【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第9回

2009/5/14
「紙一重」
 
J1第9節・浦和×新潟。浦和サポーターの歓声が続くなか、記者席を後にした。構内の長い階段を無言で降りる。
 試合直後の矢野貴章の姿が印象深い。足早に新潟サポーター席へ挨拶に向かい、真っ先にグラウンドを去った。全身から悔しさがにじみ出ている。悔しくて悔しくて、感情を抑えられそうにないから早く人前を去りたい。
 
 ロスタイム、残り5秒もなかったのだ。新潟はマルシオの退場劇にめげず、粘りに粘っていた。本来、見られる筈だった「両軍、新スタイルどうしのオープンな戦い」は、マルシオ退場と同時に音をたてて蒸発していた。守戦となった。鈴木淳監督は大島、松下OUT、チョ・ヨンチョル、マーカスINと人事を尽くす。ベンチの前で腕時計を何度も何度も見ていた。
 
 展開はもちろん防戦一方だ。チームは驚くべき集中力を見せる。GK・北野貴之が冴えていた。浦和からすると、相手が10人になったことで守備意識が高まり、ゴールが割れなくなるパターンだ。
 
 ロスタイムは4分。三都主のクロスを闘莉王が合わせてくる。北野がうまく反応した。僕もカシオのデジタルを何度も見る。最終盤、浦和のセットプレーが途切れない。そして、ポンテのCKから闘莉王決勝ヘッド!
 
 あと4秒か5秒だ。ホントになぁ。90分の試合のなかで4秒、5秒って何やったって消えてく時間でしょう。たったそれだけ守りきれば、スコアレスドローで、勝ち点1を持ち帰れた。埼スタの歓声は失望のため息に変わった。紙一重だ。紙一重のところで、勝者と敗者がくっきり分かれた。
 
 前節、ホームの千葉戦、リードを守りきれず、終盤、千葉・斎藤大輔の同点ヘッドを許したことを考え併せれば、あとほんの少し勝負強さが欲しいと思う。千葉戦はもちろん勝てた試合だし、今日も守りきれた試合だ。とはいえ、勝てる試合を勝ちきるかどうか、守れる試合を守りきるかどうか、紙一重の違いが実は巨大でもある。
 
 しかし、勝負強さというのは本当に難しい問題だ。「魅力のあるサッカー」とか「選手の頑張り」みたいなものとは別の話だ。僕のイメージでは、それはチームの円熟期に手を入れるべきもので、成長期に求めようとするとスケールを小さくしてしまう場合があり得る。
 
 僕にはわからないな。新潟は今、持っている「魅力のあるサッカー」を思いきり伸ばしていけばいいとも思う。失敗を怖れず、行けるとこまで行ってみて欲しい。だけど、本当の意味で上を狙うなら、もっと大人のチームになるしかない。
 
 階段を1Fまで降りて、監督会見室のロビーフロアに出た。沢山の記者が選手のコメント録りに集まっている。
 元『サッカーマガジン』の大中祐二さんを見かけた。と、瞬間、5年前の出来事がフラッシュバックした。04年9月18日、J1セカンドステージ第5節・浦和×新潟。ありありと覚えている。あのときも大中さんは埼スタのロビーフロアに立っていて、今と同じように表情が暗かった。秋葉忠宏がどフリーでオウンゴールしてしまった試合だ。
 
 「ヤバイです、これはヤバイです…」
 あのとき、大中さんはかろうじてそう言った。傷ついた表情だった。『サッカーマガジン』の担当記者はやっぱりチームに愛情持つんだなぁと思った。4対1のスコア以上の惨敗だった。
 大中さん、あのときと同じ顔してるなぁ、ほら、J1に上がった年の埼スタの試合だよ、あのときも大中さん、この辺に立ってた、と話しかけたら、少し笑って、
 「いや、一歩一歩です、ここまでは来ました…」
 とかろうじて言った。そうだなぁ、大中さん、見ていこうなぁ。


附記1、 しかし、個人的には僕は今年、浦和戦1勝1敗だ。鴻巣のサテライト戦、見に行ったもんねー。奥山のファインゴール見たもんねー。浦和はサテなのに高原や三都主、堀之内が出ててびっくりした。

2、 そのとき、浦和のフィンケ監督が関係者入り口で止められてるのを目撃した。通訳の人(だと思う)が「フィンケ監督だぞ!」と一喝したら、バイトっぽい警備員、「失礼しましたーっ」と火がついたようにあわててた。

3、 埼スタのハーフタイム、記者席にはいつものように湯浅健二さんのものすごい勢いでPCを叩く姿があった。これはちょっと久しぶりに邪魔してやろうと思いたち、「湯浅さんっ」と声をかけると、「おぉ」と立ち上がって立ち話になる。「鈴木淳はいい仕事してる」と何度も言ってた。

4、 そのときも話に出たが、前半、ペドロ・ジュニオールがドリブルで持ち込んだシーンが凄かった。あんなのJリーグで滅多に見られない。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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