【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第3回
2009/3/26
「今、凄いことが起きている」
第3節「大分×新潟」には驚いた。これをどう表現したらいいだろう。あのね、今、凄いことが起きてますよ。僕のライターとしての勘がそう告げている。もの凄いとこに出くわしちゃったなぁ、という、その出くわし感ですね。
僕が申し上げてるのは、普段、出足の悪いチームが「暫定首位」みたいな話じゃないんですよ。それはそれで快挙には違いないんだけど、今、見終わった濃密な名勝負に比べると大したことじゃないと思える。
僕の感じを言うと春の峠道です。僕はたぶんダンゴ屋にいたね。ダンゴを食って、鳥がさえずって、油断しきっていた。「ぬけさく同然」ですよ。
「お勘定、ここへ置くね」
ダンゴ屋の娘が「はーい」と言って、それでノンキに峠道を歩いていた。
そしたら、だしぬけに剣豪が2人、抜刀している。僕は「ひ」とか言って腰を抜かす。剣豪は双方、異能の剣士ですよ。特殊な構えから特殊な太刀筋を見せる。効果音にすると「ズサァァァーッ」とか「ギュイイーンッ」とか、あり得ない音で白刃が舞う。マンガのコマで言ったら、ぐるぐる渦巻が殺気を表現している。命のやりとりだ。剣豪らは相手の太刀筋をときに見切り、ときに受け切れず傷を作って、応酬を続ける。無限とも思えるときが過ぎた。双方、ついに致命傷には至らない。
で、剣豪2人は勝負なしで風のように去っていっちゃったんだろなぁ。後には口をぽかんと開けた僕だけを残して。さっきまでの凝縮した時間がうそのように、遠くで鳥が鳴いている。とりあえずダンゴ食ってる場合じゃなかった。ぐったり疲れた。オレは何ちゅうものに出くわしたのか。
僕としてはアレですか、「あわわわ、あのねあのね」と峠のダンゴ屋だか茶屋だかにとって返して、店の娘に「今、そこで凄いもん見た」と説明しなきゃならん立場ですか。悪いことに店の娘が「やべっち」のダイジェスト映像見てたりして、「日本代表に招集された金崎夢生も矢野貴章も得点には至らず、ですよね」なんか言う。「ですよね」じゃないんだよ娘さん。こういうとき、ダイジェスト映像って本当に無力だ。
僕は90分間、一瞬もゆるむことのない名勝負を見た。大分はもとより、未然に防ぐことの達人だ。シャムスカ監督5年めの手塩にかけたチーム。エジミウソン、ホベルトを土台に中盤を厚くして、相手の太刀筋をすべて殺しにかかる。
試合開始から果敢に斬り込んでいったのは新潟だった。あの時間帯に攻め切れたら、試合の様相はまったく違っていた。後になってみれば、最もゴールシーンに近かったのは、序盤、マルシオ・リシャルデスが外から巻いたFKだったかも知れない。残念ながら右ポストを打つ。
案の定、大分がしのぎ切った。それから鈴木慎吾が危険な攻め上がりを仕掛けたり、ウェズレイにロングボールが供給されたり、スリル満点。
が、新潟も守備がベースになるチームだ。この意識の高さを鈴木淳監督は作り上げた。本間勲が素晴らしかった。又、途中交代で入ったルーキー、酒井高徳が文句のつけようのない守りを見せる。
太刀筋を担当したのは、主にペドロ・ジュニオールと金崎夢生だったろう。ヤバイす。双方、深手を負わなかったのが不思議なくらいだ。だけど、まぁ、お互いに何とかなっちゃうんだなぁ。
大分はウェズレイが引っ込んでから、バランスを変えた。あ、そうそう、これだけガッチリ固めてきたらセットプレーしかないんじゃないかと思ったら、芝がなぁ。張り替えて根づいてない芝が大敵だった。85分、マルシオのFKは軸足がズルッとすべる。あれは選手ケガしますよ。この試合の唯一、残念だったポイントかな。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
第3節「大分×新潟」には驚いた。これをどう表現したらいいだろう。あのね、今、凄いことが起きてますよ。僕のライターとしての勘がそう告げている。もの凄いとこに出くわしちゃったなぁ、という、その出くわし感ですね。
僕が申し上げてるのは、普段、出足の悪いチームが「暫定首位」みたいな話じゃないんですよ。それはそれで快挙には違いないんだけど、今、見終わった濃密な名勝負に比べると大したことじゃないと思える。
僕の感じを言うと春の峠道です。僕はたぶんダンゴ屋にいたね。ダンゴを食って、鳥がさえずって、油断しきっていた。「ぬけさく同然」ですよ。
「お勘定、ここへ置くね」
ダンゴ屋の娘が「はーい」と言って、それでノンキに峠道を歩いていた。
そしたら、だしぬけに剣豪が2人、抜刀している。僕は「ひ」とか言って腰を抜かす。剣豪は双方、異能の剣士ですよ。特殊な構えから特殊な太刀筋を見せる。効果音にすると「ズサァァァーッ」とか「ギュイイーンッ」とか、あり得ない音で白刃が舞う。マンガのコマで言ったら、ぐるぐる渦巻が殺気を表現している。命のやりとりだ。剣豪らは相手の太刀筋をときに見切り、ときに受け切れず傷を作って、応酬を続ける。無限とも思えるときが過ぎた。双方、ついに致命傷には至らない。
で、剣豪2人は勝負なしで風のように去っていっちゃったんだろなぁ。後には口をぽかんと開けた僕だけを残して。さっきまでの凝縮した時間がうそのように、遠くで鳥が鳴いている。とりあえずダンゴ食ってる場合じゃなかった。ぐったり疲れた。オレは何ちゅうものに出くわしたのか。
僕としてはアレですか、「あわわわ、あのねあのね」と峠のダンゴ屋だか茶屋だかにとって返して、店の娘に「今、そこで凄いもん見た」と説明しなきゃならん立場ですか。悪いことに店の娘が「やべっち」のダイジェスト映像見てたりして、「日本代表に招集された金崎夢生も矢野貴章も得点には至らず、ですよね」なんか言う。「ですよね」じゃないんだよ娘さん。こういうとき、ダイジェスト映像って本当に無力だ。
僕は90分間、一瞬もゆるむことのない名勝負を見た。大分はもとより、未然に防ぐことの達人だ。シャムスカ監督5年めの手塩にかけたチーム。エジミウソン、ホベルトを土台に中盤を厚くして、相手の太刀筋をすべて殺しにかかる。
試合開始から果敢に斬り込んでいったのは新潟だった。あの時間帯に攻め切れたら、試合の様相はまったく違っていた。後になってみれば、最もゴールシーンに近かったのは、序盤、マルシオ・リシャルデスが外から巻いたFKだったかも知れない。残念ながら右ポストを打つ。
案の定、大分がしのぎ切った。それから鈴木慎吾が危険な攻め上がりを仕掛けたり、ウェズレイにロングボールが供給されたり、スリル満点。
が、新潟も守備がベースになるチームだ。この意識の高さを鈴木淳監督は作り上げた。本間勲が素晴らしかった。又、途中交代で入ったルーキー、酒井高徳が文句のつけようのない守りを見せる。
太刀筋を担当したのは、主にペドロ・ジュニオールと金崎夢生だったろう。ヤバイす。双方、深手を負わなかったのが不思議なくらいだ。だけど、まぁ、お互いに何とかなっちゃうんだなぁ。
大分はウェズレイが引っ込んでから、バランスを変えた。あ、そうそう、これだけガッチリ固めてきたらセットプレーしかないんじゃないかと思ったら、芝がなぁ。張り替えて根づいてない芝が大敵だった。85分、マルシオのFKは軸足がズルッとすべる。あれは選手ケガしますよ。この試合の唯一、残念だったポイントかな。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。