【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第15回

2009/6/25
「関越トンネルだって人間が掘ったという話」
 
 ナビスコカップ(Aグループ)第7節、ホームの大分戦だ。早起きして青梅線の昭島駅へ行く。青梅から立川にかけては「榎戸」さんの多いところで、僕の御先祖様も青梅の人だ。ごきげんよう御先祖様、これから知人のクルマでちょっとビッグスワン行ってきます。

 僕は毎回思うのだけど、関越トンネルを掘ってみようと思いたった人は凄い人だ。あれは無理だろう。いや、もう掘れて長いこと経ってるのだけど、どう考えても掘れる気がしない。それくらい圧倒的な山脈が列島の真ん中をふさいでいる。いっぺん、新潟側からの帰り道、山々を見上げて巨大な壁みたいなものだと思った。

 山というものが怖いと書いたのは色川武大だ。もうひとつの筆名、阿佐田哲也の方が通りがいいかも知れない。地面が隆起してるのが怖くてたまらない。一体、どれだけの力が加わって何があったらこんなことになるのだろうと思うらしい。確かにどう考えても人間業ではないのだ。が、そこへトンネルを通そうという人間業も人間業ではない。

 そんなことを考えながら、知人のクルマの助手席でうつらうつらしていたら、もう長岡だ。いや、今日はいくら何でも勝たないとまずい。1次リーグ敗退が決まったとき、ふと、残った広島戦、大分戦を「願ってもないスパーリング・パートナー」じゃないか、なんて考えたりしたものだけど、もうそんな余裕はなくなった。勝ちに行かないと後遺症が心配だ。

 それより何より忘れちゃいけないのは、大分がこのタイトルの昨年王者であることだ。断じて消化試合にしちゃいけない。彼らがカップを手にしたとき、どんなに感動し、勇気づけられたことか。あれは地方クラブの達成というものだ。新潟がまさに目指すべきものだ。今季のリーグ戦順位など関係ない。ナビスコ公式戦の場で、敬意を持って勝負を挑みたい。

 ビッグスワンに到着したら2万人が試合を待っていた。関係者に聞くと「やっぱり少ないですね」と言う。それは驚くべきことだ。2万人といったらちょっとした市だ。同じ思いを抱えた人が2万人もいるのだ。いくら何でも勝てという人が2万人もいるのだ。

 大分はケガ明けの選手が戻り始めたタイミングだ。思えばリーグ戦で当たった直後から、彼らはケガ人続出で苦しみ抜いた。ビッグアイの芝の状態のせいかと思うと、それだけではないらしい。『サッカー批評』(43号、双葉社)掲載のインタビューで、大分・溝端宏社長はこう語る。
 
 「やっぱり我々にとって(ナビスコカップで)優勝した次の年っていうのは初めての体験だったんですね。今から思えば、非常に計算がずれたのは、1年間あのメンバーがフルに戦った結果、自分たちが思っている以上に選手が精神的、肉体的に疲弊してしまっていた。過去天皇杯で優勝したチームがJ2に落ちたりしてるっていう事例もあります。確かに今季もメンバーを入れ替えて何かできることがあったかと思ったんですけど、過去に成績がいい状態で(2007年シーズン)エジミウソンとトゥーリオを欠いて痛い目にあった教訓があったんで、まずはメンバーを継続させようと。本当言えば余裕があればメンバーを継続させることプラス、新規の選手にお金を回したかったんですけど、結果的にそこに回すだけの予算がなかったんです」(同誌・「大分トリニータの命脈」より、カッコ内は著者・木村元彦氏)
 
 いわば新潟の先の先にある苦しみだ。新潟はまだタイトルを知らない。本当の意味の勝者になっていない。勝者になるのは大変なことだ。勝者であり続けるのはもっと大変なことだ。

 厳しい言い方になるけれど、試合は両チームの意識の差がハッキリ出たものだった。大分は本当に苦しみ抜いたのだろう。本当に勝利を欲していた。0分、梅田高志の電撃的ゴールはチームの姿勢の現れだ。新潟も悪くはなかった。この連敗中にはもっとひどい試合もあった。少なくとも44分、松下のヘディング・ゴールで一矢報いている。
 だけど「必死」と「悪くなかった」の差だ。僕はちょっと残念だったなぁ。新潟はもっと強いと思うよ。もっと集中力があって、凄味のあるチームだと思うよ。


附記1 この日は試合後、サポーターズCDっていうんですか、まぁ、チャントのCD録音現場を見学しました。そのとき、久しぶりに浅妻信さんと会った。この前、最後に会ったとき、僕は上半身裸でした。浅妻さんめっちゃ大笑いしていた。その話はいつか書く機会があると思います(笑)。

2 そのサポーターの集合時間まで、僕は記者控え室で『サッカー批評』読んでたんだけど、たぶん九州から来た記者さんだね、2人残ってせっせと記事を送ったりしていた。で、「やっと勝ったね」「3ヶ月ぶりか、長かったですね」としみじみ言い合ってた。心がこもっていて、悪くない情景だった。


えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。

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