【コラム】えのきどいちろうのアルビレックス散歩道 第31回
2009/10/15
「完勝」
J1第28節、鹿島×新潟。
飛んだ。内田のクロスが右後方から入って来る。鹿島DFの戻りが遅れている。マルシオの身体が一瞬、地球の重力から解き放たれる。右足で合わせた。ジャンピングボレーだ。ななめ後方からのボールの後ろを叩く。
前半28分、マルシオ・リシャルデスの見せた超絶ゴール!
敵地カシマスタジアムへ駈けつけたサポーターは、2つの達成を目撃する。
カシマでの初勝利。
マルシオのスーパーゴール。
つまり、これは勝っただけじゃない。Jトップ級のビューティフルゴールを決めて、完勝した。快挙というべきだろう。
僕だったら「アウェーの白ユニだったから、一瞬、ホントに白鳥の羽ばたきに見えた」くらい脚色して、地域の語りべとして子や孫の代に伝えますね。たぶん言う度にマルシオのジャンプが高く遠くなって、最終的には10メートルくらい空中移動したことになってる。
「敵GK・曽ヶ端一歩も動けずじゃよ」
「すごーい」
近在の子らが目を丸くしている。
「だからのぅ、マルシオ選手をたたえる意味で、わしらは敬語を使ったんじゃ。マルシオさんが、りしゃるです」
「それはおっしゃるんです、みたいな意味?」
「そうじゃ、りしゃるです、やらっしゃるです、決めっしゃるです」
「すごーい」
「みんなも敬語を学ぶんじゃぞ」
「はーい」
しかし、あのゴールの凄いところは、ジャンプしての技術的難易度だけじゃない。内田にパスを渡した後、考えられない速度でダッシュしているのだ。まるであらかじめ内田のクロスがどのコースを描いて、どの地点へ来るか知っていたような「りっしゃり方」だ。その地点へ遅れまいとするかのようにジャンプしている。何故、そんなことが、りしゃるんです?
ひとつには狙っていたということだろう。内田も試合後のコメントで「あそこは戻りがルーズというか、戻りが遅いので狙っていた」としている。で、早めに入れたタイミングでマルシオの他、2人ゴール前に飛び込んでる。チームとしての狙いだったのだろう。
それにしても、あれが新潟の前半最初の決定機らしい決定機だ。キックオフからアグレッシブに攻めたてられて、ずーっと防戦に追われていた。そのなかで、皆、狙っていたのか。何というチーム戦術! 何という意思統一! そして、その上にマルシオの超絶技巧が乗っかっている!
試合後、鹿島・オリヴェイラ監督は「できれば引き分け、もし良い形になって得点できて勝てれば良いという戦法を彼らはとっている」と語る。僕はそう思わないなぁ。新潟は「0対1、勝利」のゲームプランだった。狙っていたのは居合い斬り一閃のショートカウンターだった。そしてゲームプラン通り、やってのけた。そういうのを日本語で完勝という。
新潟サポは高い集中力でプランを完遂した選手らを誇るべきだ。ハードワークに徹し、「今、鹿島を抑え込むにはこれしかない」という戦いを見せた。鹿島は「3連敗中の泥沼」的なマスコミの伝える姿ではなかった。あれは鹿島が悪かったのではない。新潟がよく防いだ。防ぎつづけることで相手に生まれる焦りまで計算していた。
身体を張って矢玉を防いだ永田、千代反田はもちろん、マルシオも含めてチーム全員が武者働きをした。ひとりだけそのなかで特筆するなら、北野の好調ぶりだ。とりわけ87分、ダニーロの至近距離からのシュートを左手一本で止めたのが驚異的だった。あれはもう、1点とったのと変わらない。終盤のパワープレーにも動じなかった。
「首位まで勝ち点4差」のことはいい。チームが高い意識でまとまってきた。面白いと思うなぁ。この先も、ひとつひとつていねいに戦っていこう。僕らはチームと歩いていこう。
附記1、今回のコラムは大変でした。僕は土日、日光ホームゲームの業務(入場口に立ってお客さんひとりひとりに声をかけ、試合中は場内ミニFMのMC、試合後はヒーローインタビュー担当←お金がないから自力なんです)、で、翌5日・月曜日は朝、文化放送に出てその足で札幌へ移動(NHK北海道の日ハム優勝特番スタンバイ)。困ったのは、ひかりTVの「鹿島×新潟」配信が5日だったんですね。朝までに配信してくれたら徹夜しても見ていったけど、どうも午後になりそうだ。日ハム特番の仕事はマジック1のまま足踏みしたら、最大で11日・日曜まで延泊です。自宅でひかりTVに契約しててもどうにもならない。
2、窮地を救ってくれたのは、札幌サポの大熊一精さんです。スカパーをDVD録画してくれた。いやー、コンサドーレ・オーレ!だから僕は「鹿島×新潟」を札幌のホテルでPCで見ました。
3、ところがこんなにバタバタしてるのに天皇杯・奈良クラブ戦参戦なんですよ。早々と夜行バスをおさえた。福井は行ったことがないから、図書館で「街道をゆく18巻・越前の諸道」(司馬遼太郎・著、朝日新聞社)を借りてきた。たぶん三国湊あたりをうろうろしてると思うから、クルマで行かれる方はバッタリ逢ったら僕をスタジアムへ連れてってください。
4、ところで台風18号、大丈夫でしたか。愛知県ではトラックが橋の上で横転したりしてえらいことになってましたね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!
J1第28節、鹿島×新潟。
飛んだ。内田のクロスが右後方から入って来る。鹿島DFの戻りが遅れている。マルシオの身体が一瞬、地球の重力から解き放たれる。右足で合わせた。ジャンピングボレーだ。ななめ後方からのボールの後ろを叩く。
前半28分、マルシオ・リシャルデスの見せた超絶ゴール!
敵地カシマスタジアムへ駈けつけたサポーターは、2つの達成を目撃する。
カシマでの初勝利。
マルシオのスーパーゴール。
つまり、これは勝っただけじゃない。Jトップ級のビューティフルゴールを決めて、完勝した。快挙というべきだろう。
僕だったら「アウェーの白ユニだったから、一瞬、ホントに白鳥の羽ばたきに見えた」くらい脚色して、地域の語りべとして子や孫の代に伝えますね。たぶん言う度にマルシオのジャンプが高く遠くなって、最終的には10メートルくらい空中移動したことになってる。
「敵GK・曽ヶ端一歩も動けずじゃよ」
「すごーい」
近在の子らが目を丸くしている。
「だからのぅ、マルシオ選手をたたえる意味で、わしらは敬語を使ったんじゃ。マルシオさんが、りしゃるです」
「それはおっしゃるんです、みたいな意味?」
「そうじゃ、りしゃるです、やらっしゃるです、決めっしゃるです」
「すごーい」
「みんなも敬語を学ぶんじゃぞ」
「はーい」
しかし、あのゴールの凄いところは、ジャンプしての技術的難易度だけじゃない。内田にパスを渡した後、考えられない速度でダッシュしているのだ。まるであらかじめ内田のクロスがどのコースを描いて、どの地点へ来るか知っていたような「りっしゃり方」だ。その地点へ遅れまいとするかのようにジャンプしている。何故、そんなことが、りしゃるんです?
ひとつには狙っていたということだろう。内田も試合後のコメントで「あそこは戻りがルーズというか、戻りが遅いので狙っていた」としている。で、早めに入れたタイミングでマルシオの他、2人ゴール前に飛び込んでる。チームとしての狙いだったのだろう。
それにしても、あれが新潟の前半最初の決定機らしい決定機だ。キックオフからアグレッシブに攻めたてられて、ずーっと防戦に追われていた。そのなかで、皆、狙っていたのか。何というチーム戦術! 何という意思統一! そして、その上にマルシオの超絶技巧が乗っかっている!
試合後、鹿島・オリヴェイラ監督は「できれば引き分け、もし良い形になって得点できて勝てれば良いという戦法を彼らはとっている」と語る。僕はそう思わないなぁ。新潟は「0対1、勝利」のゲームプランだった。狙っていたのは居合い斬り一閃のショートカウンターだった。そしてゲームプラン通り、やってのけた。そういうのを日本語で完勝という。
新潟サポは高い集中力でプランを完遂した選手らを誇るべきだ。ハードワークに徹し、「今、鹿島を抑え込むにはこれしかない」という戦いを見せた。鹿島は「3連敗中の泥沼」的なマスコミの伝える姿ではなかった。あれは鹿島が悪かったのではない。新潟がよく防いだ。防ぎつづけることで相手に生まれる焦りまで計算していた。
身体を張って矢玉を防いだ永田、千代反田はもちろん、マルシオも含めてチーム全員が武者働きをした。ひとりだけそのなかで特筆するなら、北野の好調ぶりだ。とりわけ87分、ダニーロの至近距離からのシュートを左手一本で止めたのが驚異的だった。あれはもう、1点とったのと変わらない。終盤のパワープレーにも動じなかった。
「首位まで勝ち点4差」のことはいい。チームが高い意識でまとまってきた。面白いと思うなぁ。この先も、ひとつひとつていねいに戦っていこう。僕らはチームと歩いていこう。
附記1、今回のコラムは大変でした。僕は土日、日光ホームゲームの業務(入場口に立ってお客さんひとりひとりに声をかけ、試合中は場内ミニFMのMC、試合後はヒーローインタビュー担当←お金がないから自力なんです)、で、翌5日・月曜日は朝、文化放送に出てその足で札幌へ移動(NHK北海道の日ハム優勝特番スタンバイ)。困ったのは、ひかりTVの「鹿島×新潟」配信が5日だったんですね。朝までに配信してくれたら徹夜しても見ていったけど、どうも午後になりそうだ。日ハム特番の仕事はマジック1のまま足踏みしたら、最大で11日・日曜まで延泊です。自宅でひかりTVに契約しててもどうにもならない。
2、窮地を救ってくれたのは、札幌サポの大熊一精さんです。スカパーをDVD録画してくれた。いやー、コンサドーレ・オーレ!だから僕は「鹿島×新潟」を札幌のホテルでPCで見ました。
3、ところがこんなにバタバタしてるのに天皇杯・奈良クラブ戦参戦なんですよ。早々と夜行バスをおさえた。福井は行ったことがないから、図書館で「街道をゆく18巻・越前の諸道」(司馬遼太郎・著、朝日新聞社)を借りてきた。たぶん三国湊あたりをうろうろしてると思うから、クルマで行かれる方はバッタリ逢ったら僕をスタジアムへ連れてってください。
4、ところで台風18号、大丈夫でしたか。愛知県ではトラックが橋の上で横転したりしてえらいことになってましたね。
えのきどいちろう
1959/8/13生 秋田県出身。中央大学経済学部卒。コラムニスト。
大学時代に仲間と創刊した『中大パンチ』をきっかけに商業誌デビュー。以来、語りかけられるように書き出されるその文体で莫大な数の原稿を執筆し続ける。2002年日韓ワールドカップの開催前から開催期までスカイパーフェクTV!で連日放送された「ワールドカップジャーナル」のキャスターを務め、台本なしの生放送でサッカーを語り続け、その姿を日本中のサッカーファンが見守った。
アルビレックス新潟サポータースソングCD(2004年版)に掲載されたコラム「沼垂白山」や、msnでの当時の反町監督インタビューコラムなど、まさにサポーターと一緒の立ち位置で、見て、感じて、書いた文章はサポーターに多くの共感を得た。
著書に「サッカー茶柱観測所」(週刊サッカーマガジン連載)。
HC日光アイスバックスチームディレクターでもある。
※アルビレックス新潟からのお知らせ
コラム「えのきどいちろうのアルビレックス散歩道」は、アルビレックス新潟公式サイト『モバイルアルビレックス』で、先行展開をさせていただいております。
更新は公式携帯サイトで毎週木曜日に掲載した内容を、翌週木曜日に公式PCサイトで掲載するスケジュールとなります。えのきどさんがサポーターと同じ目線で見て、感じた等身大のコラムは、試合の感動が覚める前に、ぜひ公式携帯サイトでご覧ください!