルに入って階段を上がる。なじみのサッカーバー、新宿フィオーリだ。ドアを開ければ顔見知りのアルビサポが大勢オレンジをまとって…、誰もいない。奥のテーブル席で鹿島サポが3人、ノエスタの神戸戦を見ていた。店員さんが「新潟ですよね」といって手前のテーブルに案内してくれた。え、1人? うろたえてLINEで問い合わせたら、フィオーリ常連組はみんな現地に行ってるらしい。マジか、1人で見るなら家でよかったよ。こんなの初めてだ。

 と思ったらキックオフぎりぎりにシュッとしたカップルがやってきた。これでフィオーリ店内の比率は鹿島サポと同数になった。少なくとも1人じゃない。モニターに映るシティライトスタジアムは奇跡のように雨が上がっている。東京だってけっこう降ってるのになぁ。ていうか、隣りの大型モニターでやってる「長崎×川崎」(トラスタ)が開催可能なら大概のとこは大丈夫かも。そっちはバケツをひっくり返したような土砂降りのなか鈴木武蔵がピッチに登場した。

 アルビも整列だ。スタメンはこのところ固定している。チーム内でもそうだろうけど、見ているファン、サポーターの側もこのメンバーがどういう戦いをするのかイメージできる。それは特に難しいものじゃない。前半はがっちり受け止める。局面でバトルする。相手のリズムを殺す。で、後半勝負だ。切り札を投入する。片渕浩一郎監督はチームをシンプルにした。削いで削いで、いちばんベーシックな形をとった。果たしてそれが岡山相手に通じるかだ。スワンでやったときはチーム力の差を感じた。今回は連勝中のアルビが岡山に挑む。やっとこんなチャレンジができるようになった。

 と思ったら、想定してたのと違うストーリーが待っていた。開始3分、右CKから広瀬健太のヘディングゴール! やったやった。新宿フィオーリ店内ではさっそくハイタッチだ。カップルの女子のほうが「私、ずっとセットプレーって相手のは決まってもうちのは決まらなくて、にぎやかしみたいなものかと…」と言っていた。カップルの男子が笑っている。僕も笑っていた。ゴール前に密集した後、いったん皆バラけるこの形はジェルソンコーチが考案したらしいよ。広瀬の動きを見るとバラけていっぺん消えてから、入ってきてフリーで打っている。また加藤大のボールがすごくよかった。これはポジティブだよなぁ、上向きのチームが開始早々、先制だ。イケるぞって感じになる。

 イケるぞっていうのはつまり、自信だ。僕らはそれがどんなに大事なものか思い知らされたじゃないか。8月全敗の記憶を呼び起こそう。どことやっても勝てる気がしなかった。できるはずのこともできない。怖がる。リスクを取らない。人任せになる。あのときは完全に自信を失っていた。同じ人間、同じチームと思えないよ。

 自信っていうのは「こっちは元J1だからJ2なんて軽くひねりつぶせるはずだ」みたいなやつじゃない。そんなのは情報から隔絶した妄念の世界だ。本当の自信っていうのは、もっと引き締まったものだと思う。これをやり抜こうと思える「これ」があることだ。試合を見ながらアルビは自信を取り戻したんだなぁと思った。

 10分過ぎからは岡山も落ち着いて、そこから一進一退の攻防だ。「マジか、決めろよ~」と絶叫するシーンも、「うわ、やばいやばいやばいっ」と悲鳴を上げるシーンもあった。決めるところで決めていればとも思うし、あれ決められてたらどうなったかとも思う。まぁ、サッカーはそんなもんだ。肝心なことはサッカーになってたことだ。フチさんは「選手には耐えないといけない試合になると話していた。耐えられたことが勝ちにつながった」と総括している。確かに先制した割にはガマンの勝利という実感だ。

 ことに後半は完全に押された。後半18分、赤嶺真吾&ジョン・チュングンとFW2枚を交代投入されてからは抑えるのがやっとだ。3トップみたいな感じだったなぁ。こっちはゴール前でかろうじてクリアの連続。同30分には左サイドから入られて、赤嶺ヘッド→ムラーリャ止める→ジョン・チョングン拾って→仲間隼斗が押し込む、で同点にされた。

 で、この局面はすごく面白いところだったと思うのだ。

 1、試合の流れは相手に行っている。
 2、(後半15分の)貴章投入で流れが変わらない。
 3、アルビにとって勝ち点1ゲットは大きい。
 4、ここから勝ちにいくのは失点のリスクを負う。

 交代カードは残り1枚。守備的なカードを切ってドロー狙いもあり得たと思うのだ。例えば「原輝綺IN」だ。原なら攻守両面で有効な気がする。ところがフチさんの切り札はターレスだった。後半36分、渡邉新太OUT、ターレスIN。その根拠は練習での好調さにあった由。アルビは勝ちにいくんだよ。カウンターに懸けるんだ。

 後半44分、(やはり交代投入の)高木善朗が左サイドのスペースへボールを出す。ターレスが動き出していて、これを受け、相手をあっさりちぎる。このとき右サイドから彗星のように駆け上がり、「X」を描くように左外へ交差していったのが戸嶋祥郎だ。ターレスは「足の裏で背中側に優しく置くようにして、戸嶋にボールを預けます(ヒールだと強く当たってボールに勢いがつきすぎるので、足の裏で優しく撫でるようにしたのがポイントでしたね)」(平澤大輔氏。この試合の「平澤メモ」より技術解説)。それをサチローがマイナスに折り返し、ターレスが「右足インサイドでコンパクトに叩いてゴール。1-1の状況で、長い距離を走り、相手のプレッシャーをかいくぐれば、体も頭も沸騰しがちです。でもターレスも戸嶋も怖いほど冷静でしたね」(同じく「平澤メモ」より技術解説)。

 新宿フィオーリの店内は「キター!」「うおお、やったー!」と絶叫だ。奥の鹿島サポに拍手をされたりしていた。で、そのときは気づかなかったんだけど、動画を何度も見直してニヤニヤしてたら、サチローが決勝ゴールの後、ターレスと逆の方向へ走っていくんだよ。画面の奥へ向かって走る。あれはサポーターのところへ行ったんだ。よかったなぁ、あんな嬉しいことないなぁ。50メートル駆け上がってゴールをお膳立てをした人が、間髪を入れず、まっしぐらにこっちに走ってくるんだよ。

 何と何とアルビ4連勝! 8月全敗から一転、9月を無敗で終えた。極端だなホントにもう。フチさんの交代策が当たりまくっている。その背景には聖籠での練習がある。すごくいい循環ではないだろうか。1点目も2点目も、要するに「練習はウソをつかない」ということだ。フチさんは練習を見ている。控え組は練習から全力で行こう。ターレスに続け。


附記1、この日はご機嫌でそのまま新宿末広亭の深夜寄席に繰り出しました。末広亭のイス席って傘立てついてたんですね。ここしばらく浅草演芸ホールばっかりで忘れてた。春風亭昇吾の「鈴ヶ森」が気に入りました。独特のフラ(愛敬)があります。

2、今回の台風24号の影響で中部管内では延べ119万戸を超える停電が発生(平成最大!)したそうですね。しかも長期化している地域があります。サッカーでなじみのある場所では磐田市が広域に渡って停電しています。もう信号すら点かなかったみたいですよ。で、「ジュビロランタン」っていうグッズの携帯用ランタンが大変役立ったと聞きます。一日も早く完全復旧するといいですね。
 
3、ターレス選手、痩せましたよね。その分やっぱり動きにキレが出たのかなぁ。


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